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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
第五章 伯爵領初年のジーラ同盟騒動

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第十七話 魔鏡剣

 昼下がり、ソラは私室にいた。

 机の上には丹念に磨かれて鏡のようになった幅広の青銅剣が置かれている。

 椅子に腰掛け、この世界の聖書をめくっていたソラは、青銅剣を横目に見てため息を吐き出した。

 その時、扉が叩かれ、サニアとリュリュが入ってくる。


「ソラ様、トライネン子爵が帰ってきたよ」


 サニアからの報告に、ソラは閉じた聖書を膝の上に置く。


「イェラは?」

「信じられない事に、連れてきたよ」


 リュリュが肩を竦めて答え、ソラは苦笑する。


「まだ危なっかしいが、チャフも一人前になったという事さ。後は俺の仕事だな」


 ──トライネン子爵領はどこになるか。活火山の爺さんが貫陣に入れ知恵しそうだが。

 有り得そうな未来を想像し、ソラは小さく笑った。

 ふと気付けば、サニアとリュリュが机の上に置かれた青銅剣を見つめている。

 研がれたのではなく磨かれた青銅剣は、カーテンの隙間から差し込む太陽光を反射して白く輝いて見えた。


「二人とも、見るべきは剣本体じゃない。天井だよ」


 ソラは人差し指を上に向ける。

 サニアとリュリュが釣られて天井を仰ぎ、信じられない様子で何度も瞬きする。

 天井には光と陰で描き出された魔法陣が浮かんでいたのだ。


「これ、どうやって……?」


 リュリュが疑問を口にしつつ、光源である太陽光とそれを反射する青銅剣を見る。

 仕掛けがあるとすれば青銅剣だと当たりをつけたらしく、リュリュが青銅剣に手を伸ばした。

 表は鏡のようだったが、裏はただ平らなだけで、仕掛けは見つからない。

 丹念に観察するリュリュにソラは笑みを浮かべる。


「それは魔鏡だ。ばれないように細工してあるけどな」


 青銅は柔らかい金属である。

 青銅で作られた鏡を磨き続けると、裏の凹凸を反映した僅かな歪みが生じ、鏡面に目では分からない微細な凹凸が出来る。

 鏡面に反射する光は凹凸の影響を受けるため、魔鏡に反射された光にむらが生まれ、光の強弱による絵を描き出す。


「魔法陣を象った鉄板に押し付けて磨いたんだ」


 本来ならば魔鏡の裏側に彫り込んでおくのだが、部外者に作り方を知られないよう、小細工したのである。

 そのため、この青銅剣は表に傷が付くとソラ以外に復元できる者がいない。

 リュリュが興奮気味に頬を染め、壁に向けて光を反射させている。

 科学馬鹿な友人の姿を眺めつつ、サニアが口を開く。


「この剣、傷が付いたら使えないから、斬ったりできないよね」

「出来ないな。あくまでも暗器だ」


 魔法陣は繊細なため、少々の歪みも傷も許されない。

 魔法陣を構成する数式に歪みや傷の位置や大きさを組み込めば発動出来るが、作り直した方が早い。


「何でこんな物作ったの?」

「簡単に言えば保険と餞別だな」


 ソラはリュリュから青銅剣を取り返し、専用の鞘にしまう。

 中に綿が詰められ、万が一にも傷が付かないように配慮した鞘だ。

 物欲しそうな顔で青銅剣を見つめるリュリュに袖を掴まれ、ソラは嘆息する。


「作ってやるから、欲しい効果の魔法陣をサニアに描いてもらえ」

「やった!」


 リュリュが満面の笑顔でサニアに話し掛ける。


「──今は仕事が先だよ」


 取り付く島もないサニアの言葉に、リュリュが肩を落とした。

 二人のやり取りを聞きながら、ソラは青銅剣を腰に提げる。

 ──コルは間に合わなかったか。

 事前に調査を任せていたが、ソラは諦めて首を振り、思考を切り替えた。


「リュリュ、火炎隊に伝達だ。大樹館の警備を強化、クロスポート自警団にも人を出して見回りを強化しろ」

「分かった。後でちゃんと魔鏡をくれるんだよね?」

「心配しなくても作ってやるから、さっさと動け」


 絶対だからね、と念を押して、リュリュが火炎隊の宿舎に走って行く。

 ──さて、女王様のご機嫌を良くしようか。

 ソラは仮面を身につけた。

 サニアを連れて、応接室に向かう。


「サニア、イェラが少しでも嘘を吐いていると思ったら、俺の袖を引け」

「アリバイを全部確かめるんでしょ?」


 書類束を掲げてみせるサニアに頷きを返し、ソラは鋭い視線を応接室の扉に注ぐ。


「銀の娘の噂は腑に落ちない点が多い。噂だからと言えばそれまでだが──」

