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第20話:モンスターを紹介する看板を作ろう!!

「うーん。どうしたものかねえ……」


 エントランスの広い机に向かって絵理華(えりか)は頭を捻る。

 モンスターたちを紹介するための看板を作成したいのだが、ここは中世ヨーロッパレベルの生活水準の異世界だ。紙を使おうと思ったら高級品の羊皮紙だし、写真なんていう技術は勿論存在しない。


「ねえセレン。伝達のルーンみたいなのはないの?」

「ルーンは全部で24種類ありますが、情報伝達に近い意味を持つルーンは存在しませんね」


 ルミ子が飼育されている場所で自動で水が出る仕組みを『河口のルーン』にエンチャントしたように、ルーンに触れることで情報を読み取れるような仕組みを作りたいと思っていたのだが、


「そもそもの話をしますと、中世ヨーロッパ並みの生活水準となりますと、文字を読めるのは一部の知識層だけですからね。文字で伝えるよりも、何らかの方法で読み上げられると便利かと思います」


 中世ヨーロッパでは文体よりも口語によるやり取りが主流である。

 中世後期になると初等教育を学ぶことができる施設が都市部に誕生したらしいが、そのような施設で教育を学ぶことができたのは一部の富裕層だけだ。やはり、何らかの方法で読み上げることができるのであれば、目に障害を持った人への案内もすることができるので一石二鳥だろう。


「ふふふ。ならばこのテュールにお任せあれ」


 話を聞いていたのか、午後の餌やりから帰ってきた隻腕の軍神が左手で木製の玄関扉を開けると、絵理華の前でどっしりと構える。


「実はルーンの中には『テュールのルーン』というものがあってだな、テュールは『テュールのルーン』が刻まれた物体を自由に動かすことができるのだ!」

「随分とピンポイントなルーンだね?!」


 北欧神話の原典の一つ、『古エッダ』の「シグルドリーヴァの言葉」には、軍神テュールを表す『テュールのルーン』を刻んで祈れば戦争に勝利すると記載されている。

 テュールはルーンを編み出したゲルマン民族たちの間で古くから軍神として崇められていたため、当然と言えば当然なのかもしれない。


「音声を読み上げる魔法には風属性に『スピーチ』という魔法がありますので、『スピーチ』で録音した音声を『テュールのルーン』にエンチャントすれば問題ないですね!」

「でもそれだと、絵とかを使って表現できないのが残念だよね」

「そこもお任せあれ!」


 左腕で胸を叩く。


「光属性の魔法に『サイキック=エクスプレッション』という魔法がありましてだな、それを使えば自分の思い描いたものを虚像に変換して再現できるのだ」

「つまり、動物の説明を読み上げた音声を『スピーチ』に録音、動物の画像を『サイキック=エクスプレッション』で映し出せるようにして、これらの魔法を『テュールのルーン』にエンチャントすればいいってことですね!」

「確か、一つのルーンには一つの魔法しかエンチャントできないんだよね?だったら、『テュールのルーン』を二つ刻めばいいのかな?」


 ルーンは結構自由で、紙に筆記具で書いてもその形に掘ってもいいのだが、見物客に悪戯されてルーンとしての効果を失う状況は何とか避けたいため、岩に彫り込むのが確実で安全だろう。イメージとしては、その動物の展示スペースの近くに看板のように岩塊を設置し、そこにルーンを刻む感じか。


「さて後は、『スピーチ』に誰の声を吹き込むかですね……」


 それぞれがそれぞれの顔色を窺う。


 男性の声は信頼性や説得力のある声、女性の声は聞き取りやすい声だと言われている。野球会場などで行われる音声案内や留守番電話のメッセージ、カーナビなどに女性の声が使われるのは、説得力がある低い男性の声よりも、聞き取りやすさを重視しているからだ。


