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32話「ラッシマとミャントム団」

 ソウジたちは女唱角(デモン)の選んだテーブルに腰かけた。ほどなくして、聴兎(ラビル)の店員が注文を取りにやってきた。耳のつけ根にイチゴのピンをつけているのが少し印象的だった。


「ソウルベリーで。あなたたちは?」


「私もソウルベリー。ソウジ様もたぶん行けるとは思いますが……どうしましょう?」


「あっ、俺は酔わなくて飲みやすいやつがいいです」


 現実世界でソウジはいちおう未成年者だったので、自分の体でないとはいえアルコールを飲むのは少々はばかられた。結局、日和ってしまった。


「ではメーモを」


 気を利かせたイルが代わりに注文してくれた。響きだけではどんな飲み物なのかよく分からないが、イルが頼んだものなら大丈夫だろうという安心感があった。

 店員がはけると、再び女唱角は口を開いた。


「今更だけどごめんね、呼び止めてしまって。でも見た目からして明らかに旅魔で、あいつらの被害にあったっていう例は珍しいから」


「そうなんです! 本当にひどいんですよ!」


 イルはすごい剣幕で女唱角の方へ乗り出した。カナエは苦笑しながらイルの肩に手を置き、軽くなだめながら座らせた。


「あはは、ちゃんと聞くから落ち着いて」


 イルはさっきお金を盗まれたことに気づいてからの一部始終を鼻息荒く語った。そして、そのせいで傭兵協会に仕事を探しに来たのだということも。


「そうだったの。それは大変だったわね」


「私が不注意だったばかりに……ソウジ様、本当に申し訳ありません」


「俺はもう気にしてないので、そんなに謝らないでください、イルさん」


 ちょうどそのとき、ソウジたちのもとに、飲み物が届いた。女唱角とイルが頼んだソウルベリーと呼ばれたものは血のように暗く濃い赤色をしている。粘性があるようで、ジョッキが傾くたびにドロドロと流動している。


 店員がジョッキをテーブルに置くなり、イルは猛る自分の腹の虫を落ち着かせるように、ゆっくりとソウルベリーをあおった。いい飲みっぷりというよりは、半ばヤケクソのように見えた。

 それにしても、イルには内蔵がないのに、口にした物質はどこに消えていくのだろうか。ソウジには不思議だったが、聞ける雰囲気でもなかったのでまた今度聞こうと思った。


 一方、ソウジの下に届いたメーモなる液体は、それらとは対照的に白く濁っている。ソウジが恐る恐る口をつけると牛乳の味がした、というか牛乳そのものだった。これなら問題なく飲めそうだとソウジは思った。


「あーもう、聞いてるだけでムカついてきたわ! 私たちで被害者の会、結成しましょう!」


「ええ、本当に! とっちめて牢屋にぶち込んでやりましょう!」


 イルは憤激しながら拳を握りしめた。彼にもし涙や鼻水が出るなら、きっと滝のように出ていただろう。二魔(ふたり)はすっかり意気投合したようで、互いに肩を組んで悲しみと怒りを分かち合っていた。


「そういえばあなたたち、傭兵登録ってもう済ませたかしら? よかったら案内するわよ」


「あっ、さっきもうしちゃいました」


 ソウジはさっきイルに手渡されたばかりのギルド会員証を、すでにテーブルに置いてあるミャントム団のカードの隣に置いた。イルもそれにならって会員証を懐から取り出し、その横に置く。


「ならガイドはいらないわね。まあ、そういう私もいま登録を終えたばかりなんだけど」


 カナエは肩にかけた皮のバッグから会員証を取り出し、ソウジたちと同様に自分の前にそれを置いた。ロスタルカにおける暦の数え方はよく分からないが、ソウジたちのカードと同じ日付が印字してあったので、言っているのが嘘ではないということは分かった。


「ソウジ・マミヤくんに、イル・エピデミオさんね。私、カナエ・フォーゲルっていいます。新魔(しんじん)同士よろしくね」


 握手を求められ、ソウジとイルはそれに応じた。

 イザベラのもふもふした手ともイルの骨張った手とも違い、こちらは人間と同じような柔肌の感触がして、異世界の慣れない生活に今までずっと気を張っていたソウジはほっとした心地がした。


「ソウジ様ともども、よろしくお願いいたします」


「ずいぶん丁寧にありがとう。イルさんってなんだかソウジくんの執事みたいね」


「そんな感じだと思ってもらっていいですよ。すごく頼りになります」


 イルはソウジのその言葉に感激したらしく、ふいに立ち上がると、最初に出会った場面を彷彿させる丁寧なお辞儀をした。


「これからも変わらず粉骨砕身いたします、ソウジ様」


「いや、骨ごと砕けちゃだめでしょう」


「あっ、そうですね」


 こう見えて意外と天然なイルのボケに、三魔(さんにん)は思わず笑い合った。険悪な関係から始まったイルとの仲だったが、いまではこうして軽い冗談を言いあえるようになったことに、ソウジはほのかな嬉しさを感じていた。


 全員の笑いが収まったころ、カナエはふと思い出したように告げた。


「そうそう。話は戻るけど、ミャントム団についての耳寄り情報があるのよ。って言っても、この街の(マギ)はみんなもう知ってるんだけど」


「なんですか?」


 イルは食い気味に尋ねた。あの一件に責任を感じているのか、なんとか目にもの見せてやろうという気迫を感じる。


「今夜、そのミャントム団がラッシマさんの屋敷を襲うって噂が立ってるのよ」


「ラッシマさんって、ラッシマ商会のラッシマ?」


 カナエは驚いた表情でソウジを見つめた。


「あら、知ってるの? 旅魔だから知らないかと思っていたけど、情報通なのね」


「名前と立場くらいは知ってますけど、それだけです。どんな方なのか、念のため教えてください」


 ハブ・プロットルの一件で嫌というほどその商会の名を耳にしたソウジだったが、商会の長であるラッシマについては、あまり知識がない。この機会に色々と知っておきたいというのは全くの本心だった。

 しかしカナエは、気をつかって謙遜しているのだと勘違いしたらしく、小さく笑いながらソウジの肩を叩いた。


「おさらいも兼ねて、基本的な情報から言うわね。本名はチョウ・ラッシマ。種族は器猿(マンク)。ラッシマ商会の会長にして、ゲルートの執政補佐官でもあり、この街を中心とした経済域を一手に取り仕切っているわ。名実ともに優れた(あきない)(マギ)にして、稀代の大富豪よ」


 カナエは鞄から取り出したスマボを操作すると、ラッシマの顔写真をテーブル上の空間にホログラム投影した。フードを目深に被ったラッシマの笑顔が映し出される。


 このゲルートの街だけでなく、ハブ・プロットルを含めた周辺都市まで掌握しているとなると、一体どれほどの収入を得ているのだろうか。ラッシマ商会所属の兵士たちが威張りくさっているのも、それだけ強力な後ろ盾があるおかげだと考えれば合点がいった。


「すごい方なんですね」


「ええ。ゲルートがここまで発展したのは、ほとんどあの(マギ)の手柄と言ってもいいくらいなの。そんなラッシマさんの屋敷に、ミャントム団が盗みに入るって話が出てるのよ」

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