3話(3)
忙しない足音と怒声が行き交う。
ギヤカニ国の治安を守るギヤカニ自警隊。隊員たちが待機する事務所はにわかに色めき立っていた。
ラゴースの暴走によるものだ。異貌の大男が起こした戦闘および破壊行為の後始末など諸々の対応に自警隊たちは追われていた。そんな屈強な男たちの野太く苛立たしげな声を、アーチは扉一枚隔てた場所から聞いていた。
自警隊員達が集う事務所。その応接室にアーチたちは通されていた。ソファに座るアーチの表情は緊張と反省で強張っている。正面には隊員たちを率いていた女性が睨みを利かせて座っていた。
「……で、突然襲われたと」
「は、はい……」
女性の切れ長の目がアーチを射すくめる。アーチはすっかり萎縮してしまっていた。
こんなことをしている暇はないのに。
魔族の復活まで時間がないのに。
こともあろうに違反行為で捕まってしまうなんて。父親に叱られても反省らしい反省をしてこなかったアーチは、初めて自省の念に駆られていた。
消え入りそうなほど縮こまるアーチ。隣に座るミョウザとパラァもこれからの自身の処遇に思いを巡らせ不安そうにしていた。
すると厳しい表情を浮かべていた女性がふうと息を吐き、柔らかな笑みを浮かべた。
「名乗るのが遅れたな。私はギヤカニ自警隊西部部隊長のアミュウだ」
「ど、どうも」
「そう固くならなくていい。食堂の店主たちから大方話は聞いている」
「でもあたし、決まりを破っちゃったし……」
「たしかにそうだが、今日のところはまあ……厳重注意といったところか」
「じゃあ、おれたち捕まったりは」
「事情が事情だからな」
「ほんとに!? 良かったぁ~」
投獄されるわけではないとわかり、アーチは座っていたソファの背もたれに寄りかかり体を弛緩させた。
緊迫していた空気が解けたところでドアがノックされた。女性が入れと言うと隊員の男が入室した。
「アミュウ隊長、さきほどの件の確認が取れました」
「ご苦労。それでどうだった」
「あたり一帯を探してみましたが、それらしきものは血の跡ひとつたりとも見当たりませんでした」
「そうか。わかった」
報告を終えた隊員が一礼をして退室する。アーチは隊長と呼ばれた女性──アミュウに尋ねる。
「今のは?」
「ラゴースを連行する際に、奴が妙なことを言っていたのだ」
「妙なこと?」
「西門近くの森に死体がある、と」
「死体!?」
「しかもそれは、君たちよって殺されたものだ、とも言っていた」
「待ってよ、あたしたちそんなの知らない!」
「落ち着けアーチ。さっき隊員の人が見当たらなかったって言ってただろ」
「あ、そっか」
「つまり死体はなかったってことですよね?」
「彼らが捜索した限りでは、そのようだな」
「それにわたしたちが来たのは南門からよね? 西門のほうには行ってないわよ」
「たしかに~」
「門番の人に確認してもらえればわかると思います」
「確認しておこう。ところで君たちはどうしてこの国に? こう言っては失礼かもしれないが、冒険者というにはいささか変わった取り合わせに見えるが」
年端も行かない少年にフェアリー族の少女、そしてほぼ半裸のビキニアーマー姿の女。怪しさと奇妙さではアーチたちも負けてはいない。アミュウの疑問は尤もだった。
「あたしたちは、ちょっと事情があって薬屋のメイヒェンさんのところに」
「事情とは?」
アーチは魔族の復活について説明した。
話を聞き終えたアミュウは顎に手を添えて眉をひそめた。
「魔族が復活する……? にわかには信じられないが。それが事実なのだとすれば、ラゴースは魔族が仕向けた刺客ということなのか?」
「あたしもそう思ったんだけど、魔族のことは知らない感じだった」
「知ってて誤魔化したってことなんじゃないの?」
「そんな必要があるか? 殺そうとしてる相手に嘘を吐いてなんになるんだ?」
「それもそうね……」
「たしかに不可解な点は多い。だが今回の件は我々からすればむしろ僥倖だったとも言える」
「どういう意味?」
アーチとしては僥倖という言葉の意味がわからずに聞き返したのだが、アミュウはそうは捉えなかった。
「ラゴースがこの国に出入りするようになってから一年ほど経つが、自警隊は兼ねてからラゴースを危険視していたのだ。そのため身柄を拘束する口実ができたのは好都合だった。巻き込まれた君たちは災難だったと思うが」
「前から問題起こしてたの?」
「いや、奴は魔獣討伐や盗賊の殲滅などの荒くれ仕事を主にこなしているらしいが、一般人に直接危害を加えたことはこれまでなかった」
「じゃあどうして」
「君たちも目の当たりにしただろう。あいつの凶悪な力を」
「あれってなんなんですか? ドラゴンに変身するマジェットがあるとか?」
ミョウザの問いにアミュウは「そうではない」と首を横に振った。
「奴はドラゴン族の血を引いている。半分だがな」
「ドラゴン族の!?」
最も驚きの反応を見せたのはミョウザだった。
「厳密には『そうらしい』と言うべきか。私は本人から聞いたわけではないのでな」
「半分ってことは人族とドラゴン族の間に生まれたってことよね?」
「そーゆーのってあり得るの?」
「いや、普通はあり得ないって!」
「加えてあの風貌とあの力だ。住人たちは奴のことを恐れている。奴を国外へ追い出すことができれば、みなも少しは安心するだろう」
アミュウの言葉に悪意はなく純粋に国の民のことを思っての発言だった。しかしアーチには違和感があった。
みんなラゴースのことを恐がっていた?
