第48話:単純な算数の問題
「ねえ絵理華さん。スライムって10匹も必要でした?何も全員【テイム】しなくても良かったんじゃないですか?」
「だって倒したらかわいそうじゃん!そんなことできないよ!!」
「蚊をも殺さぬ純情乙女キャラとな?!ぐぬぬ……。確実にルナティちゃんよりも目立とうとしているなっ!?」
「そんな意図はエリカにはないと思うけどね」
ガオバーロにあるギルド案内所で報告を終え、十匹のスライムを侍らせながら大通りに出る。
「……さて、このスライムをどうやって運ぼうか?」
「『ワープ』を複数回使う他ないんじゃないですか?」
「やっぱそうだよね」
絵理華は【マジックマスター】を持つため、一度の『ワープ』で移動させられる最大積載量は約900パウンド(約408kg)の成人男性5人分。つまり、成人男性4人相当に加えて各々が持っている荷物も同時に運搬することが可能だ。
しかし、スライム一匹がどれくらいに重量を持っているのかなど勿論頭の中に入っているわけがなく、一度に何匹まで運べるのかが分からないのだ。
「ねえセレン。スライムの重さってどれくらいか知ってる?」
「知るわけがありませんねえ。こういうことって、この世界の住民であるルナティさんが一番詳しいんじゃないですか?」
「いやん♡。ルナティちゃんの体重は絶対ナイショなんだぞ?」
「誰も君の体重には興味ないよ」
恥ずかしそうに身体を捩るルナティとそれを冷たい目で見るタイガを置き、若者にとっては必需品となっているスマートフォンを操作する。
どうやら、『ドラゴンクエスト』シリーズに出てくるスライムは全長1フィート(約30cm)くらいなようなので、それほどの重さはなさそうだが、絵理華が【テイム】したスライムは、あの水滴のような見た目をしたスライムではなく、アメーバのようなどろどろとしたタイプのスライムだ。本来スライムは洞窟や地下通路などの天井に生息し、下を通り掛かった獲物を捕食して溶かす粘液質の塊であるため、質量は成人男性一人分程度はありそうな気がする。
――と思ってホームページをあれこれ探してみるが、やはり、スライムの体重について言及した記事は見つからない。
「そんな時にも心配なかれな魔法がありますよ絵理華さん!」
「……もう少し早く教えてくれない?」
「いやほら!あれこれ考える時間も大事かな、と思いまして、温かい目で見ていたんですよ!自分で考えることも大事なことですからねっ!」
どうやら光属性の『メジャーメント』という魔法を使えば、対象の背丈や体重を測定することができるらしい。光属性の準備魔法を唱えてから詠唱する。
と、一匹のスライムの横に全長と体重が表示された。
「えっと、10ftと230lb?全然分かんないよう…………」
「10フィートと230パウンドですね。メートル法に変換すると約3mと約104kgと言ったところでしょうか?」
……魔法の種類をたくさん覚えるだけではなく、ヤードポンド法の読み方も勉強しないといけないようだ。こっそり呼び出していたヤードポンド法の単位をメートル法に変換するアプリを閉じる。
「えーっと、じゃあ一匹が100kgくらいだとすると、私が『ワープ』で移動する分も含めて同時に三匹までしか運搬できないってこと?」
「三往復して九匹を運び出した後に、残りの一匹をわたしたちと一緒に『ワープ』する感じですかね?」
スライム一匹の体重が100kg。
20代女性の平均体重が、だいたい50~55kgくらい。仮に50kgだとすると4人で200kgくらい。
タイガは三叉槍以外何も持っていないが、個々人が持っている荷物を平均10kgとするのであれば、四人合わせて40kg
『ワープ』の最大積載量が約400kgなので、四人分の荷物も纏めて移動できそうだ。
「『飛客屋』なら街中で『ワープ』を使うことが許可されていますが、わたしたちは原則街中では使えませんからね。スライムを動物園まで運ぶのであれば、まずは街を出ましょうか」
