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天命執行①

***


 天命執行。

 それは少数精鋭にして、密かに下された王命を執行する者たちの総称。


 その者たちに今、あるひとつの命が下された。


 それはーー


「ギルド調査?」


「はい。近頃話題の件のギルド。その噂はクリス様もご存知かと思います。そのギルドの調査。それが私たちに下された次の命令です」


 室内に響く、二つの声。

 そしてそこは武器や防具が保管されている装備庫でもある。

 周りに人目はなく、そこに居るのは二人だけ。


「久しぶりにワクワクするような命令じゃないか。近頃、つまらん命令ばかりだったからな」


 笑い。

 その瞳に愉悦の灯火を宿すは、一人の金髪の女。

 漆黒の軍服に漆黒のマント。

 その表情は自信に溢れ、その引き締まった身体から漂うは氷のように冷たい冷厳に満ちたオーラだった。


 そんな女に、金髪の少女もまた笑って答える。


「絶対零度〈アブソリュートゼロ〉。そんな力を持つ貴女〈クリス〉様とってみれば、どんな命令でもつまらなく感じてしまいますね」


 あらゆるモノの活動を停止させ、そして凍結する。

 それがクリスの力にして、天命執行の長として選ばれた由縁。


「そうだ、よくわかっているじゃないか。その通り。わたしのこの力はどんなことでもつまらなく感じてしまうほどに強く、そして美しい」


 声を響かせ、クリスは壁にかけられた剣を手に取る。


 そして。


「強いだけでは駄目なのだよ。そこに美しさを併せ持つからこそ、強さの価値はあがる。神話に語られる神々の姿。それらが全て美しく逞しく描かれているのがそのなによりの証拠だ」


 そう言い、手に持った剣を氷剣に変えるクリス。

 そしてそれを振るい、笑顔で一言。


「どうだ、見惚れるだろ? このわたしの強く美しい力に。見るのはタダだ。いくらでも鑑賞してもらっても構わないぞ? 減るものではないからな」


「美しいです、クリス様。このサーシャ。天命執行でクリス様という存在の下で活動できることを誇りに思います」


 恍惚とし、クリスに忠誠を誓うサーシャ。

 その幼い憧れと、好意。

 それにクリスは応える。


「どこまでもわたしについてこい。そしてそれを誇りに思え、サーシャ。このクリスの強さと美しさ。それは永久に枯れることなどないのだからな」


 氷剣。

 それを更に輝かせ、クリスは高らかに笑う。

 その姿。

 それはまさしく、絶対零度〈アブソリュートゼロ〉という名の力にふさわしい姿だった。


 ***


 "「禁忌の力。それはこの世界に伝わる禁じられし力にして、世界に混沌をもたらすもの。古くは神話の時代からーー」"


