第拾伍話「ロリババア、決着す。」
「棗君……」
アナスタシアは決死の戦いを続ける棗に心配そうな視線を送る。しかし、当然ながら棗に彼女を気にしている余裕はなく、鬼神の形相で月光と桜花二人を相手にしている。だが、そんな彼を自分はただ見ていることしかできない。
『駄目ならお前ももう少し頑張れ。お前のせいであやつは力を使おうとしておるのじゃぞ』
瑟の言葉がよみがえる。
彼があそこまで頑張って戦っているのは自分のせいだと。
召喚された棗を補佐する役割を命じられた自分が、彼が苦戦しているのに助けることができない。水魔法で援護しようと試みたことはあるが、戦いのレベルの高さに横槍を入れることができずにいた。
『お前が弱く足手まといだからあやつは無理をしないといけない。守られるだけの無価値なお前があやつを苦しめているのじゃ』
そんなことはないと、言い返すことは出来なかった。過去にそのような場面は何度もあった。だけど、私は無価値でありつづけたくない。私だって、頑張れる。戦えるんだ。そう、棗君の戦いに直接手は出せなくても、別の方向から援護することは……。
「……今ならいける!」
アナスタシアは一人になって暇そうな瑟に狙いを定め、気付かれないように呪文の詠唱を開始する。ここから単純に水魔法で攻撃しても見切られてしまうだろう。ならば、見えないように打ち出す。そうすれば不意をつけるはずだ。現に彼女は無防備に立っているだけでこちらを見ていない。今がチャンスなのだ。
「水流よ。その身を地中に隠して流れ、時より射出て敵を穿て。グラウンドウォータ!」
地面に杖を当てて魔法を打ち出す。細く鋭い水流は地中に潜って進み、瑟の近くの地面から撃ち出される。卑怯かもしれないが、このまま何もできずにただ守られるだけはもう嫌なのだ!
「……暇じゃのう」
二人が棗と戦っているので手持ちぶさたになってしまった瑟は桜吹雪のなかで大きな欠伸をする。するとその時、瑟の背後の地面が少しだけ盛り上がり、そこから弾丸の様に水が高速で撃ち出され、彼女の背中に迫る!
「其は友を守る壁となれリン! ファイアウォール!」
しかし突如として瑟の後ろに現れた炎の壁が水弾をかき消して水蒸気へと変化させる。しかもただの炎ではない、高度な魔術の炎だ。一体、誰が。
「我々の恩人に手は出させませんリン」
赤い三角帽子のゴブリンが地面に落ちている桜の花を踏み締めながらこちらへ近づいてくる。三角帽子が灰色の手に持っている短杖からは力強い魔力の波動を感じる。ただのお付きかと思っていたが、中々の魔法の使い手だとアナスタシアは認識を改める。
「女。作戦は成功はしなかったが、悪い手では無かった。その調子じゃ。あやつの足手まといになりたくないのならな。そして、儂の友は足手まといなどでは無いぞ。この通り背中を預けるに値する者じゃ。三角帽子よ、そっちは任せたぞ」
「お任せくださいリン」
三角帽子が短杖を振るうとその軌跡が赤い光の線となって空中に魔法陣を描き出す。
「原始の力よ、敵を浄化せよリン。フレイムボール!」
アナスタシアは即座に反応して飛んでくる火の玉を迎撃するため詠唱する。
「水よ、魔を撃て! アクアバレット!」
炎と水がぶつかり合い、爆ぜ、互いに次の攻撃が始まる。
その時、桜花が棗に蹴り飛ばされ、月光も大剣の一撃を受けて桜の木に叩きつけられる。
「姐が夢中になるのも分かるな! こいつは強ええ!」
「……なら、月光たちも本気を出さざるをえない。桜花」
「おう、行くぜ月光!」