「コルさんが裏を取ってるけど、本人から聞けるまたとない機会だもんね。……任せて」


 サニアが自信を持って笑みを浮かべる。

 ソラも笑みを浮かべた後、気を引き締める。

 応接室の前でサニアと頷き合い、ソラは扉を開く。

 最初に瞳へ飛び込んだのは、くすんだ銀の髪。

 王国では珍しい髪の色は今日もまた、目撃証言が噂となってクロスポートに広がり、外へと拡大していくだろう。

 それほどに見事な銀髪だった。

 チャフとイェラが立ち上がり、ソラを出迎える。チャフの後ろにいたフェリクスが黙礼した。

 ソラとイェラが向かい合うだけで、部屋の空気が張り詰めていく。

 腰に提げている青銅剣を見たイェラの膨れ上がった警戒心を感じ取りながら、ソラは口を開く。


「対話に応じてくれて感謝する。楽にしてくれ」


 腰を降ろすように勧めるが、イェラはソラの剣を注視して首を振った。


「立ったままで結構です」

「そうか。俺は遠慮なく座らせてもらう」

「えっ……」


 言うが早いか、ソラはあっさりと椅子に座る。

 一瞬、毒気を抜かれた様子のイェラだったが、気を取り直し、立ったままソラを見下ろした。


「それで、私達ジーラ商会連合にどうして欲しいのでしょうか?」

「傭兵を解雇して自警団を使え。また、傘下にある商会への強制力を剥奪する」

「つまり、商会連合内の繋がりを弱めたい、という事ですね」


 ソラの要求が内包する目的を見抜き、イェラが微笑む。


「お断りします」


 ──当然だな。

 予想通りの回答だ。

 ソラは余裕を崩さず、イェラに水を向ける。


「そう結論を急ぐな。せっかくの対話なんだから、イェラも何か要求したらどうだ?」


 ソラの隣で、サニアがさりげなく耳を澄ます。

 獣人特有の聴覚の鋭さを利用し、声の強弱や音の高低、発音の乱れ、それら一切を聞き漏らさずに本音と嘘を聞き分けるつもりなのだ。

 事前に鎌を掛ける項目はソラから教えられている。

 確実に聞き分けられるほどの精度ではないが、必ず判断材料をソラに提供するだろう。

 ソラ自身も仮面の裏でイェラの全身を観察する。


「そういえば、チャフから話を聞いた。イェラは金をばらまきたいそうだな」


 ソラの言葉に、イェラが視線をチャフに向ける。

 ほんの一瞬の事だったが、ソラは見逃さなかった。

 ──発言した事は真実か。問題は発言の真意だな。

 イェラがソラを見下ろしながら、言葉を選ぶ。


「給金を出すのは当然でしょう」


 静かに袖を引かれたソラは、仮面を付けた顔はイェラに向けたまま、サニアの様子を伺う。

 ──違和感あり、か。

 事前の打ち合わせ通り密かに意思疎通して、ソラはイェラを揺さぶりに掛かる。


「金をばらまく……どうにも、給金の事と思えない言葉だな」


 ばらまくという言葉からは、既存の手段によらず広範囲に行き渡らせたい意思が窺える。

 チャフに話を聞いた時から、ソラは疑問に思っていた。

 金がないなら人ではない。金があれば人である。

 ならば、こうも言い換えられないだろうか。

 金を稼げるなら人である。

 今は金を待たなくとも、稼ぐ手段があればいずれは人になるだろう。

 だが、真に救済すべきは金を稼ぐ手段を持たない者だ。

 浮浪児であったり、老人であったり、自力で金銭を得られない者は永遠に人になれない理屈である。

 商会連合を築き、いくら雇用を生み出しても救済されない者達が存在する。


「給金がどうとか言ったな。イェラにとって、働く術のない者達は人ではないのか?」


 ソラは違和感から削りだした針でイェラをつついた。

 ただそれだけの事が、イェラの態度に変化をもたらした。


「……そんなはずがないでしょう」


 イェラは唐突にソラの正面に腰を降ろし、チャフに視線を向けた。


「まったく、チャフ様の言う通りでしたね」


 困ったような曖昧な笑みで、イェラがチャフに話し掛ける。

 怪訝な顔をするソラを置いてけぼりに、チャフが肩を竦めた。


「噂は当てにならないものだからな。オレにも、ソラ卿に迷惑をかけた経験がある」

「身につまされますか?」

「かなり、な」


 何やら通じ合っているらしいチャフとイェラを前に、ソラは渋い顔をする。

 隣を見れば、サニアも困惑顔で熊耳を忙しなく動かしていた。

 ──なんだこの空気。

 ソラが渋い顔をしていると、イェラは雰囲気から悟ったらしく、苦笑した。


「私からの要求、というよりは商会連合を作った動機をお話します」


 そう前置きして、イェラは居住まいを正す。


「──私達ジーラ商会連合は、孤児院の設立と職業訓練所の整備を要求します」


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