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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
最終章 伯爵領初年の二頭同盟騒動

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第二十二話 ナイトの決戦――終結

 先に仕掛けたのはイレーネオの側だった。

 この戦闘は仲間が船に乗り込むまでの時間稼ぎだが、守りに入ってもチャフ達を押さえ切れないと踏んだのだ。

 イレーネオが動き出すと同時に部下十名が二人一組となり、チャフを中心に並んでいたフェリクス達五名に狙いを定める。

 予想通りだ、とチャフは小さく呟き、隣にいたフェリクスに声をかける。


「銀の娘は放っておけ。ここでイレーネオを引き離せば、後はソラ卿が片付ける」

「逃げ場のない船の上で一網打尽にする、でしたか」


 チャフはフェリクスの言葉に頷いて、ソラから渡されていた手紙の内容を思い出す。

 王領に近い穀倉地帯であるベルツェ侯爵領、王国の金庫とされる鉱山地帯を抱えるシドルバー伯爵領を襲った火事場盗賊団。

 険しい山をも越える統率力を持ち、非常に腕も立つ頭の男。

 単なる盗賊としては異質過ぎる火事場盗賊団について、ある仮説を立てた、と手紙にはあった。

 他国の諜報員の可能性だ。

 あまりにも根拠に乏しく、ソラ自身も半信半疑だったらしい。

 しかし、商会連合の発足がソラに危機感を抱かせた。

 商会連合が招く騒動が王国内で収まるなら、ソラにも対処できる。

 だが、商会連合が他国と交渉したなら?

 その橋渡しを火事場盗賊団、諜報員が行う可能性は?

 父であるクラインセルト伯爵を謀殺したソラは、他国との交渉窓口を一切持っていない。

 そんな中で、商会連合が他国との交渉に動いた時、対応出来るかは未知数だった。

 ソラが商会連合について調べ始めるまで時間は掛からなかった。

 そして、どうやら銀の娘が複数いる事を突き止めた。

 だが、チャフの話にある銀の娘イェラの性格から推察される行動が、布の廉売を引き起こした犯人像とそぐわない。

 しかし、廉売に関わった各商会長の反応から、銀の娘が何らかの形で関わっている事は明白だった。

 ソラは見えない銀の娘の影を突き止められなかったが、最悪の場合を想定して先手を打ちつつ、チャフをイェラの下へ行かせたのだ。

 チャフはもちろん、護衛のフェリクス達に至っても精強な騎兵隊である。

 チャフ達が道中で襲撃され、なおかつ後れを取るほどの相手は限られる。

 だから、と手紙の後半には傭兵に襲われた場合を始め、襲撃犯別に対応法がまとめてあった。

 ──見事に最悪の事態だったようだ。

 チャフはイレーネオと、舷梯を登り始めた銀の娘を見て、心の内で呟く。


「イレーネオは俺が止める。フェリクス達は他を頼む」


 二対一を強いるのは心苦しかったが、チャフは命じる。

 フェリクス達は「了解」と短く応えると敵を引き付けつつ、互いの邪魔にならないように分散した。


「……図らずも、一騎打ちですか」


 僅かに間合いから外れた位置で馬の足を止めたイレーネオが、周囲を見て呟く。

 チャフは油断なく鉄剣を構えた。


「降伏するつもりはないか?」

「ないですね」


 チャフの勧めを一蹴して、イレーネオは大きく息を吐き出し、曲刀を両手で握り込んだ。

 問答は終わり、という事だろう。

 イレーネオが馬の背を軽く圧迫し、チャフとの距離を緩やかに詰めた。

 チャフを間合いに捕らえると同時、曲刀から左手を離し、突きを放つ。

 間を置かず、金属同士がぶつかり合う高い音が響いた。

 予想していたものとは違う手応えに、イレーネオが眉を寄せる。

 ギリギリとはいえチャフがイレーネオの突きに反応し、鉄剣を盾に身を守った事に驚いているらしい。


「……この半年、どこに隠れていたかと思えば、修練に明け暮れていたのですか」


 イレーネオが感慨深そうに呟く。

 チャフは無言でイレーネオの曲刀を軽く弾いた。

 しばしの間、イレーネオは自らの武器を見つめていた。


「……まったく、困ったものです。若者ばかりが強くなる」


 独り言をこぼしたかと思うと、イレーネオの目つきが途端に鋭くなった。


「──ッ」


 イレーネオが息を詰める微かな擦過音を聞き取り、チャフは反射的に鉄剣をずらした。

 直後に刃と刃が擦れ合う耳障りな音が空気を震わせる。

 チャフは背中を流れる嫌な汗を感じた。

 ──まだ早くなるのか……!