たしかにその一面もあるだろう。けれどもアーチがあの食堂で感じたのは、恐怖よりも少し質が異なるもの。
自分たちとは違うものを嘲る、差別的で陰湿な空気だった。
あのときの客と店主の嘲笑を思い出して、アーチの胸中に何かもやもやしたものが沸き上がってきた。
「てか、ラゴースは今どこにいんの?」
「ここの地下の牢屋に閉じ込めてある。今は不気味なほどに大人しくしている」
「会ってもいい?」
突然の申し出にミョウザがぎょっとした。
「お、おい、どういうつもりだよアーチ」
「だって結局なんにもわかってないじゃん。本人と話したほうが早いっしょ」
「いやでもなぁ……」
「こちらとしては構わない。念のため見張りの者を付けさせてもらうが」
「それで大丈夫」
アミュウが呼んだ隊員に案内され、アーチたちは地下へ続く階段を下りていく。
事務所の地下は石壁に覆われていて、無機質で冷ややかな空気がアーチの肌を撫でていく。
一直線に伸びる通路の両側にはいくつかの牢屋が並んでいる。そのうちの右側一番奥の牢屋に、ラゴースは収容されていた。
冷たい石床に座すラゴース。両腕をうしろで縛られた状態で沈黙している。やってきたアーチたちに気付くと、黄金色の眼が一行を捉えた。
「何をしに来た」
硬質な地下に低音の声が響く。アーチを襲ったときの気迫こそないものの、拘束されてもなおラゴースには近寄りがたい威圧感があった。けれどもアーチだけは気圧されることなくあっけらかんとしていた。
「人のこと殺そうとしといてその言い方はないんじゃない?」
「それもそうだな」
ラゴースは申し訳なさそうにするわけでもなく無感動にそう告げた。アーチは聞き分けのない子供の世話をしているような溜め息を吐いた。
「ねぇ、ドラゴンと人間の間に生まれたってほんと?」
藪から棒かつどストレートに問うアーチ。ラゴースはそれに対しても特に感情が動いた様子はなかった。
「そうだがそれがどうした。紛い物の俺を笑いに来たのか?」
「べつに、ただ訊いてみただけ。そんなことはどうでもよくて、ラゴース……だっけ? あんた本当に魔族とは関係ないんだよね?」
「そんなものは知らない」
「じゃあ教えてよ。あたしを殺そうとした理由を」
「こっちも訊きたい。お前こそ、本当に何も知らないのだな?」
「だからそう言ってんじゃん」
アーチの返答にラゴースは「そうか」と呟き、しばしの沈黙の後に再び口を開いた。
「俺は頼まれたんだ」
「頼まれた? 誰に?」
「女だ。そいつは旅芸人だといっていた」
ラゴースは虚空を見詰めて語り始める。その目には過去の情景が思い起こされているのだろう。
「今朝のことだ──」
ラゴースは魔獣討伐の依頼を終えてギヤカニ国に戻ろうとしていた。そのとき森の木の陰から人が飛び出してきて、酷く怯えた様子でラゴースに縋りついてきた。その人物はローブを纏っていて顔ははっきりと見えなかったが、声で女だとわかった。
女は泣きながらラゴースに言った。
──家族が殺されたんです!
