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32:魔なる盗賊の王(5)

「っ!? な、なんだ……!?」


「くっ……失敗した……!? もう一度……!!」


ラーギラは再び純源子を吸収し、虹色の光を纏った姿となった。

そして再度、結晶を纏った姿へとなろうとした。


『コピー、こぴ、スキル、ドレイ、ン、でき、できま、できまし……』


「なんだ、なんだよ……どうしたんだ。僕の能力は……?」


「そ、それもお前の能力なのか……? その後ろのものは……?」


「後ろの、もの……?」


俺が言うと、ラーギラは振り返って自分の背後を見た。

そしてそこにあった自分の影を見た。

ただ彼の影は、いつものような平坦なものではなく―――姿をそっくり真似たものになっていた。

まるでラーギラから色を抜いて白黒にしただけのような、奇妙な姿の影だ。


「な、なんだ、これ……? 純源子の力で僕の影の力も強化されたのか?」


(違う……! あれは何か、今までと違うものだ。あれは、ヤバイ……!)


俺はその異様さもさる事ながら、強力な威圧感を感じていた。

背中に寒気が走り、恐怖で心が押し潰されそうになっていた。

人食いの猛獣を駆除する任務に駆り出された事もあったが、それと同質の恐ろしさがした。

僅かに後ずさりすると、声が聞こえてきた。


―――けが……な


「ん……?」


―――……う、な


―――軽んじる、な


一瞬、幻聴が聞こえたのかと思ったが、それは段々と強くなっていく。

声はラーギラの具現化した影の方から聞こえてくるような気がした。


『取るな。盗むな。汚すな。奪うな……こちらへと、来るな……来るな。冒すな。侵食するな』


「なんだ、この声は……!?」


「声だって? 何言ってんだお前。死を前にして、ついに頭がおかしくなったのか?」


声が聞こえるのは間違いなかった。

ただ、その正体が何なのかが全く分からない。

ラーギラには聞こえていないようだったが……。


「トドメを刺してやる。そして完全な力を、僕に寄越せぇっ!!」


ラーギラがこちらへと向かって来ようとした時―――影の目がラーギラへと向いた。

そして次の瞬間、影がラーギラへと手を伸ばし、その胸を貫いた。

ラーギラには一瞬、理解が出来なかったようだった。


「なっ……えっ……!?」


影はそのままラーギラの前方へと回った。

そしてラーギラへと抱きつくようにして、彼と一体化した。

溶け合って、と言った方がいいかもしれない。

液体同士を混ぜ合わせたように、ラーギラの形が崩れ、影の形も崩れていく。

ラーギラは身体が壊れないよう、必死に抵抗していたが、あまり意味は無かった。

やがて、影が身体を操縦する権利を得たのか、周囲の結晶を掌の上へとあつめていく。

少しずつ、雪の結晶が集まって大きな雪玉となるように、純源子の結晶は巨大なクリスタルの塊のようになった。

ニュクスの身体から出たものも含まれているようで、ラーギラの身長をゆうに4~5倍は越えているサイズだった。

それを作り出すと、影は動きを止めラーギラへと身体の操縦権を明け渡した。


「やった……ついに、出来たぞ……完全なる能力が……! これを吸収さえすれば、僕は……!!」


「ラーギラ! 止めろ! 身体をよく見ろ!! 変形しかかってる! 戻れなくなるぞ!!」


ニュクスは腕を構えながら、ラーギラに向かって言った。

そして彼は自分の身体を見た。

既に半分、崩れかけているおのれの身体を。

四肢は捻じ曲がり、身体は歪な方向へと曲がり、今にも恐ろしい事が起きそうな姿を。

だが―――ラーギラはその声に耳を貸すことなく、そのまま上空へと昇っていく。


「ふん、負け惜しみを……待っていろ。お前の身体に残っている、最後の能力と経験、も……殺して、奪い取って……やる……!」


「ラーギラ、止めるんだッ!!」


俺も空へと飛びあがり、そのままラーギラを追った。

このままでは恐ろしい事になる。それを止めなければ、と。

そしてそれは既に手遅れである事を確信しながらも、追いかけた。

魔弾を放ち、結晶を落とさせようとしたが、シールドによって全てが防がれてしまう。

俺は遠隔での攻撃を諦め、空中で小さな爆発を起こし、その勢いを使ってラーギラへと向かった。

直接結晶を奪い取らなければ、阻止できない。


―――なんで、そんなに必死になるんだ。


(……!!)


