第45話:『煌々たる裁きの剣』
勇者一行と悪龍がその場で本気で戦うとなると、『アルミラージの集会所』とドリード村は跡形もなく消し飛んでしまうため、未開拓の森の中でアジ=ダハーカが眠っていた地まで移動。大きな窪みと薙ぎ倒された森林がそのままになっている広大な土地に勇者一行と黒い龍。隣にはその龍と敵対関係にあるはずの巻き毛の大英雄が戦棍を持って並ぶ。
「おれが言うのも何だけど、店の方は開けたままでいいのか?結構繁盛してるんだろ?」
「そうしたいのは山々なんだけどな、エリカが頑張って【テイム】したモンスターたちを殺す、なんて言われちまったら、てめぇらと戦わないわけにはいかねぇだろうが!店の雑務はその後でじっくりやらせてもらうぜ」
「この場から生きて帰ることができれば、の話だがな」
シュルン――。
数多ものモンスターの血を吸ったにもかかわらず、血肉や脂による腐食を全く見せない聖剣が鞘から抜かれる。
聖剣リライト。
特殊な鉱石や金属を使い、LSランクの【鍛冶屋】スキルを持った冒険者とドワーフが種族の垣根を越えて作り上げた逸品で、その一太刀であらゆるモンスターの肉体を斬り裂くことができるという。
『ふん。挨拶はそれぐらいでいいだろう?さっさと始めようではないか』
三つの頭を持つ黒い龍の姿へと変身したアジ=ダハーカは大きく前脚を振り上げて勇者たちの頭上に影を落とすと、
『勇者とやらの実力を見せてもらおう!!』
地面に蹲う蟻を踏み潰すかのように一気に振り下ろした。
「ラウン」
「任せろ」
勇者に名前を呼ばれた騎士は両刃剣を地面に突き立てて、右足・左足・剣の三点で構える姿勢を取る。
すると、突き立てた場所を中心として角柱が伸び、騎士とドラゴンの足の距離は縮まっていった。つまり、岩の角柱を伸ばしたことで騎士自らが振り下ろされる足に近づいて行ったことになる。
『ふははははは!!自ら死にに行くとは滑稽だな!!』
様子見の一撃のはずだったか、この一撃で足と岩塊に挟まれて騎士が死亡。前衛がいなくなったことで戦線が崩壊し、一瞬で勝敗が決まる。
――はずだった。
ラウンとアジ=ダハーカの足が接触した瞬間、ガインッ!!という生身の人間からは絶対に出得ないような音が反響する。
『なっ……?!』
足の下で圧倒的な質量を支えているのはただの人間一人であるはずなのに、まるで硬質な金属を踏み潰そうとしているかのように硬く、一向に拉げる気配がない。
『ただの人間がこんなに硬いわけがないだろう?!一体どんな手品を使っている?!』
「【鉄統鉄備】」
足の下でつっかえ棒のように立ったままの男は答える。
「このスキルを使うことによって、私は防御力を一気に上げて鋼鉄のように肉体を硬化させることができるのだ。これしきの攻撃では私の信念を曲げることなどできんぞ?」
「おっと?弱点の腹を自ら見せてくれるとは、サービス精神が行き届いているな?さすが宿屋と言ったところか?」
『っ!!』
今は前脚を上げた状態。
そのまま腹の下に潜り込まれて聖剣で一突きされれば、どうなるか分からない。
「それじゃあ、こいつでさっきの一発の礼をしてやるよ!!」
一気に駆けて腹の下に潜り込もうとするのをガルシャが横向きに構えた戦棍で受け止める。
「……ほう。リライトで叩いても折れないか。おれが知らないだけで強い武器ってのはたくさんあるものだな」
「ぐうっ!」
相手は恐らくLSランクの冒険者。その膂力も段違いで肉弾戦を得意としているガルシャですら押されそうになる。
『まさか龍殺しの英雄に助けられるとはな。借りは返さんぞ?』
「けっ!龍殺しの『予定』だよ!てめえが悪いことをしなければ、オレは龍殺しにはならねえんだよ!!」
このままラウンを押し切れないと悟ったので翼を動かして巨体を浮かせて体勢を整える。
「……空へと逃げたか」
『貴様らの中にも『フライ』を使えるモノがいるだろうが、空は我の最も得意とする場所だ!飛び上がった瞬間燃やしてくれるわ!!』
「なるほど。確かにそれは厄介だな」
見た目から判断せざるを得ないため断定はできないが、アジ=ダハーカの見立てでは騎士をタンク・神官をヒーラー・弓矢使いをザブディーラー・そして、勇者レオルスをDDとした、パーティ編成の手本とも言えるような基本構築。弓矢使いがどのようなスキルを持っているか次第だが、魔法使いがパーティにいない以上、長い射程で勝負できる冒険者はいないはずである。
「ならば――」
目の前にいた勇者が一瞬で消える。
目で捉えられないほどの速さで動いた?
