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第41話:不可視のキーボード

「ドウブツエンだと?」

「はい」


 他の国よりは劣るが荘厳な装飾が施された円形の広間。

 中央には玉座へと伸びる階段が設けられているため、数段高くなっている場所から王は問い掛ける。


「何とも、動物やモンスターを捕獲して展示する施設だそうです」

「その施設を我が国に勝手に建てた者がいる、と。何処の土地だ?」

「ドリード村の外れにある、ロネッツ男爵の土地です」

「あの広大な森林がある場所か」


 数年前の戦争で男爵が手柄を立てた以上、何かしらの褒美をせねばならなかったため、面倒だったからという理由で開拓を後回しにしていた雑木林をとりあえず下賜(かし)したのだが、その土地に得体のしれない施設を建てられるとは。


「貴様はそのドウブツエンについて何処まで把握している?」

「現在分かっていることとしましては、エリカ=ヤマシロと名乗る女性がその施設の設営に大きく携わっていること、現在時点で10を超える数の動物とモンスターが収容されていること、さらにその近くには『アルミラージの集会所』という宿が運営されているようです」

「ヤマシロ……?聞いたことのない姓だな。苗字を持つということは貴族の出身か?」

「真偽は定かではありませんが、こことは別の世界から来た者だという情報が入っています」

「はははははは!!笑わせてくれるなよ?!!」


 身分を(わきま)えることもなく天を仰いで笑う。


「他の人間を異世界から召喚するのなど、伝説や御伽噺(おとぎばなし)の逸話に過ぎないことだぞ?!つまり、そのエリカとかいう女を何者かが召喚したとでもいうのか?!」

「確かにそうですが、ロマリアに住む【マジックマスター】ならばありえなくもないのではないでしょうか?」

「ふむ。でもあの生意気な小娘でも、そのような召喚を行ったという事例はないと聞くぞ?儂に内密でやっているというのであれば知らんがな」


 手持ち無沙汰に立派に伸びた髭を触る。


「その女は【テイム】を使ってモンスターたちを服従しているのだろう?一体何を企んでいる?」

「ドウブツエンというものが動物やモンスターを展示する施設だそうで、要するに捕らえたモンスターを美術品のように閲覧できる状態にしているようです」

「???そこに何の意味があるというのだ?」

「私にも分かりかねます。しかも、展示されている動物は鳥・カバ・水龍・犬・狼など、モンスターはアルミラージやグリフォンとのこと。とりわけ珍しいモンスターや価値のある動物は見受けられません」


 ……実は、それらの動物が全て人語を理解する神獣なのだが、そこまでは情報が回っていないらしい。女神ヴィルリアを主神とする独自の宗教が発展しているため、当然といえば当然か。


「10を超えるモンスターを自由に使役できる娘か。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()もう新たな勢力が(くすぶ)っているということか」

