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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
最終章 伯爵領初年の二頭同盟騒動

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第二十一話 ナイトの決戦

 啖呵を切り、チャフは馬に前進の意を伝える。

 愛馬は一瞬の間もおかずに反応し、その足で大地を穿った。

 馬の加速と共に突き出された鉄剣は、通常の突きとは比較にならない速度で上司に向かう。

 しかし、上司は左の曲刀でいとも簡単に鉄剣を上から叩き落とした。

 同時に右の曲刀が馬の首で出来た死角を縫って、チャフの大腿に迫る。

 数瞬の後にはチャフに深手を負わせたはずだったが、上司は曲刀の軌道を急転換する。

 弾いたはずの鉄剣がなおも空中を直進し、上司の右足首を狙っている事に気付いたのだ。

 曲刀の腹で自らの右足首を防御しつつ、左腕を跳ね上げる。

 左手に握られた曲刀は月明かりに白刃を煌めかせながら、チャフの右肩を切り裂こうとした。

 しかし、体勢が悪かったのだろう、常より遙かに剣速が遅い。

 チャフは鉄剣を戻しつつ、曲刀の間合いを見極めて右肩を引く。

 チャフの体勢を見て取って、上司は足首を防御していた右の曲刀を力任せに跳ね上げた。

 チャフの右足を鐙ごと下から掬い上げ、体勢を崩しにかかったのだ。

 鉄製の鐙と曲刀がぶつかり、高い金属音が鳴る。

 肩を引いたために重心がやや左後ろに傾いていたチャフが相手なら、落馬させられずとも体勢を崩せるはずだった。

 だが、上司の予想に反して、チャフは鐙から右足を抜いていた。

 むなしい金属音の響きを、チャフは改めて鐙へ右足を入れ、抑えた。


「古典的な嫌がらせだなッ」


 言葉と共に、チャフは鉄剣を打ち下ろす。


「なめた口利いてんなよ、若造が」


 上司がすかさず左の曲刀を合わせるが、体重の乗った打ち下ろしを片手では支えきれず、右の曲刀を添えて均衡を保とうとする。

 それでもなお、チャフは鉄剣を無理やり押し込んでいく。

 粘る上司に対し、チャフは笑みを浮かべた。


「騎兵の体は二つある」


 言うが早いか、チャフは愛馬に拍車を掛けた。

 目を剥く上司の前で、興奮気味に鼻を鳴らした馬が地面を踏みつけた。

 チャフが上体を屈め、鉄剣の柄に両手を添える。

 チャフが全体重を前に掛けた時、馬は飛び出した。

 チャフの体重に文字通り馬力が加わり、鉄剣の圧力は急激に上昇する。

 人が支えられる力を遙かに逸脱していた。

 上司は後ろへと押し倒され、勢いのままに馬から突き落とされた。

 反射的に腕を交差させ、頭を保護する。

 地面に落ちても勢いは止まらず、後方へと一回転する最中、頭のすぐ横にチャフの馬の後ろ足が打ち下ろされた。

 少しずれていたなら、頭を踏み砕かれていた事だろう。

 ぞっとしながら受け身を取り、上司は後ろを振り返る。


「──なんだ、これは……」


 目に入った戦場の異質さに、上司は絶句した。

 イレーネオ達が双頭人形を必死の形相で庇い、舷梯へ向かっている。

 そのイレーネオの部隊の中を、フェリクスを含む騎馬隊が駆け回り、手当たり次第に剣撃を浴びせている。

 舷梯を守っていた上司の部隊は無事かと視線を移せば、革の胸当てに木剣という極端に軽装備な歩兵部隊の強襲を受けていた。

 一目で分かる特殊な装備、火炎隊だ。

 何故、ここにいるのか、と上司の脳裏に疑問が浮かぶ。

 上司が聞いた噂では、西でホルガーを捕らえた部隊が火炎隊だったはずなのだ。

 移動時間を考えれば、ホルガーを捕らえてから一直線に北東へ進まなければ、この戦場には間に合わない。

 トライネン伯爵が軍を構える東や大型船で防備を固めた南は放置できても、西の持ち場を火炎隊が離れた事が腑に落ちない。


「ちっ、考えてる暇はねぇか」


 舷梯を守備している部下達は、火炎隊の勢いに押し負けている。

 守備隊が乗っていた馬も脚を叩き折られたか、地面に横倒しになり、暴れていた。

 火炎隊は歩兵同士の戦闘であれば王国近衛隊にも勝る。

 引く事も押す事も出来ず、持ち場を死守しなければならない舷梯守備隊の戦い難さも手伝って、完全に押し負けているのだ。

