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35話「ゲルートの光と影」

 受付を終えたちょうどそのとき、黒いヘルメットとチョッキを身に着けた数名の魔族たちがゲラゲラと笑いながら建物の中に入ってきた。その衛兵たちは周囲にいる傭兵たちを横柄な態度で追い払いながら、受付窓口に向かって進んでいく。

 ソウジとイルはそれに反応する間もなく、カナエに強引に引っ張られて部屋の端の方へ退避した。


「おう。世話になってんな。お前ら、邪魔すんじゃねぇぞ?」


「パレードの件、承知しております」


 先頭に立っている大柄な剛熊(ベアラ)の男が牙を見せながら行ってくる恫喝(どうかつ)にたいして、聴兎(ラビル)職員はヒゲ一本動かさず、あくまで無表情に返答した。

 ソウジはその光景を見て、ハブ・プロットルで見た衛兵たちを思い出した。装備がそっくりそのまま同じだったし、傲岸不遜(ごうがんふそん)な態度についても通底するものを感じたからだ。


「なんなんですか、あの態度?」


 できるだけ小声で問いかけたソウジに対し、カナエは同じくらい小さな声で耳打ちした。


「ラッシマさんが雇っている衛兵たちよ。ああやって市民を脅かして自分たちの好き勝手に振る舞ってるの。でも別に違法なことをしてるってわけじゃないし、ときには助けてくれることもあるから、みんな文句を強く言えないのよ」


 ソウジは彼らのような粗暴な手合いは元々あまり好きではない上に、ドウェインとの一件を経たことで彼らに対する印象をさらに悪くしていた。イルもどうやら同意見のようで、怯えることもなく、どこか冷めた態度で彼らを傍観している。


 大柄な剛熊(ベアラ)の男はその聴兎(ラビル)職員としばらく張りつめたやり取りをしたあと、周囲を威嚇するようにゆっくりぐるりと見渡すと、やがて後ろにいる同僚たちを引き連れて立ち去っていった。


 それまで賑やかだった協会支部内の空気は、いまの一件でずいぶん暗くなってしまった。そこで部屋全体に向かって一声上げたのはなんと、さっき脅されたばかりの聴兎職員だった。


「これから行われる叙勲記念パレードの開催を祝して、傭兵協会より皆様にエールを一杯サービス致します。お酒を片手に、華やかなパレードの鑑賞をどうぞお楽しみください」


 聴兎職員が手を叩くと、厨房の奥からトレーにたくさんのジョッキを乗せた店員たちがにこやかに登場した。沈黙していた場の空気がわずかに活気を取り戻す。


「強いなぁ、彼女たち」


「ハブ・プロットルの(マギ)たちはしたたかだろうけど、ゲルートの(マギ)だってそれなりにしたたかなのよ?」


 にっこり笑うと、カナエは手に取ったジョッキをぐいっとあおった。


「ほら、ソウジくんも飲んで!ほら!」


「う、うわっ」


 急に口につけられて、ソウジは思わずエールを一口飲み込んでしまった。のどを通り、胃の中に熱いものが流れ込んでいく。初めての感覚だったが、嫌な気分は全然しなかった。その様子を見たイルは、青い炎を揺らして驚いている。


「大丈夫ですか、ソウジ様!?」


「うん。思ってたよりおいしいです」


 イルはその返事を聞いてほっと胸をなでおろしていた。


「なんだ、いけるじゃない!」


 カナエは楽しそうにそう言うと、ソウジとイルを誘って建物の外へ駆け出した。


 大通りの遠くの方から、豪華な装飾をつけた四つ足の鳥に乗っている衛兵たちや、列を成して踊る唱角(デモン)のダンサーたちに前後を挟まれて、花やライトで派手に装飾された箱状の四輪車がゆっくりと向かってくる。

 街道にはいつの間にか住民たちの群れができており、立ち並んだ衛兵たちが道に飛び出そうな住民を必死に押しとどめている。


「手前にいるのが、先日亡くなった父親から爵位を急きょ継ぐことになったライト卿。奥にいる器猿(マンク)が、さっき話に上がったラッシマさんよ。ラッシマさんは先代公爵のときからの続投で、政治家として未熟なライト卿を陰から支えようってことみたい」


 魔王の目は高い視力を持つため、車両の上に二魔(ふたり)の魔族が立っているのを、望遠鏡でものぞいているかのように視認することができた。


 ライト卿は、ツーピースの黒いスーツを身につけた小柄な聴兎だった。踏み台の上で精一杯に背伸びをし、市民に向かって懸命に手を振っている。その力強い仕草と若々しい毛並みからは、魔族の尺度で見てもかなり若そうだということが伝わってくる。


 ではラッシマとはどんな男だろうかと思い、ソウジは目を凝らした。

 ギラギラ輝く銀色の長袖パーカーを着こみ、真っ赤な手と顔だけを露出した魔族が、ライト卿に覆いかぶさんばかりに大きく両手を掲げている。


 そういえば、赤い肌で全身に短毛が生えている魔族が器猿だとイルが言っていた。ソウジは実際に器猿と何度かすれ違ったことがあり、人間サイズの猿みたいだなと思ったのを覚えている。

 ところがラッシマの場合、毛が生えるであろう部分を全て念入りに隠していた。そのことがどうにも気になったソウジは、カナエの肩を叩いて尋ねた。


「なんであんなに体を隠してるんですか?」


 カナエは口に運んでいたジョッキを降ろすと、上唇にエール酒の泡でひげを作りながら答えた。


「日光アレルギーだか皮膚病だかで、治療のために服でカバーしてるんだって。巷の噂では禿げてるから隠してるんじゃないか、なんて言われてるんだけど、あんまりそれを言うと衛兵たちにひどい目に合わされるから、ここだけの内緒ね」


 人間でも禿げているのを隠したくなることはあるから、その気持ちは分からないでもない。しかし、いくらコンプレックスだとはいえ、ああやって全身スーツのようなものを身につけてまで隠したくなるものなのだろうか。ソウジには魔族たちの文化的感覚についていける自信がなかった。


 場が熱狂的な空気に包まれているとはいえ、散々こけにしてきた衛兵どもの上司に向かって声援を送る気分にはなれず、ソウジたちは一魔(ひとり)でどんどん盛り上がっていくカナエを必死になだめながら、騒ぐ群衆に埋もれてパレードを静観するのだった。

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