第93話 ついにはじまる勝負
夏の暑さが残る秋晴れの空の下。
校舎は眩しい朝日に照らされて、白い輝きを放っている。
今日も朝から気温が上がって、蒸し暑い一日になりそうだ。
正門には「富高祭」と大きく書かれたアーチが築かれていた。
門の壁は、勇者魔王のロールプレイングゲームで出てきそうなお城の壁みたいで、担当した二年のどこかのクラスのがんばりとこだわりが、十二分に伝わってくる。
うちのクラスも、他の文化部の部室も、文化祭特有の陽気でにぎやかな雰囲気に包まれていた。
部室の窓から校庭を見下ろす。
登校時間よりもだいぶ早いこの時間に、学校へ来る生徒はいない。
「先輩っ」
柚木さんが、後ろから声をかけてくれる。
振り返ると、展示パネルの並べられた部室の狭いスペースに、部員たちが立ち尽くしていた。
学校から借りた展示パネルには、俺たちの書いた小説を印刷した紙が貼り付けられている。
展示パネルがたくさん並べられていると、市役所でたまに開催している美術展のコンクールみたいだ。
「宗形くん。そろそろ、はじめて」
高杉先生が俺のとなりで指示を出す。
今日は髪を右耳の後ろで括り、新品のような黒いスーツで身を固めている。
「今日は早朝に集まっていただいて、ありがとうございます。朝のホームルームに間に合うように、今日と明日の流れを手短に説明します」
文化祭の勝負のルールと、今日と明日の当番表を簡単にまとめて資料を作成した。
A4の用紙に印刷した資料を、柚木さんから部員へ渡してもらう。
「まず勝負の方法ですが、来客からの投票によって、勝敗が決められるそうです。全校生徒と一般の来客に、一枚の投票用紙が配られて、文研と漫研のどちらか片方へ投票してもらいます。
文研と漫研で展示している作品のどちらが面白いのかを、お客さんに決めていただくという流れになります」
勝敗の決め方は、とてもシンプルだ。
それゆえに不正が行われないように、充分に注意しなければならない。
「俺たちは、ふたり一組で部室へ待機します。展示している小説とは別に、印刷したものを机に置いていますので、来てくださった方に教えてあげてください。また質問などをされましたら、快く対応してください」
「はいっ」
「同時に、教頭先生から、不正を厳しくチェックするようにとお達しがありました。来客から不正行為が行われないように、チェックをお願いします。逆に俺たちが来客を誘導したり、投票を強制しても不正行為と見なされます。気をつけてください」
教頭先生がつくったルールは、かなり厳しくつくられている。
ここまで厳密にチェックしなくてもいいんじゃないかと思うけど、やるからには徹底したいというのだから、仕方ない。
「あの、質問してもいいですかっ」
三年生の小野さんが挙手する。
「はい。なんでしょう」
「不正行為が行われたら、どうなるんですか」
「来客が不正行為をはたらいたら、その得票は、おそらく無効になります。俺たちが不正を行ったら、勝負に大きな影響が出るでしょうね」
「大きな影響というのは?」
「詳しいことはわかりませんけど、得票数で俺たちが上回っていても負けになるとか、そんな感じになると思います」
小野さんが絶句する。教頭先生の厳しさを肌で感じたのだろう。
うつむいて静かに引き下がる。
「部室の監視は、漫研も対象です。俺たちは互いに監視員を派遣して、公正な勝負となるように目を光らせなければいけません。漫研からも監視員が送られてきますので、敵だからといって失礼なことをしないように、充分な配慮を心がけてください」
「はいっ」
「部室の当番表を資料に載せました。自分の担当を各自で確認しておいてください。時間帯などの変更の希望がありましたら、早めに申告してください」
俺の当番は今日の午前中と明日の午後だ。
柚木さんとペアになるように、お願いしておいた。
「そういえば、宗形くん。投票用紙を入れる投票箱はどこにあるの?」
先生が部室をきょろきょろと見回す。
「投票箱は職員室に置いてあります。投票箱は一番大事なものなので、教頭先生が管理するそうです」
「あ、そうなんだ」
「九時の受付開始時に職員室から運んできてくださるそうです。投票の受付時間だけ部室へ置いて、午後の三時半になったら職員室へ戻すらしいです」
「そこまでちゃんと管理するんだ。教頭先生、がんばりすぎだよね」
先生の口から、思わず愚痴が漏れる。
「そこまでやらなくてもって感じですよね。教頭先生は、なんとしても不正を阻止したいらしいですよ」
「その気持ちはわかるけど、勝負って言っても、文化祭のお遊びなんだから、そこまで厳しくしなくてもいいのにっ。あたしって、信用されてないのかな」
「先生を信用してないわけじゃないですよ。教頭先生はマジな勝負がしたいから、公正な場にしたいだけなんですよ」
「そうなの?」
「第三者が管理しないと、公正にならないですから、教頭先生が間に入るのは、やむを得ないんです。逆に言うと、俺たちの勝負にそれだけ期待してるんですよ」
柚木さんや部員たちの表情が変わる。
「期待だなんて、そんなあ。先生、緊張しちゃうわよぅ」
先生が、うふふと笑って俺の肩を叩いた。この人、扱いやすいなぁ。
「先輩。わたしから質問してもいいですか」
柚木さんが、右手を胸の近くで小さく挙げた。
「うん。なんだい?」
「投票って、わたしたちもできるんですか?」
「俺たちは投票できないよ。俺たちが投票用紙を持っていたら、自分たちに投票するのは目に見えてるからね」
「あ、そうですよね。言われてみればっ」
柚木さんが口に手を当てて絶句する。
「でも、ひなちゃんとか、友達はきっと、うちの部へ投票してくれますけど、そういうのも不正になっちゃうんですか?」
「うーん。詳しいことはわからないけど、そういうのは、ぎりぎりだいじょうぶなんじゃないかな。俺たちがお金やプレゼントを渡して、ひなたちに投票させるのは不正だけど。ほら、政治家の選挙でも組織票とかあるし」
「そうですね」
「普段からの誼で投票してくれるのを、教頭先生が不正だとは思わないよ。だから、だいじょうぶっ」
俺は右手を強くにぎりしめた。
文研の部員たちを改めて見やる。
ここにいるのは、俺と先生を含めて十人しかいない。
けれど、みんなの顔つきは凛としている。此度の勝負に怖気づく人はいない。
「みなさんに苦労をかけますが、よろしくお願いします。得票は、作品の良し悪しだけでなく、俺たちの来客への配慮で大きく伸ばすことができます。俺たちの自由時間は減りますが、悔いのない二日間をすごすためにも、どうかみなさんの力を貸してください」
「はいっ」
「漫研は強敵ですが、俺たちの底力を見せてやりましょうっ。小説は漫画に負けていない。漫画より面白いものが、ここにあるんだと! 俺からは以上ですっ」
閉めの言葉は簡単に済ます予定だったのに、話しているうちに熱を帯びてしまった。
だけど部員たちは、笑ったりしないで俺を受け入れてくれた。