 辛うじて反応できたが、イレーネオの突きの速度は上がっていた。

 イレーネオは曲刀を引き戻し、肩の高さに構える。


「貴方は私と相性が悪いのです。いくら腕力があっても、競り合わなければ意味がない。だから、早さで押す私には敵わない」


 イレーネオは言葉を紡ぎながら、三度目の突きを放つ。

 今までとは比較にならない早さで迫るその突きは、チャフの首を狙って中空を切る。

 迫り来る切っ先を見た瞬間、チャフは違和感を覚えた。

 ほんの僅かな違和感が自然とチャフの体を動かす。

 チャフが頭を傾けた瞬間、先程まで左目があった空間を曲刀が貫いた。

 イレーネオは首を狙うように見せかけて、直前で手首を捻ったのだ。

 曲がった刀身は手首を捻るだけで切っ先に半円を描かせ、狙いを大きく変える。

 チャフが頭で状況を理解する間にも、イレーネオは自らの左脇に手首を戻し、さらなる突きを放つ。

 斬り裂かれた空気が風となり、曲刀を中心に渦を巻く。

 弓なりに持ち上がる切っ先の目指す先は左胸、心臓だ。

 馬上でこれ以上に体を傾ける事は避けようと、チャフは鉄剣を動かす。

 刹那の間だと理解していても、時間が引き延ばされているかのように、チャフは感じた。

 剣を持った自身の手が無情なほどに、ゆっくりとしか動かない。

 迫り来る曲刀の切っ先は霞んで見えるほど素早く、チャフに向けて空中を進む。

 チャフは歯を食い縛り、腕を動かすことに全力を注いだ。

 キン、と鉄剣と曲刀が触れ合う。

 曲刀の切っ先が僅かに逸れた事に安心したのも束の間、軌道を修正するように曲刀が傾けられる。

 すると、切っ先は元の心臓を狙う軌道に帰ってきた。

 また、イレーネオが手首を捻ったのだ。

 諦めず、チャフは鉄剣を曲刀に押し付け、さらに軌道を逸らす。

 手首を捻った直後であったためだろう、曲刀は軽く、さほどの抵抗もなく横へ逸らす事が出来た。

 完全に横へ逸らした瞬間、チャフは小さく息を吐き出す。

 意外そうな顔をするイレーネオを警戒しつつ、チャフは出方を窺った。

 ──早いだけで一撃ごとの力強さはないな。

 チャフが観察する限り、イレーネオの筋肉の付き方も力押しするタイプではないと思えた。

 重量よりも速度を重視する戦い方は、火炎隊に通じるものがありそうだった。

 しかし、分析すればするほど、チャフにとって無視できない事実が浮き彫りになる。

 圧倒的な速度の差だ。

 チャフが先に仕掛けても、イレーネオの突きが届く方が早いだろう。

 魔鏡剣を使えば、仲間であるフェリクス達まで巻き込んでしまいかねない。

 ソラやサニアから学んだ奥の手の柔道技も、以前の戦いで見せているため、警戒されているようだった。

 打開策を模索するチャフに、イレーネオが曲刀を振り被る。

 チャフの左肩から袈裟掛けに斬るつもりだろう。

 点で攻撃する突きに比べれば対処しやすい、チャフは素早く鉄剣を横にして防いだ。

 しかし、鉄剣に防がれた曲刀は蛇のような動きで半回転する。

 ──これは、あの時の……ッ!?