「ですが、魔王や四天王などの全ての軍勢は勇者のパーティが殲滅させたはずです。なのに、こんなにも早く復活することなどありえるのでしょうか?」

「いずれにせよ、只者ではないのには違いないな。おいロルゼット」

「はいっ!」


 ぱらぱらと紙の束を捲りながら報告を行っていた腹心の家臣は居直すと、大広間によく響く返事をする。


「もしかしたら魔王の復活を目論む不届き者かもしれぬ。勇者たちを招集して娘を潰せ」

「承知いたしました!」


 丁寧な所作で一礼すると謁見の間を後にする。



☆★☆★☆



「『旧約聖書』の三匹の神獣の様子がおかしい?」

「最近様子がおかしくてな。食事もあまり満足に摂っていないようなのだ」


 もしそれが本当であるならば、一度体調を診てやった方がいいだろう。


 最近は依頼(クエスト)や新たなモンスターを【テイム】するのに忙しかったため、餌やりなどはテュールに任せっきりだった。四人でぞろぞろと動物園まで移動する。


「おかしいって、どういう風におかしいのー?もしかして、ただの動物かと思いきや、王女様のキスで呪いが解ける系のイケメンだったとか?!」

「そういうのって運命の人じゃないと目覚めないパターンじゃありません?もしそうだったとしても、ルナティさんのキスで目覚める可能性は低いかと」

「ふんだ!ルナティちゃんの運命の人だって、きっと何処かにいますよーだ!」


 朝が苦手なのか寝惚(ねぼ)(まなこ)を擦るタイガの手を取って『旧約聖書』の神獣エリアまで行くと、


『本日失われる生命の数は1,152,827,762っと。南の方の国の気温をもうちょっと下げておくか』


 カタカタ。


『水温以上なし。潮の流れを少し早くしないと採れる魚の数が減ってしまいますね……。このままでは不漁になってしまいます』


 カタカタカタ。


『もうそろそろ西から東に向けて季節風を吹かせねぇとな。そういえば山火事をしばらく起こしていないから、何ヘクタールか焼いておくか』


 カタカタカタカタ。


 天界の関係者にしか見えないモニターやキーボードでもあるのか、カバと水龍と鳥が器用に前脚や羽根を使いながらキーボードを操作していた。


「え…………?何これ…………?」


 至極当たり前の反応であった。

 ドン引きしてしまった絵理華の表情が強張る。


「何やら虚空を見つめながら意味の分からぬことを呟いておってな。食事も適当にしか摂っていないようなのだ」

『なあベヒモス。今から山火事を起こそうと思ってるんだけど、そこで何匹か動物が死ぬかも。やっちゃっていいか?』

『数値的には問題ない。オレが許可を出そう』

『この種類の魚は少し数が増えすぎましたね。ならば、こちらに流れて採れるように海流の向きを調節しましょうか』

「……と、このようにテュールには分からぬが、何やら忙しそうなのだ」


 三体の神獣は一体何をやっていて、どうしてしまったというのか。

 何らかの事情を知っていると思われる金髪の女神に全員分の視線が集中する。


「……ベヒモス・レヴィアタン・ジズはそれぞれ陸・海・空を司る神獣なんですけど、この世界の生死の数を天界に報告したり、天候や風・潮の流れなどを管理しているんです。ラグナロクの間とそれが終わってしばらくは天界の方が代理で操作していたみたいなんですが、世界が平和になってしまった今、その管理権限が三匹の神獣に戻って来たみたいです」


 と、説明している間にも虚空を見つめながらぶつぶつとコミュニケーションを交わす三匹。これでは動物でもモンスターでもなく、ただの社畜である。


「ね、ねぇベヒモス。忙しいのは分かるけどさ、もうちょっと動物らしくしてくれないかなあ?ほら、お客様を見つけたら愛想よくカバの声で鳴くとかさ」

『心外だなエリカよ』


 キーボード(?)を操作しながら言葉が続く。


『それはつまり、我らには動物らしい動きや所作以外は認めないということか。エリカがそのような色眼鏡を持っているのは残念だな』

「っ!!」


 ぐさりと胸に突き刺さる言葉を言われて絵理華は気づく。


 男だから。

 女だから。

 褐色人種だから。

 白色人種だから。

 黄色人種だから。

 獣人だから。

 動物だから。

 モンスターだから。


 そんな偏見で物事を見て、何が動物園の責任者だ。

 そんな考え方をする奴に動物やモンスターを愛する心があるわけがない。


 多種多様の70億人以上の人間が暮らす世界で生きていた絵理華が、それを最も理解していなくてどうするのか。


「……ごめん、みんな。動物が動物らしく行動しなくちゃいけない理由なんて、何処にもないんだよね」

『分かればいいのだ。今後は発言に気を付けて欲しいものだな』


 あの太い手指でどうやって操作しているのかは分からないが、モニターを見たままベヒモスの動きは止まらない。


「……お取り込みのところ申し訳ないが、少しいいだろうか?……他宗教の神獣よ」


 ここで(客が来なくて暇を持て余した)ヴィーザルが鎧を鳴らしながら登場。話の輪に加わったところで口を開く。


「……吾輩たち北欧神話の神々はいつでも天界に戻ることができるから、ゼロストに相談して天界でそれらの業務を管理してもらえるように頼んでみようか?」

「本当?!ありがとうヴィーザル!」

「……吾輩は他の神々と比べてあまり役に立っていないからな。……これくらいの雑務はさせてもらおう」

「あのう……、天界に帰るって本当なんでしょうか……?」


 もじもじと身体を揺すりながらセレンが口籠る。


「だったらその、わたしも連れて行って欲しいんですけど、どうにかならないですかねえ?」

「……天界に行く方法は二つ」


 (ヘルム)に包まれた頭を揺らしながら右手の親指と人差し指で「L」の字を作る。主にドイツ・フランス・北欧諸国で使われる指数えで「2」を表現したものだ。


「……カミサマパワーを使って天界まで飛ぶか、天界にいる神が呼び戻す他に方法はない」

「じゃあ、ヴィーザルさんが天界からわたしを召喚してくださいよお!そうすれば、わたしは天界に戻れるんですよね?!」

「……吾輩はその権限があるほど神格が高くはない。……オーディン様レベルであれば可能だったかもしれんが、オーディン様はラグナロクで命を落としてしまわれたしな」

「そ、そんなあ……」

「……安心しろ」


 兜の下にある顔が笑う。


「……汝の活躍は吾輩が報告しておいてやろう。……ゼロストの評価が少しでも変わるといいのだがな」

「ふああぁ。この世界に来る前にゼロスト様が言っていたことなんだけど」


 タイガが眠そうに欠伸をする。


「あの怠け者のセレンがここまで献身的になったのが信じられない、ってさ。天界での評価は結構高いみたいだよ?」

「あっ、ありがとうございます皆さん!!」

「ありがとうも何も、君の努力と結果が引き寄せたものだろう?もっと胸を張りなよ」

「……それでは、早速行ってくるとしようではないか」


 全身を不思議な光に包まれたまま飛翔するヴィーザルを五人で静かに見送る。

 その間も終始見えないキーボードを叩くカタカタという音が聞こえていたため、環境音は静かではなかったが。



 その後、絵理華の意見はヴィーザルを介してゼロストに伝わり、天候や生死者数の管理権は天界へと移行した。

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