第33話:グリフォンたちに名前を付けてあげよう!
餌やり担当のテュールを筆頭にして、絵理華・セレン・ルナティが展示スペースの清掃や餌付けへと一緒に向かう。
「やっほー。グリフォンとヒポグリフたち!かわいいかわいいルナティちゃんが餌をあげに来たぞっ☆」
風属性の魔法でぷかぷかと浮かぶ飼料が入った木箱を見たからなのか、それともルナティに本当に気があるからなのかは定かではないが、鷲の頭が一斉にこちらに向けられた。
「ヒポグリフって鷲の上半身と馬の下半身を持つモンスターだよね?主食は何になるんだろ?」
「昨日テュールが与えた時には、これを喜んで食べていましたな」
左手の上で林檎が赤々と光る。
「馬としての特徴を持っているからなのか、木の実や野菜類・穀物類なら問題なく食べるみたいですぞ」
「やっぱりあれなのかな?お母さんが馬だからなのかな?」
肉食の猛禽類と草食の馬としての特徴が合わさっているということか。
「じ、じゃあ、鷲の上半身とライオンの下半身を持つグリフォンは、肉しか食べないってことですか……?」
「元々馬が大好物だからね。当然そうなるんじゃない?」
スマートフォンを操作して調べてみる。
「えっと……、鷲の種類によって好みが違うみたいだけど、哺乳類や鳥類などの動物の死骸・魚・小動物・両生類。食物連鎖の頂点っていうのもあって、いろんなものを食べるみたいだね。兎と蛇が好物だって」
「さっきから熱烈な視線を感じるのはそういうこと?!」
初めて遭遇した時に意気揚々と襲い掛かって来たのも、熱い視線が送られてくるのも、もしかして餌として見られているから?
身体の震えが止まらなくなる兎型獣人。
絵理華がいた世界では蛇の餌用などに冷凍鼠などがペットショップで売られていたりするものだが、中世並みの生活水準であるならば冷凍設備があるわけなどなく、勿論ペットショップなるものも存在しない。
「であれば、魚の類なら問題なく食べるでありましょうな」
グリフォンたちの餌用にハツカネズミなどを育てる手もあるのだが、生餌を与えるのは心が痛む。取り寄せた魚は保存用に塩漬けされているので、水属性の魔法で綺麗に洗い流してから与えてみる。
「おっ。問題なく食べるね。とりあえずは魚を与えておけば良さそうかな?」
小動物を与えられるのが理想だが、毎日となると条件は厳しい。しばらくの間は魚で我慢してもらうことにする。
「そういえば絵理華さん。グリフォンとヒポグリフに名前を付けてないですよね?名前を付けてあげては如何ですか?」
セレンのスキル獲得にギルド案内所への登録、初めての依頼、ルナティとの出逢い、そしてグリフォンとヒポグリフの【テイム】。
一日でイベント目白押しだったのと慣れないことをしたというのもあって、その日は帰ってからすぐに寝てしまった。
まだグリフォンとヒポグリフには名前を付けていないので、折角ならいい名前を付けてあげたい。
「そうだね。どんな名前にしょうか…………?」
「日本だと、きなこ、みたいな感じで色と食べ物から連想した名付け方もありますよね!」
改めてグリフォンを見る。
金色の毛並みをした鷲部分の上半身と、白い体毛をしたライオンの下半身。外見から名前を付けるなら「きなこもち」といったところだが、古くから王家の紋章に使用される権威の象徴としての側面があるモンスターに「きなこもち」は、あまりにも似合わない名前だ。そもそもこの世界には黄な粉餅は存在しないのが最大の欠点か。自分のネーミングセンスのなさに心が折れそうになる。
「……純粋にレオン、とかでいいのかなあ?何かそれも安直なような気がして、あんまり気が乗らないんだよね」
「フィーリングって大事ですけど、それだとライオンの部分しか名前が反映されていないような気がします」
こんな時、スマートフォンがあって本当に良かったと思う。ヒントを探すべく和英辞典を呼び出して調べる。
「鷲は英語で「eagle」で、ライオンはそのまま「lion」なのね。……じゃあ、「eagle」と「lion」を合体させて「eaglion」なんてどうかな?」
「鷲とライオンが合わさっていることが分かりやすい、いい名前だと思います!」
「よし、じゃあイグリオンにしよう!」
そう決定すると、喜びを表すかのように高い声を挙げて鳴いた。
「それじゃあ、あとはヒポグリフ四体ですね」
「はいはーい。ルナティちゃんが考えましたー」
ぴょんぴょんとウサ耳を揺らしながら手を挙げる。
「ジョン・ジョージ・ジェーン・ピエールなんてどうでしょう?!」
「見事に太郎と花子を外国語にした名前ですね!?」
低い声を挙げてヒポグリフたちからはブーイングの嵐。猛禽類の瞳が射殺すようにルナティに向けられる。
「怖いって!ルナティちゃんは美味しくないってば!!」
「うーん。さっきと同じ要領で名付けるのも難しそうだし、どうしたものかね?」
「人間界の王の名前から取るという手はどうだろうか?」
テュールが進言する。
「エリカ殿がいた世界では、アレクサンドロス大王から取ってアレクと名付けたり、ずばりそのままヘンリーやチャールズといった、歴史上の皇帝と同じ名前を付ける者もいたそうではないか。王侯貴族の名前から取るという手もあるだろう?」
「なるほど。そうすれば格好いい名前が付けられそうだね!!」
「他にも、その人物の略称から付けるという手もあるぞ。例えばマイケルはマイク、ロバートはボブ、レベッカはベッキーになるからな」
「ボブとかベッキーで全然原型ないよね?!」
「話せば深い理由があるんですよ、絵理華さん」
どうやら、英語の名前を略すのにはそれなりの法則や理由があるらしいのだが、今はあまり関係がなさそうなので後でスマホで調べておくことにする。
他にも調べてみると、英語名でのポールがスペイン語ではパブロになっていたり、英語名でのチャールズがドイツ語ではカールだったりと、言語を変えれば名前の印象が大きく変わるようだ。パブロ=ピカソはポールだったということか。
「…………」
生まれた我が子に名前を付ける親の心境とはこんな感じなのか。
それとも、動物の名前を付けるのに絵理華がこだわりすぎなのか。
タブレット端末の上で指を動かしながら思考を巡らす。
そして、
「ウィリアム・グリエルモ・ヴィルヘルム・ギョーム」
四つの名前を口にする。
「それぞれ、ウィリアムの英語名・イタリア語名・ドイツ語名・フランス語名だよっ!四つ子で全員オスみたいだし、名前に共通性を持たせてみたんだけど、どうかな?」
「ええーっ!だったらルナティちゃんのジョン・ジョージ・ジェーン・ピエールでもいいじゃん!恰好良いよピエール!!」
ルナティが頬を膨らませて抗議するも、ヒポグリフとその親であるグリフォンから挙がったのは、賛成を示すかのような歓声に似た鳴き声だった。