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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
第五章 伯爵領初年のジーラ同盟騒動

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第十五話 不穏な冗談

 クロスポートを出発したチャフ達は馬を常歩で進めていた。

 チャフとフェリクスを先頭に、六騎が二列となって規則正しく道を行く。

 等しく開いた間隔は常に一定を保ち、人も馬もそれがさも当然であるかのような涼しい顔をしていた。

 騎兵隊の練度なら王国随一のトライネン伯爵家だけあり、人馬一体の整然とした行進はすれ違う人々の目を奪っていた。

 正面から来る馬車があっても、手綱をさばき、流麗な動きで速度も落とさず避けていく。

 馬車の周囲を固める傭兵達を見て、フェリクスが目を細めた。

 会話が聞き取られない程度に離れた事を確認し、フェリクスが背後の仲間に声を掛ける。


「ちょっと妙じゃねぇか?」

「さっきの傭兵連中か?」


 フェリクス達が違和感を確認し合う。

 会話を耳に挟んだチャフは小首を傾げた。


「数が多いとは思ったが、そこまで妙な事なのか?」

「一山いくらの傭兵にしちゃあ、馬が訓練され過ぎてます。騎手が下手くそなのを隠すくらい」


 フェリクスが後ろの仲間に同意を求めると、仲間は頷いて口を開いた。


「あれじゃ乗ってるんじゃなく、運ばれてますね」

「違いねぇな」


 護衛達が一斉に笑い声を挙げる。

 だが、目は笑っていなかった。


「思うんですよ。あれは馬車の中身じゃなく」


 フェリクスが言いながら馬の速度を緩やかに落とす。


「──馬を輸送してんじゃねぇかって」


 チャフを含め、全員が馬の脚を止めた。

 耳を澄ますまでもなく、馬車と傭兵が進む音が乱れた。

 おそらく、チャフ達の様子を密かに伺っていたのだろう。

 フェリクスが落ち着いた口調でチャフに問い掛ける。


「一触即発のこの情勢下、あの数の優秀な馬をどうする気かってぇ話ですよね」


 フェリクス達がチャフを見る。


「行き先を確かめておきましょうか?」


 チャフは一瞬考えたが、首を振った。


「あの馬が活躍しない未来を導くために、オレはここにいる」


 ──無闇に刺激して、戦闘になれば事だからな。

 チャフは馬を再び歩かせる。

 フェリクス達が一瞬遅れて追随した。


「若様が言うなら、先を急ぎましょうか」


 チャフ達が追ってこない事に安心したのか、馬車と傭兵達から聞こえてくる音は落ち着きを取り戻した。

 ──かなり、緊迫しているな。

 すれ違うだけでこの有様だ。

 ソラとジーラ商会連合の睨み合いを肌で感じながら、チャフは一路ジーラを目指した。



 ジーラの付近まで来ると、行商人の姿を多く目にするようになった。

 人と物が集まり、何より金が集まれば当然だ。

 また、傭兵も増えていた。

 ジーラに続く道のそこかしこに立っている。

 形だけは物々しい雰囲気だが、傭兵達は気さくに行商人へ挨拶などしていて、どこか暢気さが漂っていた。

 町に入れば、好奇の視線を浴びる事になったが、のんびりとした雰囲気は変わらない。

 フェリクス達と顔を見合わせる。


「なんか、拍子抜けなんですけども……」

「とにかく、イェラに会わない事には始まらない」


 町の様子を調べたい気持ちはあったが、ひとまず後回しにする。

 ジーラの町は大きな川に隣接した町であり、商会連合に加わった多数の商会が軒を連ねている。

 民家と商会が混ざり合った独特の町並みは、やや不便ながらも活気づいていた。

 町官吏の館は町の中心から少し港に近付いた位置にあった。

 元々は中心にあった物が、町の拡張に伴ってずれてしまったのだろう。

 館の周辺には、商会連合の創設時に名を連ねた大手商会の本店が並ぶ。

 規模に見合った立派な造りの建物だ。

 しかし、大手商会の本館とは対照的に質素な建物が奥に見えていた。

 みすぼらしくはないが、周りに比べると見劣りしてしまうその建物が、目的地である町官吏の館らしい。

 子爵位を持つチャフが突然に来訪して来た事に、警備していた傭兵が驚いた。


「……今、話を通していますので、待合室へご案内します」


 貴族を門前で待たせては失礼だから仕方なく、と心の声が聞こえてきそうだ。

 護衛を伴って待合室へ案内される。

 こちらもやはり質素な部屋だ。

 高価な調度品の類も見つからず、いっそ素朴と言ってしまった方が褒め言葉になりそうだった。

 待合室には先客がいた。

 チャフを見ると眼鏡の位置を気にしながら立ち上がる。


「イレーネオと申します」


 ──他国の商人か?

 聞き慣れない名前の響きに、チャフは内心で首を捻る。

 無言のまま頭を下げ、男は眼鏡の位置を直した。


「……後ろの方々は護衛、ですか?」


 フェリクス達を無遠慮に眺めながら、イレーネオが訊ねてくる。

 チャフは答えようとしたが、イレーネオが勝手に納得顔で頷いた。


「なるほど、邪魔者の暗殺ですね」


 チャフ達が腰に帯びた剣を見つめ、イレーネオが物騒な冗談を飛ばした。

 チャフは不愉快さに顔をしかめるが、イレーネオに効果はないらしい。

 未だに眼鏡の位置が合わないのか、何度も調整しながらイレーネオが冗談を続ける。


「やはり、貴族の方々には商会連合が目障りですか?」

「おい、いい加減に──」


 チャフは思わず感情的に言い返し掛け、踏みとどまった。

 イレーネオの目の色が、シドルバー伯爵のそれに似た輝きを宿していたからだ。

 ──こいつ、オレを計っているのか……?

 チャフは言葉を選び、慎重に口を開こうとした。

 しかし、折り悪く待合室にメイドがイレーネオを呼びに現れる。


「残念ながら、時間切れです」


 イレーネオは一方的に告げ、メイドにいま行くと言い返す。

 眼鏡の弦に人差し指を掛け、ようやく満足する位置に落ちつけたのか溜め息を吐き出した。


「貴族の方々には理解出来ないかと思いますが、ジーラ商会連合は合議制です。現状では、まとめ役のイェラさんの発言力が大きいですが、暗殺しても頭がすげ変わるだけですよ」


 世間話でもするように、イレーネオはチャフに言い含める振りをする。

 自分から時間切れと言ったのに、あくまでも冗談で済ませるつもりらしい。


「そうなれば、発言力は経済力と等価になる。熾烈な競争が始まるでしょう。貴族など、たやすく振り切って……」


 書類が入っているらしい鞄を持って、イレーネオは無表情のままチャフの横を抜ける。

 廊下への扉を潜りざま、イレーネオはチャフを肩越しに振り返り、最後に一言を残していく。


「──冗談ですけど」


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