第3話「証拠隠滅の依頼」
私は、今、ある大物政治家の事務所にいる。もう夜だ。
「なるほど、スキャンダルの証拠を消せと」
私は、声のトーンを落として言った。
「そうだ」
政治家、藤岡勝は強い口調だ。彼は、厚生労働省の大臣だ。
藤岡大臣はまだ五十二歳と若く、人気と実力を兼ね備えた、次期総理大臣候補のひとりだ。
「これは困りましたねぇ。さすがに悪いことに魔法を使うのはちょっと」
「よく聞いてくれ。ええと……」
藤岡大臣は秘書を見た。
「魔女の茜一華さまです」
大臣は私に向き直った。
「茜くん。よく聞いてくれ。確かに私は賄賂を受け取った。だがね、その相手とは元々昵懇の間柄で、その上、彼には大きな貸しがあったんだ」
「つまり……、賄賂ではなく、貸しを返して貰っただけだと」
「その通りだ。もちろん、「これは賄賂にあたるな」と思って四日後に返したんだが、それを週間読朝の奴が蒸し返してきたんだ」
「四日後ですか……」
「重大な公務が重なっていたんだ。これでも最短で返したつもりだ」
私は秘書を見た。
「古い友のところに、秘書だけで行かせろと?」
藤岡大臣が抗弁した。なるほど、それもそうだ。
「浮気の件は?」
藤岡大臣には、浮気のスキャンダルもある。
「それは事実無根だ。たぶん、私の政敵が、この機に乗じて偽情報を流してきたんだと思う」
私は、ポーチから水晶を取り出した。
「占ってみます」
「そうしてくれ」
私は、水晶で占った。
「嘘はついていないようですね」
それを聞いた藤岡大臣は、とても安堵した様子だ。
「良かった」
「分かりました。五億円ほどでこの依頼を引き受けましょう」
「五億だと……」
藤岡大臣は、秘書と何やら相談中だ。話がなが~いなぁ。ふと横を見ると、箒がアルマルの状態、つまり逆さになって立てかけられている。このしきたり、やめないかなぁ。京都では、違うやり方をしてるらしいし。
藤岡大臣と秘書の長話が終わり、秘書が近づいてきた。
「茜さま、解約金の一万円でございます」
私は、藤岡大臣の事務所を放り出された。
翌日、藤岡大臣が記者会見をしていた。
「……というわけで、私は浮気などしていません。これは事実無根です。現在、夕刊オットセイを訴える準備をしています」
記者の一人が口を開いた。
「わかってないなあ。浮気はどうでもいいんですよ。問題は賄賂を受け取ったかどうか、ですよ。分かってます?」
「それは先ほど説明したはずです。君たちジャーナリストは、十のうちひとつでも落ち度があると、ペンで殴りかかってくる。だから、自己防衛のためにも、浮気と賄賂は別々に記者会見を行うと。賄賂の話は、明日の記者会見でキチンと説明します」
記者たちがざわついている。
「聞いてくれ。私は逃げているんじゃない。あくまでも、浮気の疑惑と賄賂の疑惑は、別々に記者会見すると言っているだけだ」
記者たちから「賄賂は認めたようなものじゃないか」と声が上がる。
翌日の朝刊は、「藤岡大臣、浮気を否定」の文字が躍った。
翌日、藤岡大臣がまた記者会見だ。
「……というわけで、賄賂は受け取りました。その相手には、大きな貸しがあり、恩返しのつもりだったようです。そういう事情があったので、私も、断るのも悪いかなと思い、少額だったこともあり、つい受け取ってしまいました。しかし、賄賂は賄賂、これはまずいと思い、四日後に返却しました。ですが、一時的とはいえ、賄賂を受け取ったのは事実です。私は、その責任を取って大臣を辞任する意向です」
藤岡大臣が立って頭を下げた。
大量のカメラのフラッシュだ。
翌日の新聞の朝刊は、「藤岡大臣辞任の意向、恩返しの賄賂を拒めず」「篤実家の藤岡大臣、辞任か?」といった慎重な文字が並んだ。
数日後の藤岡勝の事務所、夜だ。
憔悴した藤岡勝のところへ、若い男がやってきた。
「父さん」
「ああ、孝夫か」
「父さん。紹介したい人がいるんだ」
若い男、藤岡孝夫の横に、美しい女性が立った。
「ぼくたち、結婚します」
「君は確か、霧島優子さんだね。でも、婚約は破談になったんじゃ……」
美しい女性、霧島優子が口を開いた。
「こんな誠実な政治家さんの息子さんと結婚できるなんて、私は幸せ者です」
「父さん。彼女のご両親がまだ納得していないから、結婚式は行わないけど、彼女はぼくについてきてくれるって」
笑顔になった藤岡勝は、立って、美しい女性に頭を下げた。
「どうか息子をよろしくお願いします」
「そんな、困ります」
霧島優子は、頬を赤く染めた。
その政治家の事務所の上空に、私、仕事をしない魔女、茜一華がいる。
魔法で証拠を消しても、疑惑は燻り続けただろう。藤岡勝は大臣を辞任したが、真摯な記者会見をしたお陰か、辞任の前よりも人気が上がったようだ。魔法で証拠隠滅をしていたら、息子の藤岡孝夫の婚約は破棄のままだったろう。
魔法で証拠を隠滅しなかったのは、どうやら正解だったようだ。
私は、缶ビールの蓋を開けた。
「くぅ~、働かないで呑むビールは、チョーうめ~!」
やばっ、ビールを少しこぼしちゃった。
てへぺろ。
警備員が上を見てる、退散退散!
私は、そそくさと逃げ出した。
第3話 おわり