 上司は自らの馬を振り返るが、道の向こうへ走り去っていく後ろ姿が見えた。

 遠目にも右後ろ足に異常が出ている事が分かる。

 おそらく、上司を叩き落としたチャフが駄目押しにナイフを馬へ投げたのだろう。

 上司は再度、戦場を確認した。

 これほどの乱戦であれば、もう光の魔法を警戒する必要はない。

 上司は舌打ちして火炎隊の背後を突くべく走り出した。



 上司の先を行っていたチャフは、剣を斜め下に構え、刃を前に向ける。


「ゴージュ!」


 チャフが火炎隊の一人の名を呼ぶ。


「元馬鹿やろう共、若騎士のお通りだ。道を開けろッ!」


 一際目立つ化け物顔が声を張り上げる。

 すると、先ほどまでの勢いは消え失せ、あっさりと火炎隊は後退した。

 たたらを踏んだ舷梯守備隊だったが、向かってくるチャフを見て慌てて分散しつつ、舷梯への隙間を埋めるように曲刀を突き出す。

 無理に通ろうとすれば曲刀の刃が茨のようにチャフを傷つけるだろう。

 しかし、チャフは舷梯守備隊の陣形を見ても速度を緩めない。

 火炎隊が舷梯守備隊から十分に遠ざかった事を確認し、チャフは口を開く。


「ゴージュ、後ろの男が敵の指揮官らしいぞ」


 舷梯守備隊を睨んでいた火炎隊が、チャフの言葉を聞いて一瞬沈黙した。


「……指揮官?」

「って事は、大一番の──」

「大当たりで──」

「大手柄……?」


 火炎隊が顔を見合わせて確認し合う。

 チャフは火炎隊の横を駆け抜け、舷梯守備隊の前で方向を転換、イレーネオとフェリクスが交戦している地点へ馬を向ける。

 その時、チャフの瞳の端に、どんな化け物でも裸足で逃げ出すほどの凄絶な笑みを浮かべる火炎隊が映り込んだ。

 馬を加速させつつ、チャフは振り返る。

 火炎隊が舷梯守備隊に背を向け、炎の如き戦意を撒き散らして上司へ殺到していた。


「──っざけんな、畜生ッ!」


 上司がチャフに罵声を浴びせる。

 チャフは肩を竦めて、上司から目を逸らした。


「後は銀の娘とイレーネオか」


 自ら確認するように呟いて、チャフはフェリクス達と乱戦を繰り広げているイレーネオの部隊を観察する。

 銀色の髪が集団の奥に窺える。

 標的は奥にいるらしいと判断し、チャフはまずフェリクスと合流すべく、馬を向ける。

 その時、イレーネオと目があった。

 その表情からイレーネオの考えを悟り、チャフは急遽、方向を転換する。

 同時に、イレーネオが口を大きく開き、声を張り上げた。


「チャフ・トライネン子爵を目指して突撃しろ! 犠牲は厭わない、遅れた者は置いていく!」


 浮いた指揮官を直に狙う事で、強制的にフェリクス達を守勢に回らせるつもりだろう。

 事実、フェリクス達はイレーネオ達の突撃を妨げるため、一度イレーネオ達から離れて距離を取ろうとしていた。

 イレーネオ達による突撃が開始されたなら、横から攻撃を加えるつもりなのだ。

 しかし、イレーネオが不自然に片手を挙げた事に気付き、チャフは目を細める。

 銀の娘を相乗りさせた騎兵の動きから、チャフはイレーネオの本当の狙いを看破した。

 すぐさま、チャフはフェリクスに呼び掛ける。


「突撃命令はハッタリだ! イレーネオと船の間を塞げッ!」


 フェリクスが声に反応して方向を転換するが、イレーネオ達はすでに動き出していた。

 舷梯を目掛けて馬を加速させ、動きを読み違えたフェリクス達を引き離す。


「……仕方ない、か」


 チャフは二隻の大型船に目を向け、決断する。

 愛馬の首を一撫でし、鋭い目付きで舷梯守備隊を睨んだ。


「作戦目標を先に片付けるか」


 口端をつり上げ、チャフは愛馬に駆け足を命じる。

 イレーネオ達ではなく、舷梯へと単騎で向かうチャフを見て、舷梯守備隊が曲刀を掲げて牽制した。

 チャフは鉄剣を下方へ構えながら、笑う。


「トライネン家の者が、馬に乗っている時に前を塞ぐな──踏み潰すぞ?」


 怯む所か加速し、チャフは舷梯守備隊の脆い部分を目敏く見つけ出す。

 愛馬の大きさ、自身の攻撃範囲、敵陣を抜ける道筋、全てが見えていた。

 イレーネオか上司のいずれかが指揮していれば、出来なかっただろう小さな抜け穴。

 しかし、幾度も仕掛けた奇襲により、指揮官は完全に引き離されている。

 舷梯守備隊に向かって中央やや左より、チャフはそこに見いだした小さな綻びへ愛馬と共に斬り込んだ。

