第2話『沈黙の出陣』
第2話『沈黙の出陣』
出陣の準備は、ダルニア王子の命令どおりに進められていた。
王宮の一室には、兵の編成や物資の手配についての報告が次々と運び込まれる。
ダルニアは机に広げられた書類を眺め、満足げに頷いた。
「予定どおりだな」
「はい。兵の準備は順調に進んでおります」
「当然だ。勝てる戦に、いつまでも時間をかける必要はない」
返事をした配下は頭を下げたが、すぐには部屋を出なかった。
手元の報告書を持ち直し、何かを言いかけて口を閉じる。
その様子に気づいたダルニアが眉を寄せた。
「まだ何かあるのか」
「……敵の戦力について、確認の取れていない報告が残っております」
「それは聞いた」
「ですが、少数という見積もりが正しいか、もう少し調べてからでも……」
「お前も私の判断を疑うのか?」
配下の背筋が伸びた。
ダルニアは報告書を机に置き、相手を見据える。
「敵は少数だ。兵も揃っている。それ以上、何を待てと言う?」
「いえ、殿下のご判断に異を唱えるつもりはございません」
「ならば、出陣に支障はないな」
「……はい」
配下は深く頭を下げ、退出した。
廊下に出たところで足を止めたが、扉の向こうへ言葉を戻すことはできなかった。
以前、王子の考えに反対した者が、その後どう扱われたかを知っていたからだ。
廊下にはほかの配下もいた。
報告書を抱えた男を見て、一人が目で問いかける。
男は小さく首を振るだけだった。
これ以上言っても、王子が気を変えるとは思えない。
それでも、敵の戦力について確かな答えが得られないまま進むことには、不安が残った。
室内では、ダルニアが別の書類を手に取っていた。
先ほどのやり取りなど、もう終わったことだった。
彼の頭をよぎったのは、アルティナの言葉である。
都合の悪い報告にも耳を傾けろ、と彼女は言った。
何の根拠もなく自分の判断を問いただす、いつもの態度だった。
今回の戦で勝利を収めれば、アルティナも二度と口を挟めなくなる。
言い返すよりも、実際の勝利を見せつけた方が早い。
しかも今回の敵は、手柄を得るには申し分のない相手だと信じている。
ダルニアはそう考え、出陣の最終確認を命じた。
◇
やがて出陣の日を迎えた。
整列した兵たちの前に、ダルニアは堂々と姿を現した。
装備を整えた兵の列が続き、出発を待つ馬のいななきが響く。
配下から準備完了の報告を受け、ダルニアは満足そうに周囲を見渡した。
「よくここまで整えた。あとは私に従えばよい」
その言葉に、居並ぶ配下たちは頭を下げた。
誰からも異論は出ない。
ダルニアには、その沈黙が自分への信頼に思えた。
勝利を報告して戻れば、王宮の者たちも自分の力を認めるだろう。
その日を思い浮かべ、王子は馬に乗った。
「出陣する!」
命令が伝わり、先頭の兵が動き始める。
隊列はゆっくりと進み、王宮から遠ざかっていった。
その後ろでは、未確認の報告を知る配下が、最後に一度だけ振り返った。
隊列を止める権限は彼にはない。
何より、王子が聞き入れなかった話を再び持ち出す勇気もなかった。
確かめるべきことが残っている。
だが、出発を止める言葉は、もう誰の口からも出なかった。




