第拾肆話「ロリババア、暇になる。」
『……人間の癖に、生意気』
「なんじゃ、どうした月光? 声が怖いぞ」
『……許さない。おしおきする』
そう言うと月光は瑟の手から離れ、刀から少女の姿へと変化する。白い肌と黒いワンピース、華奢な体つきはこの前と一緒だが、漆黒の髪に輝く月明かりの銀髪の範囲が広がっており、三分の一程度だったのが今は半分になっている。そこで三角帽子が何かに気付いたように上空を見上げると、そこには二つの半月が輝いている。
そうか、彼女の銀髪は月の満ち欠けで範囲が変わっていくのか。ならば満月は全てが光り輝く銀髪になるのだろう。
銀髪と同じように、眠そうに半分だけ開いた瞼から見える瞳も半分だけ銀色の光を湛え、三角帽子は月光の美しさに改めて感嘆の息をもらす。しかし宴会の時と大きく違っているのは髪や瞳ではない。白く細い両腕が、冷たい水が滴るような剣になっている。あんな華奢な少女が戦うというのだろうか。もっとも、見た目だけなら瑟も耳と尻尾が生えた少女なのだが。
「ほう。いつになくやる気ではないか。満月でもないのにのう」
瑟は知っている。月の光から作られた彼女の気性が月の満ち欠けによって変化することを。満月の時は気分が昂揚し、新月の時はほとんど無反応になる。宴会の時に眠そうだったのは三日月だったからというわけだ。
「……あの子に教えてあげる。月光と瑟の絆の強さを」
声はしっとりとしたままだが、明らかに興奮している色がある。
「構わんぞ。せっかくの宴じゃ。人も妖怪も刀もない。存分に楽しんでくりゃれ」
月光が眠そうな目で微笑んでうなずくと、棗に向かって、いや、大剣に向かって斬りかかる。
瑟ほどではないが、この刀の少女も非凡な技量で棗を圧倒してくる。しかし、瑟の攻撃で目が慣れてきている棗にはそれほど驚異ではなかった。
だが……。
『痛い痛い!』
「カリン、どうした?」
『こいつ、あたしの苦手ところばっかり攻めてくる! 棗、なんとかしないさいよ!』
瑟の攻撃も受けきってきたカリンが露骨に辛そうな声をあげる。
どうしてだ。さっきよりも力も速さも劣っているというのに、何が辛いと言うのか。疑問に思う棗に月光は鍔迫り合いを迫って眠そうな目で妖しげに微笑む。
「月光も刀だから、その子の弱いところは全部分かる……。こことか」
『ッ痛! 棗!』
「くそっ!」
あいつとは別の意味で厄介だ。攻撃はガード出来ても、カリンへのダメージが深刻だ。それに、邪竜覚醒状態もいつまでも持たない。相手は一人だし、ここは速攻で倒して瑟にたどり着く!
「邪竜よ、喰らい尽くせ!」
棗の体に巻き付いていた黒い邪竜が月光を睨みつけると、大口を開けて丸飲みにしようと飛びかかってくる。瑟を除けば今までこの邪竜の口に飲み込まれて無事だったやつはいない。いくら強い刀でも、ここで終わりだ!
