第11話 見習いの俺たち、三層の異常点で初めての本格ボス戦に入る
三層の奥へ進むにつれ、迷宮の空気は明らかにおかしくなっていった。
壁の青白い灯りが不安定に明滅している。
床には黒ずんだ亀裂。
ところどころに古い封印陣の残骸みたいな模様。
「この先だ」
ロドリクが手を上げ、小隊全員を止める。
その前方には、両開きの巨大な石扉があった。
三層に似つかわしくないほど大きい。
周囲には鎖の浮き彫り。
中央には割れた紋章。
しかも、その隙間から冷たい風が吹いている。
【異常点:高濃度】
【帰路系残滓:ごく微量】
【戦闘可能性:極大】
極大ってなんだよ。
いや、わかるけど。
「本来、この扉は開かないはずだった」
ロドリクが低く言う。
「旧記録にも封鎖済みとある。なのに今は半開きだ」
「中に何がいるの……?」
セラの声が少し震えた。
ロドリクは首を振る。
「不明。だから確認する」
盾役が前に出て、扉を押し広げる。
重い音。
開いた先にあったのは、広い円形空間だった。
今までの通路型迷宮とはまるで違う。
天井が高い。
中央に大きな黒い祭壇。
その周囲を囲むように、折れた石柱と白骨が散乱している。
そして祭壇の上には――巨大な青黒い結晶。
脈打っていた。
心臓みたいに。
「……っ」
その瞬間、全身の毛が逆立つ。
結晶の前に、何かが立っていた。
全身を黒い鎧に覆われた巨体。
人型だが、人じゃない。
兜の奥に青白い火。
両手で握る大剣は、人間が扱うには大きすぎる。
「アビスガード……!」
ロドリクが吐き捨てるように言った。
「なんで三層にこんなものがいる!」
アビスガード。
名前だけで強そうだ。というか実際、立ってるだけでやばい。
【高危険度個体:アビスガード】
【推奨危険度:現戦力では不利】
不利。
知ってるよ。
でも、逃げ道はあるのか?
その時、扉が後ろで轟音とともに閉まった。
最悪だ。
「退路断たれた!」
「結界か……!」
ロドリク小隊が一気に戦闘態勢に入る。
アビスガードはゆっくりと大剣を持ち上げた。
重そうなのに、動きは滑らかだ。
「来るわ!」
エルフィーが叫ぶ。
次の瞬間、黒い斬撃が床を裂いた。
「散開!」
ロドリクの号令で全員が飛び退く。床石が爆ぜ、破片が飛ぶ。
威力が馬鹿みたいだ。
盾役が真正面から受けに行くが、二撃目で吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
「硬すぎる!」
槍使いが側面から突くが、鎧に浅く弾かれる。短弓も効きが悪い。
セラが回復を飛ばし、エルフィーが斜めから細剣を滑り込ませる。だがそれでも止まらない。
こんなのどうするんだ。
【鑑定補助】
【外装強度:高】
【核反応:胸部内部】
【補助機構:祭壇結晶より供給】
祭壇。
結晶が供給源。
じゃあ本体だけ斬ってもダメなのか?
「ロドリクさん! 祭壇が補助してる!」
「何!?」
「結晶を止めないと削りきれない!」
ロドリクが舌打ちした。
「だろうな……! だがあそこまで届くか!」
届かない。
アビスガードが祭壇の前を完全に塞いでいる。
しかも、一撃一撃が重すぎる。
その時、エルフィーが俺の横へ滑り込んだ。
「ユウト。あなた、また何か見えてるんでしょう」
「少しだけ」
「なら、それを信じるわ」
「え?」
「私が前をこじ開ける。セラとあなたで祭壇を狙いなさい」
言うだけ言って、エルフィーは前へ出た。
赤と白の鎧が揺れる。
細剣を低く構え、青い瞳をまっすぐ敵へ向ける。
「《ローゼン・アクセル》!」
今まで見たことのない速度だった。
踏み込みが一段深い。
連続突きが火花みたいに散る。
アビスガードの注意が完全に彼女へ向く。
「セラ!」
「はい!」
セラが杖を掲げた。
「《ライト・レイン》!」
無数の光弾が降り注ぎ、敵の視界と動きを一瞬だけ乱す。
その隙に俺は祭壇へ走った。
でも途中で、床から黒い手が生える。
「っ!?」
亡者の腕だ。
足を掴まれる。
【危機察知が発動しました】
【下方拘束→上方斬撃予測】
やばい。
アビスガードの大剣がこっちへ向く。
「ユウトさん!」
セラの叫び。
次の瞬間、横から光の鎖が飛んできて、亡者の腕を引き剥がした。
「今です!」
助かった。
俺は転がるように前へ出る。
祭壇まであと数歩。
結晶が目の前で脈打つ。
その時、また視界に文字が走る。
【帰還者:高反応】
【異界座標残滓を確認】
【結晶体内部に接続情報の断片】
接続情報。
なら、壊すだけじゃなく、核を狙う必要がある。
「中心……!」
片手剣を握り、跳ぶ。
だが、アビスガードの斬撃が背後から来る。
間に合わない。
そう思った瞬間、ロドリクが横から飛び込み、その一撃を剣で受けた。
「行けええええっ!」
受け止めたというより、軌道を逸らしただけだ。ロドリク自身も吹き飛ぶ。
でも一瞬足りた。
俺は結晶へ剣を突き立てた。
硬い。
だが、中央だけ感触が違う。
「砕けろおおおおっ!」
刃を押し込む。
ぱきん、と内部で何かが割れる音。
結晶全体に亀裂が走った。
同時に、アビスガードの動きが止まる。
兜の奥の火が揺れる。
「今だ! 総攻撃!」
ロドリクの怒号。
槍。
細剣。
光弾。
矢。
そして俺の剣。
一斉に敵へ叩き込まれる。
胸部装甲が砕けた。
その内側に、青黒い核。
【最適終撃を表示】
青い線が走る。
俺は迷わず踏み込んだ。
エルフィーが敵の剣を逸らす。
セラが背中に光の加護を乗せる。
ロドリクが叫ぶ。
「決めろ、ユウト!」
「っ――!」
全力で突き出す。
剣先が核を貫いた。
世界が一瞬だけ静かになる。
次の瞬間、アビスガードは内側から崩れるように砕け散った。
黒い鎧片が床を打つ。
青白い火が消える。
戦いが終わる。
【アビスガードを撃破しました】
【経験値を獲得しました】
【レベルが上昇しました】
【レベル9→12】
【称号《深層の目撃者》を獲得しました】
「……は、ぁ……」
膝が笑う。
勝った。
本当に?
エルフィーがその場で肩を上下させながら、俺を見る。
「やったわね……」
「なんとか……」
セラはその場にへたり込みそうになりながらも笑っていた。
「よ、よかった……」
ロドリクが剣を下ろし、しばらく黙ってから言った。
「……見習いって何だったっけな」
それ、俺も最近ちょっと思う。
砕けた祭壇の中には、またしても見慣れない部品が残っていた。
黒い小さな板片。
表面に古い刻印。
【帰路基盤片】
【座標接続装置の基礎部位】
【収集率:3/不明】
やっぱりだ。
しかも今度は、前よりはっきりしている。
帰る道は、確実に部品として存在している。
なら集めるしかない。
どれだけ迷宮が深くても。
どれだけ危険でも。
地球へ帰る道を、俺はこの手で拾い集める。
そしてその時、俺はもう弱くない。




