天命執行②
そう言ってクリスを見上げたサーシャ。
そのサーシャの表情。
そこにはクリスに対する敬意と羨望が滲んでいる。
「わたしも建物のカタチをした美しい氷のオブジェを見てみたいです。ですが、そのあまりの美しさ。それのおかげで調査どころの騒ぎではなくなってしまいますね」
「うむ、それもそうだな。全く。美しく強すぎる力というものは時として不便なものだ。はっはっはっ」
豪快に笑い、くしゃりとサーシャを撫でるクリス。
そんな二人の姿。
それを周囲の人々はたじろぎ見つめる。
漆黒の軍服。
それに身を包んだ二人。
それが意味すること。
それは即ちーー
「と、とうとう国が動いたぞ」
「そりゃそうだ。もうあの存在を止められるのは国レベルじゃなきゃ不可能だからな」
「今まで遅すぎた感もあるぐらいだわ」
口々に声を発し、二人を見つめる人々。
その眼差し。
そこには"これでなんとかなるだろう"という期待が込められていた。
そんな人々の視線。
それに見送られ、二人はギルドハウスの扉を叩いたのであった。
~~~
響いたノックの音。
それに返答を返したのは、クレアだった。
「はーい、少々お待ちください」
そう声を発し、ソシアを抱えたまま扉へと向かうクレア。
そして。
ガチャ
扉を開き、笑顔で一言。
「いらっしゃいませ。どうぞ中にお入りになってください」
そんなクレアの温かな応対。
それにクリスとサーシャもまた笑顔で応える。
「失礼するよ」
「お邪魔します」
そう声を響かせ、二人は中へと足を踏み入れる。
そして椅子とテーブルへと案内されーー
「少々お待ちくださいませ。今、お飲み物をご用意いたしますので」
クレアの絵に描いたような接遇の言葉。
それを受け、椅子へと腰を下ろす二人。
そんな二人に笑いかけ、クレアはカウンターの向こうへと飲み物を用意する為に歩いていった。
そのクレアの背。
それを見送り、サーシャは呟く。
その瞳に光を灯しーー
「あの人がこのギルドのマスターです。名はクレア。"見たところ"特異な力はありません」
事前に伝えられていた情報と、"自身の力"によって得た情報。
それを淡々と発するサーシャ。
「抱っこされていた少女の名前はソシア。見たところ……はい。特異な力を持っているようです」
そんなサーシャの言葉。
それにクリスは更に楽しそうになる。
「心が躍るとはこのことを言うのだな。やはり、今回の命令はいい退屈しのぎにはなりそうだ」
「クリス様のご退屈しのぎになるなんて。この御命令さんは本当に幸運ですね」
互いに笑い、クレアの帰りを待つ二人。
と、そこに。
「やっぱり一日十人なんて不可能よッ、誰かぁ!! 助けてぇ!!」
そんな叫び。
それと共に、ドタバタとパンドラが二階から駆け下りてくる。
そして。
「はぁはぁ。ちょっ、ちょっと貴女たちぃ。わわわ。わたしを庇ってくれない? いくらあの悪魔〈アレク〉でも、お客さんに対しては下手に出るしかないと思うから」
必死な形相。
それをもって、クリスとサーシャにすがりつくパンドラ。
そのパンドラの姿。
それにクリスは応える。
「これはこれは。随分とお困りのようで」
すがるパンドラ。
その頭を撫で微笑むクリス。
「わたしでよければ。存分にすがりついても構わないぞ、小さなお嬢さん」
笑い、クリスはパンドラを膝の上に乗せ座らせる。
駄々をこねる子ども。
それをあやすかのように。
そしてサーシャはパンドラを見据え一言。
「名前はパンドラ。見たところ、魔物のようです」
「えっ? ど、どうしてわかったの?」
サーシャの言葉。
それに目を点にするパンドラ。
そのパンドラの問い。
そして、それに応えるのはクリスでもサーシャでもなくーー
「鑑定士〈サーシャ〉。絶対零度〈クリス〉」
パンドラの後。
それを追いかけ、レベル9999の瞳。
それをもって二人を見据えたアレクの声だった。
そのアレクの声。
それにクリスの頬が綻ぶ。
そしてその瞳を蒼く輝かさせーー
「呼び捨てとは頂けないな。せめて、"さん"ぐらいはつけて欲しいものだ」
そう声を響かせ、アレクを見定めるクリス。
「まぁ、しかし。呼び捨てにされることもまた新鮮で悪い気はしないぞ。わたしには中々にできぬ経験だからな」
膝の上に座るパンドラ。
その頭を優しく撫でながら、クリスはサーシャに言葉をかけた。
「サーシャ」
「はい。クリス様」
「あの男は何者だ。そして、如何な力を持っている?」
クリスの問いかけ。
それにサーシャは応える。
じっとアレクを見つめーー
「名はアレク。見たところレベルは9999ありますが他に変わったところはありません」
サーシャは冷静に声を発した。
そしてそれにクリスも続く。
「そうか。レベル99か。これはまた、随分と高レベルではないか」
レベル9999。
その単語をサーシャの言い間違えだと判断し、レベル99と言い直すクリス。
だが、サーシャとパンドラは努めて冷静に言葉を返した。
「いえ、クリス様。レベル9999です。レベル99ではありません」
「そうよ。アレクはレベル99じゃなくレベル9999なの。信じられないと思うけど」
響く、あり得ない二人の声。
そしてアレクもまたそれに続く。
「呼び捨てにしたことは謝る、すまない。初対面なのに申し訳ない。だがレベル9999というのは本当だ。信じられないのなら試したもらっても構わないが」
にこりと笑う、アレク。
その笑み。
それにクリスの闘争本能がくすぐられる。
「面白い。レベル9999か。はっはっはっ。実にデタラメな数字じゃないか!! いいぞ、気に入った。これこそッ、わたしが求めていたモノだ!!」
優しくパンドラを下ろし、そして楽しそうに椅子から立ち上がるクリス。
すっと息を吸い込み。
「改めて自己紹介といこうか。わたしはクリス。絶対零度〈アブソリュートゼロ〉の使い手だ。今回はギルド調査という名目で、このギルドにお邪魔させてもらっている」
その頬を紅潮させながら、クリスは一気に言葉を吐き出す。
その姿。
それは圧倒的強者に出会い興奮する、剣闘士そのもの。
「是非とも手合わせ願いたい。わたしのこの美しく強い力。それがどこまで通用するのか。久しぶりに試してみたくなった」
蒼色のオーラ。
それをたぎらせ、クリスは表情を引き締める。
サーシャもまた表情を引き締めーー
「クリス様は負けない。絶対に」
そう呟き、パンドラの手を強く握りしめる。
それにパンドラもまた握り返す。
「アレクは負けないわ。絶対に」
「クリス様だって負けない。なにがあっても」
「アレクが負けるはずなんてない。どんなことがあっても」
ぎりっ
「く、クリス様は負けないもん」
「あ、アレクだって負けるはずないもん」
「「……っ」」
顔を見合わせ、お互いの主を信じ威嚇し合う二人。
その二人の姿。
それはまるで母猫の争いの影。
そこで争う子猫のようである。
そして、アレクとクリスは視線を交わしーー
「表に出よう」
「表に出ようか」
そう同時に言葉を発し、ギルドハウスを後にしたのであった。