 右から突き出された曲刀を鉄剣で弾き、左の兵を馬体で弾き飛ばす。

 曲刀を弾かれてのけぞった敵兵の側頭部を鉄剣の先で殴り飛ばし、横向きに倒れさせる。

 正面にいた敵兵がはね飛ばされまいと横に逃げるが、チャフは愛馬にさらなる加速を命じた。

 地面に蹄鉄を叩きつけ、愛馬が正面の敵兵を跳ね飛ばす。

 二の舞を演じるまいと前方にいた敵兵が次々と横へ逃げ、開いた道に曲刀を突き出し始めた。

 しかし、曲刀で作られた茨の道にチャフは目も向けない。


「こちらを行かせてもらおうか」


 逃げてきた兵に圧迫されていた左側の兵士達が顔を青くする。

 愛馬が機嫌良く、右脚に力を込めて左に曲がった。

 力任せに二人ほど跳ね飛ばし、速度が鈍ったところで更に左へ方向を転換する。

 馬の背へ腹這いになりながら、鉄剣を敵兵の首の高さに据えて、拍車を掛けた。

 愛馬は首を高く掲げたかと思うと、すぐに力を込める。

 瞬時に蓄えた力を解放し、愛馬は舷梯守備隊を突破した。

 左側を縫い取られた舷梯守備隊が態勢を立て直すより早く、チャフは距離を取り、速度を上げる。

 そして、河の流れのすぐ横を舷梯守備隊に向かって再度、突き進んだ。

 左側から舷梯守備隊の後方を通る腹積もりだ。

 指揮官不在のために未だ態勢が整わない舷梯守備隊の後方を、チャフは駆け抜ける。

 思い出したように突き出される曲刀を、苦もなく弾き、返礼に鉄剣で斬りつけた。

 舷梯の間近にいた兵士を跳ね飛ばし、チャフは舷梯に馬を乗り上げる。

 船の規模に見合った立派な舷梯が馬の重みに軋みを上げた。

 構わず、チャフは騎乗したまま舷梯を駆け上がる。

 振り返ってイレーネオを確認すると、苦い顔でもう一つの大型船に馬首を向けていた。


「奪われた船に構うな。残った船に乗り込め!」


 撤退を優先する命令に、舷梯守備隊も船を奪い返す事を諦め、もう片方の船へと向かい始める。

 イレーネオが火炎隊の方を見た。

 上司の腕がいくら立つといっても、王国近衛隊を凌駕する火炎隊を一度に相手にしては分が悪い。


「……撤退だ。早く船に乗り込め!」


 救出を諦めたのか、イレーネオは吹っ切るように命令を重ねた。

 チャフは舷梯の上からイレーネオの動きを見て、先ほど駆け上がったばかりの舷梯に馬を向ける。


「これで船は一隻に絞った。後は……」


 好きにさせてもらうぞ、とこの場にいない友人へ呟いて、チャフは両脚で馬の背を軽く締め、駆け出す。

 舷梯を駆け下りれば、すぐに最高速に達した。

 チャフが舷梯を降りきったところで、フェリクス達が合流する。


「作戦終了ですか?」

「いや、連中からイレーネオを引き剥がす」


 フェリクスに答えながら、チャフは舷梯に向かうイレーネオ達の後を追う。

 フェリクス達は併走しながら隊列を横一文字に組み直した。

 舷梯守備隊が乗船し始めている。

 ちらりと見えた銀の娘達は口元に笑みを浮かべていた。

 逃げ切った、という確信に満ちた笑みだ。

 しかし、銀の娘達の側にいたイレーネオは苦い顔をしている。

 確かに、いま船に乗り込めば、イレーネオと銀の娘達はこの場を逃げられるだろう。

 だが、乗船しきれていない兵がチャフを抑えてこの場に残る事と引き替えに、だ。

 イレーネオが部隊の最後尾を固めるのは当然だった。

 イレーネオに従って部下の騎兵もまた、仲間を優先してチャフを食い止めようと馬を動かす。


「……本当に、意味が分からないわ」


 双頭人形が哀れむようにイレーネオ達に言葉を投げる。

 その言葉を聞き、武器を持つ者達は敵味方を問わず、嫌悪感に眉を寄せた。


「やはり、あなた方には永遠の謎なのでしょうね」


 イレーネオが双頭人形に言葉を返し、両手で曲刀を構えた。

 部下達十名も無言で曲刀を構え、チャフ達を迎え撃つべく陣形を整えだす。

 流石と言うべきか、綻びは見受けられない。

 チャフ達は衝突を避けるために速度を加減した。

 チャフはイレーネオに向けて口を開く。


「同情するが、情けは掛けない」

「それで結構です」


 ほぼ向かい合う形で言葉を交わし、互いに武器を向ける。

 そして、どちらともなく呟いた。

 ──勝負、と。



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