ラゴースは女に連れられ森の中へ行くと、そこには無惨に切り刻まれた死体が三つ打ち捨てられていた。かなり凶暴な魔獣に襲われたのだと、そのときのラゴースは思った。
殺されたのは女の父親と母親と弟。彼女たちは旅芸人を生業にしている一家で、ギヤカニ国に訪れようとしていたところを突如襲撃されたのだという。
辛くもひとりだけ逃げることができた女は、襲撃者たちの姿を見ていた。
旅芸人一家を襲ったのは三人組。フェアリー族の少女と人族の少年、そして主犯格の女。その女は極端に露出度の高い、青色の奇妙な鎧を着ていたらしい。その後三人組は凶行を終えると何事もなかったようにギヤカニ国に入国していったという。今ならギヤカニ国にいることは間違いない。
生き残りの女はラゴースに告げた。
家族の敵を討ってほしいと。
あの三人を殺して欲しい、と。
ラゴースはその頼みを引き受けることにした。
「……それであたしを殺そうとしたってわけ?」
「そうだ」
話し終えたラゴースの顔は真剣そのもので、作り話で言い逃れしようという姑息さは見受けられなかった。だが当然アーチたちには全く身に覚えがなかった。
「なるほどねぇ。理由はわかったけど……」
「こんなのデタラメに決まってるだろ」
「事実だ。少なくともあの家族を殺した何者かがいるはずだ」
「そのことなんだけど」
アーチが目配せすると、見張り役の隊員が頷く。
「残念だが、こちらが捜索した限りでは貴様の言っていたような死体は発見されなかった」
「そんなはずはない。本当に調べたのか?」
「報告によれば十数人の隊員達で西門周辺を隈なく探したが、血の跡ひとつ見当たらなかったそうだ」
「馬鹿な……あれだけ悲惨な状態の死体がすぐになくなるわけが」
これまで淡々と語っていたラゴースに動揺が見えた。自身が見聞きした体験ともたらされた情報の乖離。理解の及ばぬ事態に獄中の大男は黙って考え込んでしまった。
すると見張りの隊員が大きな溜息を吐いた。
「さっさと白状したらどうだ」
「なんだと?」
「暴れたかっただけなんだろ? そんなあからさまな嘘まで吐いて」
「嘘ではない」
見張りの隊員はふんと鼻を鳴らし笑った。その目には露骨な嘲りと侮蔑が滲んでいた。これまで余程鬱憤を募らせていたのか、隊員は堰を切ったように言葉を吐き出し始める。
「みんな迷惑してたんだよ。半ドラだかなんだが知らないがお前みたいな不気味なやつがいるとこの国の空気が悪くなるんだよ。さっさといなくなってくれりゃいいものを何年も居座りやがって。この国にお前の居場所はないんだよ。このまま一生牢屋にいるか、すぐにこの国から出て行」
「うっさい!」
怒号が響く。アーチが隊員を怒りと軽蔑の形相で睨みつけていた。想定外の反応だったのか、隊員はアーチの剣幕に気圧されたじろいだ。
「な、なんだよ」
「なんでそんなこと言えんの? 別にあんたが直接何かされたわけじゃないっしょ? わざわざ酷いこと言う必要なくない?」
溜め込んでいたものがあったのはアーチも同じだった。ラゴースが食堂に現れたあのときから、ラゴースに対する周囲の人々の態度がアーチはずと気に入らなかった。多少見た目が変わっているからとか、生まれが特殊だとかそんな理由で煙たがったり迫害したりする心理がアーチには心底理解しがたかった。
「ラゴースを庇うつもりか? 君はそいつに殺されかけたんだろ?」
「そうだけどそうじゃなくてっ!」
「ちょ、アーチ落ち着けって」
今にも掴みかかりそうなアーチをミョウザが止めようとすると、
ドン!