 曲刀の動きを見たチャフは瞬時に半年前の戦いを思い出した。

 すぐに鉄剣を寝かせたまま頭上に跳ね上げる。

 物陰から獲物を窺う蛇の頭にも似た曲刀の切っ先が、鉄剣の上から突き出されていた。

 チャフの反応が少しでも遅ければ、鉄剣を越えた曲刀の切っ先がチャフを捉えた事だろう。

 曲刀一本で変幻自在の突きを放つイレーネオに、チャフは冷や汗を流す。

 だが同時に、突破口が見えた。

 チャフは突破口を開くべく、鉄剣を構える。

 イレーネオがチャフの構えを見て眉を寄せた。


「……突きでの勝負では結果が見えていますよ」


 イレーネオの言葉通り、チャフは切っ先をイレーネオに向けて、突き一辺倒の構えを取っていた。


「ものは試しだ。付き合ってもらおうか」


 チャフは不敵に笑む。

 何か企みがある事は明白だ。

 だが、イレーネオはあえてチャフの誘いに乗る。

 突きには絶対の自信があるのだ。

 イレーネオはチャフの動きを見つつ、試しに突きを放つ。

 罠を警戒しての緩やかな突きであったため、チャフは冷静に見極め、最小限の動きで避けて見せた。


「……どうした? ビクついているようだが」

「安い挑発です、ねッ!」


 言葉と共に、イレーネオは再度突きを放つ。

 手首を捻りながらの突きにより、切っ先は螺旋を描いてチャフに迫る。

 ひどく軌道が読みにくいイレーネオの突きを、チャフは大きく体を捻ってかわす。

 余裕のない動きだったが、空を突く曲刀の切っ先を見詰めてチャフは意味ありげに目を細めた。

 チャフの表情に気付いたイレーネオが、反撃に備えて曲刀を引く。

 戻っていく曲刀を見送りながら、チャフは動く。

 鐙に通した足に力を込め、安定した力強い突きをイレーネオの左肩目掛けて放ったのだ。

 しかし、反撃に備えていたイレーネオには、随分と遅い動きだった。

 戻しきった曲刀を縦に構え、チャフの鉄剣と自身の左肩の間に滑り込ませる。

 チャフの安定した体勢から、突きの威力を想定し、受け止めきれるよう手首から肩まで力を込め、固定する。

 この突きを防ぎきれば、チャフが鉄剣を引き戻して構え直すより早く、イレーネオは突きを繰り出す自信があった。

 鉄剣と曲刀がぶつかる──寸前。

 イレーネオが驚きに目を見張る。

 チャフの突きが、急激に軌道を変えたのだ。

 突きを主体とした戦い方をするイレーネオには、チャフの突きの異常さが理解出来ただろう。

 ほぼ腕が伸びきった状態で、更に加速しつつ軌道を変える事など出来るはずがない。

 混乱しながらも、イレーネオは曲刀を動かそうとするが、衝撃に備えて力を込めていたために腕は硬直している。

 ギリギリで硬直が解け、右肩に迫る鉄剣に横から曲刀をぶつけるが、びくともしない。

 急激に軌道を変え、更に加速したにも拘わらず、チャフの突きは安定して力強かった。

 驚愕するイレーネオの右肩に、チャフは鉄剣を突き立てた。

 勢いのままに馬から突き落とされるイレーネオの目が、チャフの愛馬を映す。

 地面に背中を付けたイレーネオが受け身を取って起き上がる。

 しかし、チャフは素早くイレーネオの左肩にも鉄剣を突き刺した。

 イレーネオの手から力が抜け、曲刀が滑り落ちる。


「……馬ごと反転しましたね?」


 カラン、と乾いた音を立てて地面に転がる曲刀を見下ろして、イレーネオが確信を持ってチャフに訊ねる。

 安定した突きを放つために体勢は変えられない。

 チャフは抜群のタイミングで愛馬を反転させ、直線の突きに横向きの変化を加えたのだ。

 十分な脚や腰の筋力がなければ振り落とされる。

 愛馬との意志疎通が一瞬でもズレたなら、失敗していただろう。


「……流石はトライネン、か」


 諦めたように地面へ腰を下ろし、イレーネオが呟いた。

 両肩を突かれ、もう腕は上がらない。

 戦いはチャフの勝利で幕を閉じた。

 チャフは周囲を見回して、ほっと息を吐き出す。

 精鋭ばかりの仲間達は二対一の戦力差を覆していた。

 いち早く相手を倒したフェリクスが他の仲間を援護したらしい。


「──あら、負けてしまったの?」


 場違いに軽い声が聞こえて来て、チャフは大型船を振り返る。

 船縁で二人の銀の娘が無機質に笑いながら、チャフに手を振っていた。


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イレーネオかっけんよなぁ
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