第1話『処刑台への階段』
第1話『処刑台への階段』
「進め」
背後の兵士に促され、アルティナ・ユナ・イスタークは処刑台の階段に足をかけた。
一段上るたびに、足元が遠くなるような気がした。
胸の奥では心臓が激しく脈打ち、喉はからからに乾いている。
死ぬのが怖くないわけではない。
まだ生きたいと思うことも、悔しくて涙がこみ上げることもあった。
それでも、彼女は俯かなかった。
他国と通じ、バリシア王国の軍事情報を漏らした国家反逆の罪。
そう告げられたときから、アルティナは一度も罪を認めていない。
知らないことを知っているとは言えず、していないことをしたとも言えなかった。
そして何より、その罪を訴えたのは、かつて結婚を約束したダルニア王子だった。
どうして、こんなことになったのか。
階段に置いた足を見つめた瞬間、アルティナの脳裏に、あの日の光景が浮かんだ。
◇
ダルニア王子が軍を率いて出陣すると聞いたのは、王宮でのことだった。
「殿下が、今回の戦いをご自分で指揮なさるのです」
そう告げたのは、王子に仕える配下の一人だった。
周囲に人がいないことを確かめてから、男は声を落とした。
「敵は少数で勝利は容易だと仰せですが、まだ確かめきれていない報告もございます」
「それを殿下にはお伝えしましたの?」
男は答えず、視線を伏せた。
その沈黙だけで、事情は十分に伝わった。
ダルニアは自分に逆らう者を遠ざけてきたため、今では異論を口にする配下がほとんどいない。
「承知しました。私からお話ししますわ」
「ですが、私の名は……」
「お名前は出しませんわ。あなたが罰せられては、誰も本当のことを話せなくなりますもの」
男が深く頭を下げるのを見届け、アルティナは王子のもとへ向かった。
ダルニアは彼女を迎えたとき、機嫌がよさそうだった。
「聞いたか、アルティナ。今度の戦で私が軍を率いることになった」
「ええ、その件でお話がございます」
王子の表情がたちまち険しくなった。
「……また余計な戯言を聞かせるつもりか。お前の忠告など求めておらん」
「ですが殿下、敵の戦力は十分に確認なさいましたの?」
ダルニアは不快そうに眉を寄せた。
「聞こえなかったのか? お前の忠告は必要ないと言ったはずだ」
「必要かどうかは、話をお聞きになってからご判断くださいませ」
「私に指図するつもりか?」
「いいえ。ただ、確かめられていない情報があるなら、慎重に判断すべきではありませんか」
「敵は少数だ。私が勝てると判断した。それで十分だ」
ダルニアは腕を組み、アルティナを睨んだ。
「そもそも、軍議にも出ていないお前が、誰からそんな話を聞いた?」
「お名前は申し上げられません」
「私の配下をかばうつもりか」
「誰から聞いたかではなく、作戦についてお伺いしておりますわ」
「お前はいつもそうだ。私の判断にいちいち口を挟む」
「間違っていると決めつけているのではありません。根拠を確かめたいだけですわ」
「もういい。お前に戦の何が分かる!」
王子は椅子から立ち上がり、話は終わりだと言わんばかりに背を向けた。
アルティナは唇を結んだが、もう一度だけ声をかけた。
「殿下。勝利を望むなら、都合の悪い報告にも耳を傾けてくださいませ」
返事はなかった。
ただ、部屋を出る直前に聞こえた「出陣の準備を進めろ」という命令だけが、妙にはっきりと耳に残った。