と大きな爆発音と共に地下が揺れた。
「何、今の……?」
「大変だ! すぐに戻れ!」
慌てた様子の隊員が階段を駆け下りてくる。アーチに詰め寄られていた見張り役の隊員が、戸惑いながらもこれ幸いとばかりに地上へと戻って行った。
「あたしたちも行ってみよう! ごめん、話はまたあとで!」
物々しい空気を感じ取りアーチもあとを追う。去り際にラゴースを一瞥すると、獄中の男は興味がなさそうに瞑目していた。
慌ただしく行き交う隊員たちの流れに乗って外へ出ると、青空を侵食するかのように真っ黒な煙が上がっているのが見えた。
「どうなっている!」
先に外に出ていたアミュウが怒声を上げる。
「わかりません! どこかで爆発があったとしか……」
「そんなのは見ればわかる! 被害は! 原因は! 早急に対応に当たれ!」
アミュウの指示に方々に散っていく隊員達。
「ねぇアーチ!」
上空に飛んでいたパラァが呼びかける。
「どうしたの?」
「煙が上がってるの……あっちってもしかして」
「あ! メイヒェンさんの店が!」
「嘘!?」
「たしかに薬屋はあの方角だが」
「行こう!」
考える間もなくアーチは駆け出した。
「待て! 君たちはここで待機していろ!」
「ごめん無理! ミョウザ、お願い!」
「お、おう!」
ミョウザはいつもの紙飛行船を飛ばし、それに乗り込んだアーチ達が飛翔する。黒煙を目印に近付いていくと惨状が見えてきた。
建物ひとつが完全に崩壊し、瓦礫の山となっていた。
その瓦礫に紛れて、見覚えのある看板が真っ二つの状態で打ち捨てられていた。
メイヒェンの店の看板だった。
「あたし先に行くから!」
アーチは着陸を待たずに紙飛行船から飛び降りた。
「ちょ、アーチ!?」
普通なら怪我をする高さだったが、ビキニアーマーによる肉体強化のお陰で軽やかに着地する。そのまま瓦礫の山に駆け寄っていく。
「メイヒェンさん!」
メイヒェンはすぐに見つかった──瓦礫の下に。メイヒェンの胸から下が瓦礫に埋もれていた。傍らには助手のウィヅィンがしゃがみ込んでいた。
「アーチか。面倒なことになったぞ」
「見りゃわかるって!」
「ああどうしましょう……メイヒェンさんしっかり!」
ウィヅィンが瓦礫に手を掛け瓦礫をどかそうとするが、女性の細腕ではびくともしなかった。
「あたしも手伝う」
アーチが瓦礫に手を掛けたそのとき、
「よお、また会ったなぁ」
聞き覚えのある粗野な声がした。
崩壊した薬屋の隣の建物の屋根。そこに下卑たニヤケ顔の男が立っていた。
「あんたは……」
浅黒い肌に金色の髪。筋肉質の肉体をこれ見よがしに露わにする半裸姿。先日アーチの故郷を襲った男──ヴァンテラがそこにいた。
「アーチ! メイヒェンさんは」
ミョウザとパラァが遅れてやって来る。ミョウザが瓦礫の上の男に気付くと「なんだあいつ」と訝しげにつぶやいた。
「魔族の仲間だよ」
「あ、あれが……」
初めて目の当たりにする敵の姿に、ミョウザの顔に緊張感が走る。
「会えて嬉しいぜアーチ」
「あっそ」
「でも悪いな。今日はお前とヤってる暇はねぇんだ」
ヴァンテラが舞台役者のように仰々しく腕を広げる。その右手には宝箱が掲げられていた。
「あんたが持ってるの、それ!」
「この箱ん中に封印に必要なもんが入ってるんだろ? つまりこれがなければもうオレたちを止められね
ぇってわけだ」
「なんでそのことを……」
「これは貰ってくぜ」
ヴァンテラは宝箱を真上に放り投げた。すかさず笛型マジェット〈ピールーヒュー〉を吹くと、どこからともなく大きな鳥型魔獣が飛来し空中の宝箱をくちばしに咥えた。
「ヤバッ! 取り返さないと!」
アーチが〈ヴァーエイル〉を鞘から引き抜く。
「〈符律句〉第三の相──」
「アーチうしろだっ!」
攻撃をしかけようとした瞬間ミョウザが叫ぶ。即座に反応したアーチが反転。
赤い槍のようなものが目の前まで迫って来ていた。
アーチは反射的に剣を振るう。弾かれた赤色の槍は粉々に砕けた。
「今日の相手はオレじゃなくてそいつだ」
ヴァンテラがアーチの背後から告げる。
アーチたちは顔を上に向けた。槍は真後ろではなく斜め上から放たれていたからだ。つまり上空から攻撃してきた何者かがいる。襲撃者の姿を一行が捉える。
驚愕に目を見開いたのはパラァだった。
「もしかして……」
その人物は空中に悠然と佇んでいた。
灰色の髪に赤い瞳。
背中から生えるのは赤黒く禍々しい形をした、結晶の翅。
パラァと同じ、フェアリー族の少年。
「ピポイ!」
そこにいたのは失踪したパラァの兄──ピポイだった。




