第十三話 謎の差し入れ
※ 看病の場面で少し不快になるような描写があります。苦手な方は、お気を付けください。
侍女四人、及び玲栞が倒れたのは、紫蓮宮の離れ。高位の侍女や女官が起居する場所で、部屋が細かく分かれている。
仔空の案内で香織と璃晴はその一室に駆けこんだ。
「だいじょうぶですか?!」
侍女が四人、寝台に横たわってうんうん唸っており、その間を女官や宮女たちが動き回って世話をしていた。
「あんたはちょっと待ってて」
璃晴と仔空はすぐに介抱の手伝いに入っていった。
その後ろで、香織はハラハラしながら苦しむ侍女たちの様子を観察する。
(これまで倒れた人たちとは様子が違うように思える)
見たところ侍女たちは全員、明らかに苦しんでおり、嘔吐や発熱の症状を伴っている。単に疲労や栄養失調ではこうはならないだろう。璃晴が調べてくれた書付にも、こんなに積極的な症状は記されていなかった。
(でも……原因は同じで、今回の侍女たちだけ強く症状が出たってことも有り得る。だとしたら、この方たちも栄養失調で倒れた?)
しかし、この四人は香織の公主教育の部屋に同席していた顔ぶれで、倒れた璃晴以外は皆、元気そうだった。
(急すぎるわ。やはり、この方たちはもしかしたら)
香織は比較的症状の落ち着いている侍女の寝台へ近付く。
「あの、ちょっと確認したいことがあるんです。お話できますか?」
女官たちは訝し気ながらも、香織に場所を譲ってくれる。
香織は横たわった侍女の耳元で小さく話かけた。
「お昼にいつもと違う物を召し上がりましたか?」
すると侍女は苦しそうに口元を動かした。香織は侍女の口元に耳を近付ける。
「……え?」
侍女の言葉に香織は目を瞠った。
室内を見回せば、広い部屋を仕切る帳に隠れるようにして立つ人影が見える。侍女たちの介抱に皆必死で、皆気付かない。青い顔をしたその人影に。
香織は人影に近付いた。
至近距離まで近付いても、その人物は呆然とした面持ちで目の前の状況を凝視している。
「玲栞様!」
香織が目の前に立つと、ぼんやりと視線を向けてきた。
「お昼に玲栞様が侍女たちに差し入れた杏仁豆腐……いえ、杏仁羹は、どなたがお作りになったかご存じですか?」
さっき、侍女は苦しそうにこうささやいたのだ。
お昼に玲栞様が杏仁羹をくださった、と。
玲栞は見るからにがたがたと震え始めた。
「そなた……」
「落ち着いてください玲栞様。杏仁羹がどうやって用意されたのかを知りたいだけです」
「そ、そなたであろう!」
「え?」
「そなたが我の好物だから作ったのであろう?!」
「なっ……」
玲栞は香織を押しのけると、よろけながら帳の影から大きく室内へ進み出た。
介抱していた女官や宮女たち、璃晴や仔空たちは、急に玲栞が現れたのでぎょっとして手が止まる。
「我もじゃ! 我もつい今しがた、あれを食べて……うっ」
玲栞の目がカッと見開かれた。
そしてそのまま、白い泡をごぼごぼと口から吐くとばたりと床に倒れた。
「きゃあああ!! 玲栞様!!」
数人が駆け寄る。呆然としていた香織も飛び交う悲鳴で我に返り、玲栞に駆け寄った。
「すぐに医官を呼んでください! これは今まで侍女や女官が倒れた現象とは原因が違います! 早く!!」
香織の剣幕に圧倒されて、女官の一人が慌ただしく室内を出ていった。
「どうしたの?」
璃晴が心配そうに近付いてきた。
「あんたも、顔色がすごく悪いわよ。まさかうつるような病?」
「ちがいます。わたしは大丈夫です」
香織は首を振った。
「ある意味、感染する病よりも悪いことかもしれません」
「どういうことよ」
香織は唇をかみしめる。
差し入れられた杏仁豆腐、もといこの世界では杏仁羹と呼ばれるデザート。
香織の予想が当たっていれば消えた青梅の種はこれに使用されたのだろう。
