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第16話 帰る方法が本当にあるなら、俺はもっと強くならないと全部奪われる

 教会から戻った夜、俺はなかなか眠れなかった。


 前例がある。

 門はある。

 でも深く潜りすぎれば、帰る場所を見失う。


 リュミエラの言葉が、警告なのか脅しなのか、今もわからない。


 けれど一つだけ、はっきりしたことがある。


 この世界で中途半端なままじゃ駄目だ。


 強くなる。

 もっと。

 今よりずっと。


 門に辿り着いた時、それを奪われないために。

 教会にも、裏の連中にも、誰にも。


 翌朝、俺はいつもより早く訓練場へ向かった。


 まだ薄暗い時間だったのに、すでにエルフィーがいた。


「……何してるのよ」


「それはこっちの台詞では?」


 彼女は少しだけ視線を逸らした。


「朝の鍛錬よ。日課なの」


「真面目だな」


「あなたにだけは言われたくないわ」


 でも、その声に棘はなかった。


 俺は剣を抜く。


「付き合ってくれる?」


「珍しく素直ね」


「今のままじゃ足りないってわかったから」


 教会でのやりとりを思い出す。


 帰路は本物だ。

 でも本物だからこそ、奪い合いになる。


 エルフィーは少しだけ表情を改めた。


「……そう。なら、ちゃんとやるわよ」


 訓練は厳しかった。


 剣の角度。

 踏み込みの深さ。

 受け流しの最短距離。

 呼吸。

 力の抜き方。


 今までの俺は、見えてから動くことに頼りすぎていた。けど、対人も対強敵も、それだけじゃいつか破綻する。


「遅い」


「っ」


「受けるな、流せ」


「うん」


「違う、今の“うん”は考えずに返事したでしょう!」


 怒られながら、でも少しずつ感覚が噛み合っていく。


 途中から、エルフィーの指摘が前よりずっと具体的になった。つまり本気で教えてくれている。


「……ありがとな」


 休憩の合間に言うと、彼女は妙に静かになった。


「な、何よ急に」


「ちゃんと付き合ってくれてるから」


「べ、別に。パーティの戦力が上がれば私にも得があるだけよ」


「それでも」


「……」


 そのまま少し沈黙して、彼女は小さく息を吐いた。


「教会のこと、気にしてるんでしょう」


「そりゃな」


「私も気にしてるわ。ああいうの、放っておくと勝手に人の人生に入り込んでくるから」


 その言葉には、妙な実感があった。


 エルフィーにも何かあるのかもしれない。貴族だし、教会とも無関係ではいられないんだろう。


「だから、強くなりなさい」


 彼女は真っすぐ言った。


「あなたが自分の足で選べるように」


 その言葉は、剣の訓練よりずっと深く刺さった。


 昼前になると、セラも訓練場にやってきた。


「やっぱりここにいたんですね」


 籠を持っている。中にはパンと果物と水。


「差し入れです」


「神か?」


「ふふ……大げさです」


 セラは見学だけかと思ったら、そのまま補助魔術の訓練にも付き合ってくれた。


「ユウトさん、体に光を流す時、無意識に力みますよね」


「そうかも」


「少し任せるようにしてみてください。加護って、押し込むより馴染ませる方がいいんです」


 そう言って彼女が手をかざす。


「《ライト・エンハンス》」


 淡い光が肩から腕へ流れた。


 不思議と、前より自然に動く。


「……すごい」


「私も、ちゃんと合わせられるようになりたいんです」


 セラは少し照れたように笑った。


「ユウトさん、危ないところに突っ込むので」


「否定できない」


「否定してくださいよそこは」


 そのやり取りを見て、エルフィーがなんとも言えない顔をした。


「ちょっと、あなたたち。訓練中なんだから、いちゃいちゃしないで」


「してない」


「してません!」


「息ぴったりで否定しないでくれる?」


 耳が赤い。わかりやすい。


 午後はギルドで低難度依頼を二件こなした。


 単純な討伐と素材回収。派手さはない。けど、その中で自分の変化がはっきりわかった。


 前より焦らない。

 前より剣が手に馴染む。

 前より二人の動きが見える。


【初級剣術の熟練度が上昇しました】

【スキル《受け流し》を獲得しました】


 新スキル。


 地味だけど嬉しい。


 迷宮を出たあと、セラがそれを自分のことのように喜んでくれた。


「よかったです! ちゃんと積み重なってますね」


「うん。少しずつだけど」


「少しずつが、一番大事なのよ」


 エルフィーも言う。


 その時、不意に路地の上から声が降ってきた。


「へえ。いい感じじゃん」


 見上げる。


 屋根の縁に腰掛けていたのは、クロハだった。


 相変わらず自由だな。


「お前、いつも高いとこから出てくるな」


「だって見やすいし」


 彼女はひらりと飛び降りる。


「何しに来た」


「見学。あと、知らせ」


 またか。


「今夜、旧水路の方で黒仮面連中が動く。数は四から六。何か探してる」


 旧水路。


 また裏だ。


「なんでそんな情報をわざわざ」


「言ったでしょ。あんたが面白いから」


 クロハは指を一本立てた。


「あと、私一人だとちょっと数が多い」


「結局それが本音では?」


「さあ?」


 笑う。


 信用していいかはわからない。

 でも、無視して後で大きな問題になるのも嫌だ。


「ギルドに先に話す」


 俺が言うと、クロハは少しだけ肩をすくめた。


「それでもいいよ。でも、動く頃には間に合わないかもね」


 それは困る。


 エルフィーとセラを見る。


 二人とも、迷ってはいるが、完全に否定する顔ではない。


「……行くとしても、無茶はしない」


 エルフィーが言う。


「今日は偵察優先。戦うなら状況を見てから」


「賛成です」


 セラも頷いた。


 こうして、その夜また俺たちは迷宮都市の裏側へ踏み込むことになった。


 帰る道を探すため。

 奪われないため。

 そして、もう自分が弱いままでいたくないから。

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