第74話:刃毀れ
「ほ、本当にエウロなのか…………?」
「だから言っただろう?僕は僕だって。いろいろなモンスターと戦った経験があって疑り深くなっているようだけど、ここにいるのは間違いなく『煌々たる裁きの剣』で魔法使いをやっていたエウロさ」
正面に立つ緑装束の男が肩を竦める。
「あん?あんたがエウロか。話には聞いていたけど強そうな見た目してんじゃねぇか。よろしくな」
「君は、えっと……?」
「トルーニだ。『煌々たる裁きの剣』で弓矢使いをやってる。今はここでレオルスと一緒に働いてるけどな」
トルーニとエウロががっしりと握手を交わす様子を注意深く観察する。
トルーニはドラゴンと人間の間に生まれた龍人という亜人種で、その優れた嗅覚でモンスターが変身しているか否かを見破ることができる。アジ=ダハーカの変身ですらも見破る実力を持ったトルーニが何も反応を示さないところを見ると、トルーニが気づかないほどに完璧な変身をしているモンスターか本人であることを意味するわけだが、前者の可能性は否定してもいいだろう。
つまり正真正銘の本人。
自身が愛する人から掛けられた治癒魔法で死んだはずのエウロが、今この場に立っている。
「旅の途中で出逢ってね、「勇者様たちに会いたい」って言うから連れて来たんだよ。あ、今日持ってきた商品は店の前に降ろしておいたからね」
腕で汗を拭いながらシュナウトが店の中へと入ってくる。
「かつての仲間たちとの再会。なかなか感動的だねえ。僕もなかなかいい仕事したでしょ?」
店の中へと入るとビールを注文した。それ以上男は一言も話さなかったので、焦点をエウロとトルーニの会話へと戻す。
「へえ、龍人とは珍しいね。……でも、龍人ということはドラゴンが睡眠期に入ったら大変なことになっちゃうよね?大丈夫なのかい?」
この世界のドラゴンは、
・100年程度の睡眠期。
・うたた寝期。(ドラゴンによって個人差あり、数年~数十年)
・100年程度の活動期。
・うたた寝期。(ドラゴンによって個人差あり、数年~数十年)
の四つのサイクルを繰り返す。
そして、睡眠期に空腹にならないようにするために、活動期のうちに人間の男と目合って龍人を産んで育て、睡眠期に入る前のうたた寝期に育てた龍人を喰い殺して腹を満たしてから眠る。
龍人は母親であるドラゴンに喰い殺されるために生まれ、喰い殺されるために育てられるため、ドラゴンの生活圏内から移動するようなことはほとんどなく、龍人を見掛けることはないに等しい。
「心配ねえよ!あたしの母さんはレオルスが殺してくれた!今は自由の身だ!!」
「……それで良かったのかい?自分の母親だろう?」
「餌にされるためだけに生まれて死ぬのなんてつまらねえだろ?自由と親。どっちかを天秤にかけてあたしは自由を選んだってだけだぜ?」
「母親の糧となる宿命を捨てて自由を求める龍人……。なかなか興味深いですね。いい研究になりそうです」
「……いくらレオルスの仲間って言ったって、あたしの自由を邪魔するようなら容赦はしないぜ?」
「ははは。そこは龍人って言ったところかな?その眼光の鋭さ、他の亜人種には真似できないよ」
「(なあラウン)」
隣にいる生真面目な騎士へと耳打ちする。
「(こんなことがあるのかよ?エウロが掛けられたのは呪法だったし、確かにおれたちは最期を見届けた。なのに、そいつが完全と言えるほどに回復して生き返っちまうなんて)」
「(私には魔法の知識も呪法の知識もないから見当が付かんが、強いて言うなれば奇跡と言ったところか?あの呪法に関する一件はバルロイレンジ様による試練で、エウロはそれを乗り越えて来た。そう考えるのが自然だろう)」
バウロイレンジは主神ヴィルリアの配下にある神の一柱で、人々に乗り越えられる試練を与えることで成長を促す男神だ。
全ての人間(亜人種も含む)には人生に一度、(大小の差はあると言えども)越えるのに苦戦する大きな試練がバルロイレンジの手によって与えられるとされている。
「(なるほど。そう言われれば納得するような?)」
「(これほどまでの大きいものではなかったが、私たちも魔王ロザスを斃すまでの冒険の最中、様々な奇跡を見てきただろう?その一つと解釈する他ないのではないか?)」
「ったく。僕の本来の仕事は裏方だよ?こういうのは専門外だからね?」と悪態を吐きながら店の前に積まれた荷物を運び入れるヘイムダルを見る。
貧しい王国の貧しい村で生まれ育ったレオルスは『奇跡』とか『神様』と言った超常的なものを何一つ信じていなかったし、何なら自分は『奇跡』や『幸運』とは縁遠い存在だと思っていたが、目の前のことを熟していくうちにいつの間にか魔王を斃し、いつの間にか神様との共同生活が始まっていた。世界各地を冒険してきたつもりだったが、実は自分が知らないだけで超常的な存在はいくつも存在するのかもしれない。
(その神様とやらが手を伸ばせば届くような位置にいるんだから不思議なものだな)