こちらに向かって跳躍した?
いや、この挙動は冒険者であれば誰もが知っている――、
『『ワープ』……?』
「ご名答」
『っ!!』
真後ろから声が聞こえたので真ん中の首を咄嗟に動かすと、
フォン――。
空気を斬る音と共に横薙ぎの一閃が頭を掠めるように通り過ぎる。
「よく躱したな」
頭から落ちるように地面へと落下すると姿を消し、
「見たことがない姿をしているとはいえドラゴンはドラゴン。そう簡単には死なんか」
再び地面へと姿を現す。
『敵ながら感服したぞ。『ワープ』にそのような使い方があったとはな』
『ワープ』の最大積載量はBランクで約181パウンド|(約82kg)であるため、Bランク程度であれば自分のみを任意の場所へ移動させることは容易い。
しかし、ここまで精緻に座標を指定した『ワープ』を何度も使うことができるとなると、その正確さや魔力の量は並大抵のものではなく、LSランクであると推察しても間違いはなさそうだ。
『だが、そう何度も『ワープ』を使ってしまっては、あっという間に魔力が枯渇してしまうぞ?』
「敵に魔力の心配をされるとはな。そこは抜かりはない。準備はできたか?リル?」
「天使たちの悲哀よ。地上に住まう生き物たちを潤す源となれ!レイニーフィールド!」
最後衛にいた耳の尖った聖職者が魔法を唱えた瞬間だった。
さあああ……。
空は雲に覆い隠されて暗くなり、空から降り注ぐ天の恵みが周囲を遍く濡らす。
『雨だと?この雨に何の意味があるというのだ?これくらいの初歩的な魔法なら我でも使えるぞ?』
「恵みの雨、って言葉があるだろう?あれってとてもいい表現だよね。おれが好きな言葉の一つさ」
手袋に覆われた掌を上に向け、雨粒を受け止める。
「雨っていうのは日照りが続く土地では恵みとなるけれど、雨が多く降って大洪水を起こしてしまうような土地では厄介者として扱われる。そして、年に数回の雨でも全く降らないようであれば、その土地の生き物たちは皆、乾涸びて死んでしまう。人の都合で善にも悪にもなるものがこんなに身近にあるなんて、不思議なものさ」
『おい。何も答えになっていないぞ?貴様の価値観を聞きたいなどと誰が言った?』
「もう答えは出ているさ。君には見えていないし、影響も出ていないけどね」
何を言っているのか分からなかったので注意深く勇者を観察してみると、勇者の身体に雨粒が当たった途端、青い光を放ちながら雨粒が蒸発していくのを目で捉えた。
『……魔力の回復か。あの娘が持つ【女神の祝福】による回復魔法を、【流麗の才】によって呼び出した雨へと変換しているということか』
「さすがドラゴン。魔法に関する知識は目を見張るものがあるね」
勇者は歌うように天を見上げる。
「つまり、この雨が降り続いている限り、おれたちは永久に体力と魔力を回復することができるのさ。さあ反転攻勢と行こうじゃないか!いつまでも降り続ける、この雨天の下で!!」