第3話 希望コースと謎の視線
大会当日。私は半ば強制的に、指定された会場へと連れてこられた。
そこは広大なホールを改装した特設レーススタジアムで、中央には巨大なスクリーンと透明なレース用ドームが設置されている。観客席はすでに多くの人で埋まり、子供から大人まで、大会の開始を心待ちにしていた。
「うわ、すっごい……」
思わず声が漏れる。まるでプロ大会の決勝会場みたいな規模だ。
会場内の案内表示はドイツ語と英語のみ。日本語の表記は一切なく、見慣れない単語の羅列に少しだけ肩をすくめた。
「ほのか、がんばれよ!」
蓮は得意げにサムズアップをしてくるが、こっちはまったく気楽じゃない。
両親はというと、少し離れた観客席からこちらを見守っていた。
母は心配そうに目を細め、父はどこか懐かしそうな顔をしている。
「まあ、1レースぐらいなら何とかなるよね」
私は自分に言い聞かせるように、参加受付のカウンターへ向かった。
受付では大会公式のスタッフが手際よく参加者の名前を確認し、身分証代わりのIDと照合する。
『お名前をお願いします』
「湊ほのか、です」
スタッフは端末の画面を確認し、参加者名簿をチェックする。
『確認できました。それでは、希望するコースをお選びください。各コースには定員がございます。定員を超えた場合は抽選となります』
「あ、はい……」
私はスタッフに促され、タッチパネルの選択画面に目を向けた。
そこには以下の5つのコース名が表示されていた。
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•ショートコース(短距離、スプリント向き)
•ミドルコース(標準的な長さと構造)
•セミロングコース(変則的で障害物の多い中長距離)
•ロングコース(持久力重視、複雑な地形)
•カスタムコース(AIがリアルタイムで設計する特別仕様)
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どれも詳細な説明はなく、ただ名称だけが並んでいる。
(どれにしよう……でも、カスタムって、弟とよく遊んでたあの自由モードのことだよね?)
気軽な気持ちで、私はカスタムコース(Cコース)をタップした。
『Cコース、希望として登録しました。希望者多数のため、抽選となる可能性があります』
私は頷いて、控え室へと案内される。その途中、ふと、観客席の奥に違和感を覚えた。
黒いフードを被った人物がじっとこちらを見ている。目が合った瞬間、彼はすっと身を引いた。
それだけのことだったのに、妙な寒気が背筋を走る。
「……なに、今の……」
「ほのか、行くぞ!」
蓮の声に我に返り、私は歩みを再開する。
このときはまだ、自分の選んだ“カスタム”という単語が、命を懸ける選択肢になるとは知る由もなかった。