『飛客屋』とは『ワープ』を使った人や物資の運搬を担っている業態のことで、現代で言うところのタクシーと運送業を合わせたようなもののことだという。魔法を使った専売技術というのもあって、利用すると結構割高になるらしい。こんな時【マジックマスター】を持っていて良かったと心の底から思う絵理華。
「ルナティちゃんお腹が空きましたあ!何処かに寄って何かを食べてからにしませんかあ?」
「もし食事を摂って『ワープ』で移動できないほどの重さになっちゃったらどうすると言うんですか?!ここは我慢してください!!」
「一人33ポンド(約15kg)以上食べないと超えない計算だよそれ!?ルナティちゃんそんなに食べませんけど?!」
確かに、ここで一息吐いて食事でもしたいところだが、いくら【テイム】しているとは言えども、スライム十匹を連れてぞろぞろ入店するわけにもいかないし、店の前で待機させておくのも警備隊に勘違いされて大騒ぎになりそうだ。少し足早に歩いて国を囲む塀を目指す。
☆★☆★☆
「どうなっちゃったの?これ?」
空地を無理やり開拓して窪地を作り、とりあえず一時的にスライムを収容し、周囲を見渡す。
その他の神話エリアからはグリフォンが消え、5頭のヒポグリフとルミ子、そしてトールが飼っている二頭の山羊が心配そうにこちらを見ている。
「ベヒモスたちやフェンリルたちもいなくなっています!何処かに脱走したんでしょうか?!」
「森の周辺からは出ないようには言っているけど、今までこんなことはなかったよ?それに、【テイム】をしている以上脱走はできないでしょ?」
アジ=ダハーカを躾けた時のことを思い出す。
あれほど巨大な龍だって絵理華の命令に柔順に従っていたではないか。ならば、【テイム】による行動制限から逃れられるモンスターなどいないはず。
「とりあえず、『アルミラージの集会所』に戻ってみようよ。何か分かるかもしれない」
冷静なトーンで話すタイガに背中を押されて宿まで移動。不自然に開け放たれた扉から店の中に入ると、
「とんでもないことになった…………」
この日に偶然宿を訪れていたロネッツ男爵が恐怖の張り付いた顔で呟く。
「何があったんですか?!」
店内にはガルシャはおらず、ざわつく客たちが残されているだけだ。まるで、モンスターと神々たちだけ消えてしまったかのような状態で時が止まっている店内にいる男爵から話を聞き出す。
「勇者様が急に訪れて、あんたが【テイム】しているモンスターたちを皆殺しにすると仰った。ここの店主と黒いガウンを着た男が空を飛んで行って、勇者様たちと戦っている……」
「そんなっ!!」
壊れたレコードのように無機質に淡々と吐き出される情報に、頭の処理が追い付かない。
「それにしては静か過ぎない?!もっと振動とか轟音みたいなものが聞こえてきてもいいと思うんだけど!!」
慌てて外へと飛び出したルナティが叫ぶ。
人間よりも遥かに優れた五感を持つはずの獣人族が音を聞き取れないとなると、よほど遠くまで移動して戦っているのか、それとも戦いが一段落付いてしまったのか。
「ここの店主の所在を求めて、金髪の青年や黒装束の男たちも飛んでいった。きっと彼らも加勢しているだろうね」
「どうして止めてくれなかったんですか?」
「相手は魔王を斃した勇者だよ?僕みたいな半端者が口を出したところで、その場で斬り伏せられるのが関の山さ」
こんな所で言い争っていても仕方がない。『フライ』を全員に掛けて空を飛び、トールたちが飛んで行ったという方向まで急ぐ。
「もしかしてですが、この宿や動物園に被害が及ばないように広い場所に移動したのかもしれません!」
何か目印になるものはないのか。闇雲に空を飛んでいると、一か所だけ集中的に雨が降っている場所を発見する。
「もしかしてアレかな?」
「『レイニーフィールド』?何故そのような魔法が使われているかは分かりませんが、怪しいかもしれません。行ってみましょう!」
雲の下を見ると、樹々が薙ぎ倒されて楕円形の窪みのような土地が形成されていた。何故あの場所だけ修復されていないのかは分からないが、絵理華の記憶が確かならアジ=ダハーカと初めて出逢った場所だ。
速度を上げて急いでフィールドの下へと到達する。
そこに広がっていた光景は――。