つまり、故意に毒を混入し、食べさせたのだ。侍女四人と、玲栞に。
早急に杏仁羹の出所を突きとめなくてはならない。
けれど璃晴を巻きこんでも良いものかどうか。
「――とにかく、今は倒れた方々の看病に徹しましょう。玲栞様の様子も見に行った方がいいです。医官が到着するまで、できるだけのことをしないと」
「そ、そうね」
香織と璃晴は、玲栞が運ばれた寝台の帳をくぐった。
玲栞の様子を見て、璃晴が固まった。
「なんて酷い……」
玲栞は紙のように血の気がなく、泡を噴き続けている。呼吸が荒く、女官たちが身体を横向けにして呼吸を楽にしようとしている。
「すぐに全部吐かせて下さい!!」
香織は必死に叫んだ。躊躇っている猶予はない。置いてあった壺を抱え、おののく女官たちを押しのけて、玲栞の口に手をつっこむ。
玲栞が苦しそうに嘔吐する。そうやって壺の中に何度か吐かせて、胃に入っていた物があらかた出ただろうというところで香織は立ち尽くす女官たちを振り返った。
「水か牛乳はありますか?!」
「こ、こちらに水が」
「玲栞様に飲ませてください! おそらく吐きますが、かまわずに飲ませて!」
「そ、そ、そんな、おそろしい」
「早く! 玲栞様が死んでしまってもいいんですか?!」
ひいい、と泣きそうになりながら女官が二人がかりで玲栞に水を飲ませる。飲んだそばから玲栞は水を吐いた。見るからに苦しそうで目をそむけたくなるが、この世界には胃洗浄をする機器がないのだから仕方がない。
何度か繰り返していると、玲栞の吐く水が透明に近くなってきた。
「もういいと思います」
玲栞を寝台に横たえて、女官たちと香織がぐったりしているところに医官が入ってきた。
控えていた女官と璃晴が事の次第を話すと、医官は目を丸くした。
「ほう、もう臓腑を洗ってくれたのか。ならすぐに診察ができる。助かったよ、ありがとう」
「いいえ、私共ではなく、香織様のおかげなのです」
女官たちが口を揃えると、医官が慌てた。
「先日こちらへ移られた公主様ではありませぬか! 公主様にこのようなことをさせるとは女官がた、何をやっておられる!」
叱責されて女官たちは首を垂れていたが、「ちょっと大丈夫?!」という璃晴の悲鳴にハッと顔を上げた。
急に足の力が抜けて、香織はその場にへたり込んでしまったのだ。
「香織様をあちらの長椅子へ! 玲栞様を診てから香織様を診る。身を清めて差し上げなさい」
医官に指示され、女官たちは香織を長椅子に横たえ、身を清めて着替えさせてくれた。
「極度の緊張と疲労ですな」
医官は香織に言った。
「少し安静にされればよくなるでしょう」
「ありがとうございます。あの、玲栞様は」
「なんとか持ち直しました。まだ呼吸が少し荒いですが、薬をお飲みになって吐かなかったのでもう大丈夫でしょう。香織様が臓腑を洗ってくれたおかげですよ」
何かあったら呼んでください、と医官は控えの間へ下がっていった。
そのとき、すれ違いざまに入ってきた人物がちらりと見えて、香織はハッとする。
「紫珠様……!」
「まあまあ大変でしたわね、皆さま」
拱手する女官たちの間に入りこみ、玲栞をのぞく。
「でも、一命をとりとめたようで良かったですわ。お倒れになったと聞いて、薬湯をお持ちしましたのよ」
紫珠の従えてきた女官が、薬湯の入った椀が五つ載った盆を卓子に置いた。
「きっと皆さまと同じように疲労ですわ。このところ、侍女や女官が倒れることが多かったでしょう? 新しい公主様をお迎えして、皆さま緊張しておられますものね。あちらの侍女たちに飲ませてあげてくださいな。玲栞様にも、お目覚めになったらぜひ――」
「飲んだらダメです!」
まだふらつく足を踏んばって、香織は室内へ進み出た。