―――なんで、僕みたいな奴に……手を伸ばして、くれるんだ……。


近づきながら、俺は再度聞こえた声で、先ほどまでの声の主が何かを知った。

あれは影から出たものであり、同時にラーギラの魂そのものであったものからの声だったのだと。

ラーギラが抱えていた虚無と絶望の心の声。それが、純源子の力によって具現化してしまったのが、先ほどのものだったのだろう、と。


「ぼくは……こんど、こそ……手に入れるんだ……この、手に……成功と、ゆ、め……と……なかま、と、希望……を……ぼくは……」


「ラーギラァッ!!」


自分の伸ばした手は、彼に届くことなく。

ラーギラは爆発した自分の黒い影に飲まれ、消えた。



「う、うう……ラーギラ、は……?」


空中から落ちて地面に叩きつけられ、僅かな間気を失っていた。

だが、すぐに目を覚ますと俺は起き上がった。

そして空を見た。

そこには―――黒いものがあった。

夜の空ではない。ただただ真っ黒な何か。


「あれが……ラーギラか」


影が空を覆っていた。

その中央にはラーギラの形をした白い穴がぽっかりと開いている。

そしてその下には、うごめく中年男性のような顔があった。

恐らくは、際限なく増幅されたラーギラの絶望が具現化したものなのだろう。

底の見えない巨大さを感じた。

自分の力をもってしても、あれを倒せるのだろうか? と。


(……とてつもなく、巨大だ)


ラーギラを救う事は出来なかった。

彼自身、もう取り返しのつかない事をしているのだとわかっていたのだろう。

だから突き進み、最後に自分自身の力そのものに飲み込まれてしまった。

あのように自滅する事を、もしかすると望んでいたのかもしれない。

だがそれでも、救う事が出来たのではなかったのか、と無力感を感じた。


「ボクの、モノダ……ナニモ、カモ。ボクノ……!!」


街を覆うように濃くなっていく影と、空から聞こえた欲望の声を聞いて、俺は我に返った。

ラーギラを、止めなければならない、と。

そう感じた時、自然と身体は空へと飛び上がっていた。


「……すまない、ラーギラ。お前を……助けることは出来なかった。だが、せめて―――これ以上の悲劇は、止めさせてもらう……! お前自身のためにもッ!!」


巨大な影の魔王と化したラーギラを討つべく、空へと飛びあがる。

そして魔弾を連射するが、全く効果が無い。

まるで本当に空へと攻撃を放っているかのように、何もない空間へと攻撃は吸い込まれていく。


「くっ……! き、効かねぇのか……!?」


「オマエモ、ボクをヒテイする、ノカ……! オマエモ、オナジ、だっ!!」


黒い虚空が一際濃くなると、それは拳のような形になった。

そしてそのまま、自分へと迫ってきた。

さしずめ、漆黒のストレートパンチという所か。


「ぐおっ!!」


闇が凝縮されたそれは、恐ろしく硬く鋼鉄のようで、まるで闇の巨人に殴りつけられたような衝撃が走った。俺はそのまま地面へと叩きつけられ、更に現れた巨大な闇の腕に押しつぶされ、地面へと埋められた。

何度目かわからない地上への復帰をすると、空からは笑い声が響いていた。


「アハハハ!! ツイニボクは、テニイレタ!! ナニモツイテコレナイ、ボクダケノ、キュウキョクの、チカラをッ!! コノセカイハ、ボクのモノダッ!! ナニモカモ、ボクノオモイドオリダッ!!」


「ラーギラ……」


「ボクはコレデ、ホントウノナカマを、ホントウノキボウをテニイレルンだッ!! モウ、アノゴミクズドモトハ、オサラバダッ!! ココカラガ、ボクノ、ホントウノモノガタリナンダッ!!」