魔物との戦闘経験はあったが、正真正銘の神とは戦ったことがなかった。あの日の惨敗を苦々しい表情をしながら思い出していると、
「聖剣リライト。レオルス様をいつも近くで見守っていた最高のパートナーだね。」
抜き身で握ったままだった剣の腹部分をエウロがそっと撫でる。
「直接見たわけじゃないから分からないけど、これを使ってアラキラを斃してくれたんだよね?いつもレオルス様を近くで支えてくれてありがとう」
まるで魔法使いが使い魔を褒めるように優しく撫でる。
「そ、そんなことをしては危ないですよエウロ。手指を斬ってしまいそうで恐ろしいです」
「大丈夫さリル。僕は【料理人】だよ?普段から包丁を使う身でもあるんだから、刃物の扱いには人一倍敏感さ」
「でも、万が一ということもありますし、何より見ていて危なっかしいですよ」
「心配ないさ。…………おや?」
刃物の上を滑る手が一点で止まる。
「ここの部分、刃毀れしているよ。ドワーフと人間が力を合わせた最高傑作の逸品と言えども、永く険しい戦いを繰り返すとこういうこともあるんだね」
慌てて確認してみる。
大小幾許の傷が刻まれている刀身だが、確かにその一つ、エウロが指で軽くなぞった部分だけブレードに瑕が入っている。
「騎士としては見過ごせんなレオルス。常に戦場にいると思って武具や武器の手入れは怠るなとあれほど言っているのにな」
「最近はモンスターとの大きな戦闘もねえからな。ま、そういうこともあるぜ。あたしだって鏃に塗る毒を調達する機会が減ったしな」
「それは大変だね…………」
ラウンとトルーニがそれぞれ評する中、ビールを飲んでいたシュナウトが神妙な面持ちでこちらに近づくと、
「勇者様の剣が万全な状態ではないとなると、戦力が大きく欠かけしまうことを意味する。これは一刻も早く修理をした方がいいんじゃないかな?僕の知り合いに腕の立つ【砥ぎ師】がいるから、その【砥ぎ師】の所に持って行ってあげよう」
手を差し出してこちらに渡すように要求してくる。
言うまでもなく聖剣リライトは大事な剣だ。そう簡単に第三者に渡すわけにはいかない。
「いいや、その必要はない。この大陸であれば大体の主要都市は回ったことがあるから、その【砥ぎ師】がいる場所さえ教えてくれれば、おれが直接『ワープ』して頼みに行くよ。後は「あんたの紹介で来た」と言えばいいんだろ?」
「それはそうなんだけど、その……」
言い難そうに口籠った後に商人は言葉を並べる。
「僕も商売人だからね。【砥ぎ師】の所在を秘密にしておいて、その聖剣を預かって持っていくまでの仲介料や修理費を徴収しようと思っていたんだよ。勇者様っていうくらいだから、お金の方はたくさん持っているんでしょ?」
変に不審がられるよりはいいと思ったのだろう。正直に答える。
「なるほどな。世界を救った勇者様を相手に金をせびろうってわけか。面白い!商人ってのはこれくらいの肝っ玉と貪欲さがないとな!!」
「でもいいのですかレオルス様。リライトはとても大事な剣なのですよ?!もしこれが武器屋などに売却されたら――」
「心配要らねえよ」
厨房から出てきたガルシャがシュナウトの肩を力強く叩く。
「オレとコイツとは長い仲なんだけど、コイツは絶対にそんなことはしねえ!頼まれた仕事はちゃんと熟す真面目なやつだから安心しな!それに、」
空中に浮かぶ天秤を見る。
「コイツが傾いてないってのが何よりの証明じゃねえか!ま、少し金に貪欲な所はあるけど、それ以外は欠点のないいいやつだぜ?」
「お金に貪欲って……。お互い商売人なんだから、お金に貪欲なのは当たり前だろ?」
「ははっ!違いねえ!!」
天秤が傾かないということは『真』。つまり、そのまま盗難しようという意図はなく、本当に【砥ぎ師】の元へと持って行ってくれるのだろう。
天下の大英雄(らしい。他の世界の事情など知らないので分からないが)が言うのであれば間違いないだろう。
聖剣を鞘の中へと収めると行商人の男へと渡す。
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最近我が家の風呂場に何処からともなく蟻が湧きます。
風呂掃除の時に流してしまうと可哀そうだからと言って毎朝母が紙の上に載せて外へと連れ出しているのですが、ある日母は気づきました。
蟻は尻から出すフェロモンを道しるべに巣穴から風呂場に辿り着いているのだから、外に追い出したところで救助した蟻は巣に帰れないのではないか、と。
母に救助された蟻は巣に辿り着けないまま一生を終え、風呂場にそのまま残っている蟻は水に流されたり熱湯を浴びたりして死ぬ。
そして我が家ではやっていませんが、場合によっては駆除剤や毒などによって巣ごと処分される。
風呂場に迷い込んだ瞬間から運命が決まってしまうのは少し残酷ですよね。
ではまた!これからもよろしくお願いします!!