しかし、月光にその牙が届く前に、猛烈な桜吹雪が吹き荒れて邪竜は目標を見失い、地面に穴をあけて消える。その桜の風が過ぎ去ると、和装の大男が月光を小脇に抱えて棗の後方へ下駄の音を鳴らして着地する。
「よお、兄ちゃん。俺も混ぜてくれよ。こいつだけじゃつまらんだろ」
和装の大男は、茶色の生地に桜の木と桜吹雪が描かれた着物を身にまとい、彫りの深い顔に生える逞しい白髭を撫でながら小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、桜色の瞳で棗を観察するように見やる。
「……桜花。邪魔しないで」
桜花と呼ばれた大男の身長は二米は越えているだろう。月光と並ぶとその男の大きさが際だつ。小柄な月光を二人縦に並べても桜花の背は越せないだろう。
「そんな邪険に扱うなって。同じ道具じゃねえか」
「同じじゃない。月光の方が瑟に気に入られている」
「んなこたぁねえよ、俺だって姐には気に入られているさ。なあ姐」
桜花が期待の目で瑟を見るが、彼女はさも当然というように鼻で笑う。
「いや、月光の方が気に入っておるぞ。可愛いしプニプニしておるしな」
月光は眠そうなドヤ顔で桜花を見上げる。
「……ふふん」
「姐ぉ、そりゃないぜ。だったら俺もプニプニ肌だぞ。良い筋肉ってのは柔らかいんだ。この胸筋なんかすげえぜ!」
着物をはだけさせて逞しい胸を露出し、筋肉の動きでピクピクと胸を動かす。
「……キモい」
「気持ち悪いのう……」
「なんでぇ、この良さがわからねえってのかい――あ、こら月光!」
月光が桜花の茶番を無視して再び棗に斬り込む。しかし、さっきより格段に速くなっている。月光の白い裸足に桜の花びらが纏われている事を棗は発見する。桜吹雪に乗ってスピードを上げているようだ。これはあの和装の男の仕業だろうか。
月光の攻撃を大剣でガードするが彼女は一層辛そうな声を上げる。このままではカリンが保たない。
「すまんカリン! ちょっと我慢してくれ!」
棗は大剣に邪竜を巻き付け、その強度と切れ味をさらに増す。だが、それはカリンの邪竜浸食を早めることになる。それでも、こうしないと先にカリンが折られてしまう。
『さっきから嫌らしい攻撃ばっかりしてきて! ムカつくのよ、あんたは!』
カリンの怒りに乗せて棗は月光に大剣を振り下ろす。月光も攻撃を受け流し、反撃に転じようとするがカリンの速さは月光に追いつくほどである。
『このぉ!』
「……っく」
次第にカリンの方が押してくる。決死の攻防が刹那の間に繰り広げられ、月光の白い顔にも汗が滲んでくる。だが、月光は一人ではない。
「二対一だ。捌けるか?」
そこへ桜花が飛び込んできて鉄扇で棗を打つ。かろうじて邪竜を巻き付けた腕でガードするが、骨こそ折れなかったものの激痛に顔をしかめる。その隙に、せっかく追いつめた月光に逃げられてしまう。しまったと思う間もなく、今度は舞うような鉄扇の攻撃を相手にしなければならない。月光の冷ややかな攻撃とは真逆で、桜花の攻撃は熱く激しい。月光に慣れかけていた棗は一瞬混乱するが、それでも邪竜に抗える持ち前の精神力で大剣を振り、桜花を迎え撃つ。右。しゃがんで躱して足を払う。宙に浮いた桜花の背中を打つ。しかし、桜花の姿は桜の花びらになって消える。こいつも変わり身を使えるのか。いや、こっちが本家なのだろう。
「後ろだ」
振り向いて桜花と目があった瞬間、背後からの衝撃を受けて棗は吹き飛ばされる。桜の木が横に生えてきて突き飛ばしたのだ。体勢を立て直す間もなく飛んできた棗を別の桜の木がバットの様に幹を捻らせて打ち飛ばす。空中にある棗に下から桜に乗って昇ってきた月光が腕を振り上げる。二振りの刀が切りつけてくるが、棗もいい加減に目が慣れてきた。大剣にあまり被害が出ないように月光の攻撃を受け流し、逆に反撃を仕掛けて月光を弾き飛ばす。同時に足を桜の枝に捕まれて地面に叩きつけられそうになるが、枝をタイミング良く切って桜花の真上を取り、驚く桜花の脳天に大剣を振り下ろす。辛うじて跳んで避ける桜花に棗は疾風の如き速さで剣を振り回し、避けるのが精一杯の桜花を蹴り、先ほど弾いて落ちてきた月光に飛ばして当て、二人を壁に叩きつける。
「……痛い、重い、邪魔」
「すまねえな月光。しっかしありゃ強いな。久々に燃えてきたぜ」
「……前」
「あん?」
壁に埋まったままの二人に漆黒の竜が大口を開けて食らいつくそうと突っ込んできた。
邪竜がぶつかると壁は崩れ、周囲には砂埃が舞い、観客たちはあわてて逃げる。もはや闘技場の壁で無事な所は数少なくなっている。砂埃から大小二つの影が飛び出し、感心したような声を上げる。
「っかー! やるねえ!」
「……でも、負けない。勝負はここから」
残り少ない壁を蹴って飛び、月光と桜花は反撃を開始する。
17/04/02 文章微修正(大筋に変更なし)
17/04/05 文章微修正(大筋に変更なし)