「どの性別のどの年齢を客層に想定するかにもよるけど、お二人のどちらかが声を吹き込んだ方が聞き取りやすいのではないだろうか?」

「だってさセレン」

「だそうですよ絵理華さん」

「…………」

「…………」


 二人で顔を見合わせる。


「……私はスマートフォンで調べながら原稿を作るから、それをセレンに読んでほしいんだけどな」

「わたしよりも絵理華さんの声の方が聞き取りやすくて綺麗ですよ!絵理華さんが読むべきですっ!!」

「それだと自分で考えた原稿を自分で読むことになるよね?」

「その方が読みやすくていいんじゃありませんか?」

「こんな所で喧嘩するなよ……」


 山羊料理を研究中な関係上、牛刀を握ったままガルシャがこちらに歩いてくる。


「こうなったらコイントスで決めるってのはどうだ?表が出たらエリカ、裏が出たらセレン。これで平等だろ?」

「そうしようか」

「そうしましょう」


 じっ。

 所持金ゼロの二人の視線が巻き毛の英雄に向けられると、


「……はいはい。仕方がねぇな」


 1ルーロ銅貨が机の上に置かれる。


「言っておきますが絵理華さん!10円玉みたいに「残念!「10」って書かれた方が裏なので、表と見せかけて裏でしたー」っていう後付けはナシですからね?!!」

「最初からその気だよ!「1L(ルーロ)」って掘られた方が表、このおっさん(セトレイ王国の初代国王)が掘られた方が裏でいいね?」

「異論ありません!!」


 キンッ――。


 親指で弾かれたコインが回転しながら宙を舞い、窓から差し込む陽光を反射して眩しく光る。

 結果は表か裏か。


 机の上で二転三転したコインが軽快な音を鳴らし、やがて静止する。


 コインが指し示したのは――。


「裏だね」


 セトレイ王国の初代国王の顔が掘られた面だった。


「……………………知ってますか絵理華さん」


 金髪の女神が非常に言い難そうに言葉を絞り出す。


「10円玉は平等院鳳凰堂が描かれた方が表で、「10」と書かれた方が裏なんですよ…………?」

「知ってる?セレン?」


 往生際悪く言い訳をしてくると思った。スマートフォンで造幣局の公式ホームページを開きながら、絵理華は即座に反論する。


「日本で使われている硬貨の中で5円玉だけ、「五円」と書いてある方が表なんだよ?数字が表側になっている硬貨も存在するからね?」

「ぐっ!!でっ、でも!現行法令では貨幣の表裏を決定する法律は存在しないみたいですよ?!」

「だから最初に私が決めたよね?「1L」って掘られた方が表で、おっさんが掘られた方が裏って」

「ぐぐぐっ!!」


 いよいよ言い逃れはできないようだ。セレンが苦しそうに顔を歪める。


「……見苦しいぜ嬢ちゃん。腹を括りな」

「……仕方ありませんね」

「あんまりそういう態度を取ってると、北欧神話の神様にお願いしてゼロスト様に報告に行かせちゃうよ?「難癖付けて責務をサボろうとしてました」って」

「ひいいっ!卑怯ですよ絵理華さんっ!!分かりましたよ!わたしがやります!要は、皆さんがうっとりしちゃうくらい綺麗で美しい声で音読すればいいってことですよね!?」


 ぐっ、と拳を握ると、やっと諦めて声高々に宣言した。


「わたしだって女神です!これくらいのことはやって見せますよ!!」



 こうして、セレンの声を『スピーチ』で録音、『サイキック=エクスプレッション』で動物たちの画像を作成し、土属性の魔法で作った岩塊に刻んだ『テュールのルーン』にエンチャント。テュールの意志で自由にオンオフが可能となった自動音声案内装置が完成したのだった。

 作中に登場するルーンは全て、かつてゲルマン民族が用いていたとされる実在するルーンです。


 第10話に登場した【河口のルーン】は「F」の横棒を斜めに下げたような形・【不足のルーン】は「十」の横棒を斜めに下げたような形・【テュールのルーン】は「↑」の形となっていて、それぞれアルファベットでは「a」・「n」・「t」に対応するそうです。

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