 分厚い書物。

 クレアはそれをカウンターテーブルに広げ、心の中で朗読する。


 そのクレアの膝の上。

 そこには、灰色髪の少女〈ソシア〉が座っていた。

 そんな二人の姿。

 それはまるで母が子に本を読み聞かせしているかのような、穏やかなもの。


「うーん。アレクさんの力も禁忌の力だとしたら、混沌をもたらす存在になっちゃいますね」


 困ったように呟き、ソシアの頭を撫でるクレア。


「でも。アレクさんが混沌をもたらすような存在だとは思えないですし……ソシアさんはどう思いますか?」


 クレアの優しい問いかけ。

 それにソシアはちいさな声で応える。


「うん。あの人は優しい。だから、ソシアを助けてくれた」


 頭を撫でてくれた、アレク。

 その面影。

 それを思い出し、ソシアは頷く。


「わたしも。あの人が混沌をもたらすような存在だと思えない。よく、わからないけど」


 そんなソシアの思いのこもった言葉。

 それに、クレアも頷き応える。


「きっとそうです。わたしにもよくわからないですけど」


「きっと、そう。わたしにもよくわからないけど」


「ふふふ。気が合いますね、ソシアさん」


「……っ」


 俯き、頬を赤らめるソシア。

 その姿。

 それは母に照れる幼子そのもの。

 そんなソシアに微笑み、クレアは再び書物に目を落とそうとした。


 しかしそこに。


「たッ、助けてぇ!! こここッ、このままじゃ過労死しちゃう!!」


 切羽詰まった叫び。

 それと共に血相を変えたパンドラが駆け寄ってくる。

 その表情はひきつり、それはまさに捕食者から逃れる被捕食者そのもの。


 そのパンドラの姿。

 それにクレアもまた立ち上がり、血相を変えてしまう。

 ソシアを抱えたままの格好。それをもって。


「ぱぱぱ。パンドラさん? な、なにかあったんですか?」


 ぎゅっ


「クレアぁ。あの悪魔〈アレク〉をなんとかしてよぉ」


 クレアに抱きつき、半ベソをかくパンドラ。


「ぐすん。い、一日一人でいいって言ったのに。今日に限って五人元に戻せって無茶言うんだよ、あの悪魔〈アレク〉ぁ。ひっぐ」


「……っ」


 パンドラにつられ、こちらも泣きそうになるソシア。

 心優しいソシア。

 その優しさは相手に同情し涙を見せる程だった。


 そんなソシアに気づくパンドラ。


「ぐすん。あ、貴女もわたしに同情してくれるの? い、いい娘ね。ひっぐ」


「……っ」


 ぎゅっ。


 二人揃ってクレアに抱きつく、パンドラとソシア。

 クレアはその二人に抱きしめられーーしかし決して拒否したりはしない。


「そ、そうだったんですね。じゃあ。わたしからアレクさんに頼んでみましょうか?」


「う、うん。そうしてください」


 クレアの優しい言葉。

 それにパンドラはここぞとばかりに乗っかる。


「つ、ついでに。三日間のお暇ももらえたら嬉しいです。ぐすん」


 だがそのパンドラのどさくさ。

 それを、アレクの声が遮った。


「おい、パンドラ」


「ひぃっ。あ、悪魔がきた。た、助けてぇ」


 ぎゅっ。


 クレアを抱きしめ、顔を埋めるパンドラ。


 その姿。

 アレクはそれに呆れる。


「助けてってお前な。今までサボってた癖に被害者面しないでもらえるか? 一日一人って約束。それを破って何日だ?」


「たったの三日だよぉ。ひっぐ。ひっぐ。貴女からも言ってよぉ」


 だが、クレアは花のような笑顔で応えた。


「えーっと、一ヶ月くらいですかね? パンドラさんがお暇をとって」


「えっ、ちょっ。わたしの演技が水の泡じゃない。なんてことほざいてくれてんのよ」


 思わず小声を漏らし、恨めしそうにクレアを見上げるパンドラ。

 そのパンドラの的外れな逆恨み。

 それにクレアは焦る。


「えっ、そ、その。なんだかごめんなさい」


「ぐるるる。クレア、許さない」


 人狼少女の真似事。

 それをしながら可愛らしく怒るパンドラ。


「今ならまだ間に合う。はやく三日と言いなおせ。がるるる」


「みみみ。三日です。ぱ、パンドラさんがノルマをサボってまだ三日しか経っていません」


「そうだ、それでいい」


 頷くパンドラ。

 だが、そんな茶番をアレクは見過ごさない。


「はぁ、ったく。お前って奴は。よし決めた。反省の色なしとみなして一日五人から十人にランクアップだ」


「!?」


「さて、と。そうと決まれば定位置に戻るぞ、パンドラ」


「いいいッ、嫌よ!! 助けてぇ!!」


 響くパンドラの叫び。

 それと共に暴れるパンドラを担ぎ、アレクはクレアの元から離れていく。


 最後に。


「クレアさん、お騒がせしてすみません」


 そんな言葉を残して。


 ~~~


「ほぉ。ここが件のギルドか」


「はい、クリス様。ここが件のギルドです」


「中々の佇まいではないか。流石、調査対象にされたギルド。といったところだな」


 ギルドハウス。

 その調査対象を見上げるは、クリスとサーシャ。


「時に、サーシャ」


「はい、クリス様」


「調査というものはなにをすれば良いのだ? 美しく。この建物ごと氷漬けにしろと言うのなら今すぐにでもやってやるぞ」


 脇に控えるサーシャ。

 その小柄な少女を見下ろし、クリスは問いかける。


 その問い。

 それにサーシャは答えた。


「色々と聞かなければいけないことがありまして。それに素直に答えてくれない時。その時は。クリス様の美しいお手。それをお借りすることになります」

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