「……桜技」
「月技!」
桜花が月光を肩に乗せて走ってくる。
棗は向かってくる二人に合わせて剣を振り抜く。
「「花鳥風月!」」
二人が叫ぶと互いに道具の姿に戻り、棗の攻撃をかわして後ろへ回り込む。振り向いた棗に人型に戻った月光が鉄扇を振り上げてくる。それを避けると今度は桜花が人型になって刀を振り下ろしてくる。大剣で受けて反撃するが相手の変形の方が速い。再び道具に戻って大剣をかわすと、鉄扇を持った月光が、刀を持った桜花が、次々に入れ替わって津波の様に襲いかかってくる。姿も戦い方も全く違う二人が同時に攻撃を仕掛けてくるのだ。慣れる間もなく棗はその津波に飲み込まれてしまう。
「棗君!」
アナスタシアが悲痛な叫びを上げると、切り刻まれたかと思われた棗が月光と桜花を吹き飛ばす。桜の枝に捕まったときの様に周囲に邪竜の消滅の力を発生させて防いだのだ。アナスタシアはほっとするが、棗の息は上がり、目も虚ろになり始めている。明らかに力を使いすぎている。
そんな棗の様子を狐の窓で覗いていた瑟はぽつりと呟く。
「ふむ。そろそろ、か」
そのとき、棗の体に衝撃が走る。体全体は心臓になったように脈動し、たまらず彼は膝を付いてしまう。体が、熱い。冥い感情が頭に湧いてくる。
「があぁあ!」
『棗っ……』
カリンも苦しそうな声を上げている。もう限界なのだ。自分も、カリンも。これ以上戦い続けると、本当に邪竜に乗っ取られてしまう。
「やれやれ、甘美な夢というものはすぐに終わってしまう。本当はもっと楽しみたい所じゃが、お前の力はそろそろ限界であろう。ほれ、最後の一踏ん張りじゃ。次の一撃で決着をつけるぞ。月光、桜花、戻ってこい」
瑟が呼びかけると二人は刀と鉄扇に戻り、主の元へ飛んでいく。片手でそれぞれ受け止めると、月光を腰に佩き、桜花を掲げるように頭上に上げると、桜吹雪が巫女装束の体の周りを飛び回る。
すると、桜の花びらが何かを象り始めた。それは、優雅に薄い羽を動かして飛び、桜の花びらを鱗粉のように零す蝶々だ。大きいのから小さいのまで多くの蝶々が瑟の回りを飛び回っている。
「夜桜・最終幕」
『『月光蝶』』
月光を抜いて肩に担ぐようにして後ろに回し、瑟は腰を深く落とす。すると、瑟の背に桜の花びらが扇の様な翼を象り、肩に回した月光が月の光の如く銀色に光り輝く。空気が振動する。びりびりと腹の底に響く。息が、詰まる。見たことはなくても、今から瑟が繰り出す攻撃の威力はとてつもないものだと誰もが理解できた。
「全力で来い」
膝を折っている場合じゃない。邪竜如きに屈している場合じゃない。立ち上がれ。全力で、立ち向かえ!
「……ッ言われなくとも! これで終わらせてやる!」
邪竜の精神支配を振り切り、残った力を振り絞って棗は立ち上がる。
『最後の意地、見せて上げるわ! mode.Lævateinn!!』
大剣が機械的な音を立てて変形する。より長く、より太く、より美しく、より強い剣に変化する。元の倍ほどに大きくなったその剣を、瑟と同じように後ろに回して肩に担ぎ、自身の気を高める。邪竜の力が黒いオーラとなって吹き出てくる。そのオーラを吸い込んだ大剣が赤黒く光り輝き、棗の紅い瞳の中には竜を宿し、足下の地面が耐えられずに裂け始める。
瑟の桜吹雪が数と速度を増し、月光蝶が一斉に棗へ照準を合わせ、棗の黒いオーラが頂点に達した瞬間、両者は同時に踏み込む!
17/04/02 文章微修正(大筋に変更なし)
17/04/05 文章微修正(大筋に変更なし)




