第十八話 綴られた手掛かり
──孤児院と職業訓練所の設立。
ソラは思わずサニアを見る。
サニアも困惑顔だったが、袖を引かない事から考えて、イェラの声や口調に違和感はないらしい。
──確かに、イェラの言葉通りなら、ばらまくという表現にも合致するが……。
孤児院も職業訓練所も、資金不足で手が出せなかった分野だ。
職業訓練所に至っては、各職人ギルドに睨まれる可能性が高いため夢のまた夢だった。
大手商会であっても、商品を作る職人ギルドから睨まれてしまっては仕入れに悪影響が出るため、協力を頼めなかった。
そこまで考えて、ソラは気付く。
ジーラ商会連合は様々な大手商会が名を連ねた、商人の大規模組織である。
職人ギルドの取引先も多く含まれたこの大規模組織ならば、取引そのものを交渉材料に職人ギルドを黙らせる事も可能となる。
資金面も商圏の広大さを考えれば十分に賄えるだろう。
考えるソラに対し、イェラは続ける。
「既に王都へ数名を派遣して、技術を学ばせています」
「遠方のギルドとはいえ、よく説得できたな」
「説得より買収に近いですね。私自ら出向かねばならないほど、大きな額が動きました」
ソラは感心しつつ、思考を続ける。
イェラの態度や口調から嘘を吐いている雰囲気は感じとれない。
ソラの目を騙すほどの演技力だとしても、イェラの話には一応の筋が通っている。
──何か傍証があれば踏み切れるんだがな……。
ソラは眉を寄せたが、仮面に阻まれて気付かれなかった。
イェラが意を決して、ジーラ商会連合としての要求を口にする。
「孤児院と職業訓練所の設立と運営、管理を領主であるソラ様が主導で行って頂けるなら、ソラ様の要求を呑む用意があります」
「ジーラ商会連合は合議制だろ。本当に俺の要求を呑むのか?」
疑いの目を向けるソラに対し、イェラが微笑みながら一枚の羊皮紙を差し出した。
羊皮紙には商会連合に名を連ねる殆どの大手商会の長の名前が羅列されている。
イェラがソラに出した要求が叶えられた暁には、職業訓練所の出身者を優先して雇えるよう便宜を図る事を条件に、関連する債権をソラに売却する旨が記載されていた。
──意思の統一は済んでいる、という事か。
孤児院などをソラに押し付けた後、債権の売却額をふっかける可能性を考えたが、自ら否定する。
債権を買い取った後で孤児院などに関して動けば良いだけだ。
ソラから見れば、このまま契約交渉に入ってしまっても損はない。
だが、一つだけ気がかりな事があった。
──これでは陛下に利益がない……。
財政難の王家が金食い虫である孤児院や職業訓練所の設立に前向きだと、ソラは思えなかった。
まだ、何か裏があるのだ。
「──そういえば、フェリクスがソラ卿宛てに手紙を預かっていたな」
裏を探ろうと思考するソラを余所に、チャフが思い出したように口にした。
思考を邪魔されたソラは眉を寄せてフェリクスに顔を向ける。
失礼します、とフェリクスが一通の手紙を取り出した。
「ジーラの館に勤める老人からです」
フェリクスの言葉に、イェラが不思議そうに首を傾げた。
「当家に老齢の使用人はいませんけど……」
チャフとフェリクスが顔を見合わせた。
「紅茶を持ってきてくれたのだが、使用人ではないのか?」
「……もしかして、その紅茶は香りが飛んでいたりしませんでしたか?」
「あぁ、香りは飛んでいたし、酷く不味かった」
チャフが率直な感想を口にすると、イェラには心当たりがあったらしい。
頭痛を堪えるようにこめかみを押さえ、ぽつりと呟いた。
「多分、義父です。紅茶はメイドに任せるよう何度も言っているのに……」
自分で淹れる紅茶が好きらしく、人に勧める事があるそうだ。
ソラはフェリクスから手紙を受け取り、中身を取り出す。
丁寧に束ねられた紙に、日付と予定が書かれていた。
──なんだ、これ。スケジュール帳か?
意図が掴めず、ソラはイェラを見た。
イェラは目をパチクリさせ、ソラの手にあるスケジュール帳を見つめている。
イェラにも分からないらしかった。
ソラは再びスケジュール帳に視線を戻す。
非常に細かい文字で一年に付き一枚、十数枚の紙に書き込まれたスケジュール。
一枚、また一枚と読み進める内、ソラの目が鋭くなった。
全てを読み終えた後、インクの退色具合を確認して、ソラは席を立つ。
「しばらくここで待っていてくれ。少し調べたい事が出来た」
ソラは一方的に言い残しサニアを誘うと、早足で応接室を出た。
後ろ手に扉を閉め、廊下を歩き始めるソラの隣に並びながら、サニアは応接室を気にしつつ口を開く。
「いきなりどうしたの?」
ソラは無言でスケジュール帳をサニアに見せる。
「イェラの行動をメモしたものだ。コルが持っている宿料亭組合の情報と照らし合わせる」
サニアはスケジュール帳を見つめた後、ソラの言葉に頷いた。
しかし、何か疑問を持ったのか、考え込む。
「メモが偽物って可能性は……考え難いね」
現状ではソラに疑問を抱かれるような事は極力避けるはずだ。
いずれにせよ、裏を取られたなら騙せるはずがないため、もっとうまい方法を選ぶだろう。
「でも、なんでメモしてたんだろう?」
サニアの疑問を受け、ソラはスケジュール帳をめくる。
「記載されている情報量から考えて、このメモは子爵領が成立した翌年から書かれ始めたんだろう。それ以前の情報は記憶による物だとも明記してある」
該当の文を指さした後、ソラはスケジュール帳を閉じる。
歩く速度を上げてコルがいる厨房横の部屋に向かいながら、ソラは続ける。
「ちょうど銀の娘について噂が広まった頃だ。おそらく、義娘の行動と噂との間に矛盾を見つけたんだ。それが何かは、自分で調べろって事だろうな」
「それじゃあ、ソラ様の予想通り……」
半ば確信を持って、ソラは力強く頷く。
「──銀の娘は一人じゃない」