あの影の魔王は、ラーギラの心の声だ。

内に秘めていた希望を求める心が、影となりアイツの力となっていた。

でもあいつに課せられた運命は過酷過ぎた。

だからこそ、壊れてしまったのだろう。

俺はあいつを最初、憎んでいたが、今は違った。

本当の意味で助けてやりたい、と心から思った。


(ラーギラにできたなら、俺にも出来るはずだ……)


俺は全身に力を込め、身体に秘められた純源子の力を最大限に開放した。

身体がどうなっても構わない。あいつを倒して、皆を救えるのなら。

ラーギラ自身にこれ以上、何かを壊させない為に、俺は持てる限りの力を開放した。

身体から眩い光が放出されていく。

ラーギラが持っていたのは、万色が混ざりあう虹の光だったが、自分のものは違っていた。

それぞれが青、赤、緑。そしてそれぞれが組み合わさった紫、黄、マゼンタ、黒。

ハッキリと異なる原色が寄り添うようにして、虹の輝きを生み出していた。

身体の表面に現れた結晶も、同じようにそれぞれがハッキリと分かれた色をしていた。


「これが……俺の本当の力……」


同時に、ラーギラが言っていた言葉で思いついたことがあった。

自分は純源子の力をマナ、エナジー、エーテルの三つに分けてそのうちのマナを主体として使っている。

ならば、変換を行わないように純粋なままで撃ち出せば、今よりも遥かに強力なものが使えるのではないか。

そう考えた時、自然と新しい魔法を口にしていた。


純魔弾ニノル・マジックボルト!!」


今までとは違う、虹の輝きを帯びた魔弾が闇の中へと吸い込まれていく。

しかしそれは一つずつが大きな爆発を起こし、闇の身体を大きく揺らした。


「ガアアアア!!」


(今度は効いたッ!!)


空へと飛びあがり、空中からなるべく中心部へと向かって、ひたすらに撃ち込んでいく。

自分のありったけの力を、残っている全てのエネルギーを注ぎ込むように。

魔法を発動させる度、膨大なエネルギーの放出が起き、その度に身体を結晶が覆っていくように思えた。


「おおおおおっ!!」


「ヤメロ、ヤメロォォォッッ!!」


ラーギラの中心部から漆黒のブレスが放たれた。

まるで黒い雷のようなそれは、地面や建物へと当たると、それを黒く塗りつぶした。

そして色が押し潰されるように消えた後、粉のようになって消えた。

それがこちらにも向かってくる。


「ぐああああっ!!」


純源子の防壁で、かろうじて防いだものの、体中に黒い何かがこびりついた。

針のように身体へと突き刺さり、肉体を侵食していく。

俺は魔力の放出で、それを弾き飛ばした。


「くそっ……! 強い……!」


先ほどのこちらからの攻撃で、影のカーテンはある程度打ち消したように見えた。

だが、あっという間に影は消えた部分を覆い、再生していく。


(その上、再生能力もまだある。それも相当に早い……)


こちらの純源子を使った攻撃に効果はある。

だが、とても威力が足りない。この夜空全体を覆うような大きさのラーギラを倒すには

最低でも純魔弾の数千倍の力の魔法攻撃が必要だ。


(魔弾頭を使うか……!? いや、多分ダメだ)


魔弾頭を純魔弾頭として放てば、倒せるかもしれない。

しかし、それでもパワーが足りるかが怪しい。

ラーギラとの戦いで自分はかなり消耗してしまっている。

恐らく―――全力で何かできるのは、あと一撃が限界だろう。

中途半端な攻撃では、そこで終わりだ。


(魔弾頭で心細いとなると……最後に残っているのは、一つだけだ)


魔力源子弾の攻撃には、魔弾頭をも超えるものがもう一つだけ存在する。

それを「魔核撃」といった。

魔弾頭の更に数万倍の威力の源子弾を発射し、大陸をも破壊するほどの一撃を放つ、というものだ。

使えるものは限られ、更に使う場合にも特別な承認が必要になる。

まさに世界をも変える一撃といってもいい。

自分は恐らく、今ならすべての源子弾魔法を使うことが出来る。

知識もあるにはあるから、一発だけならばなんとかなる。

そしてラーギラは攻撃を吸収している事と、空中に居る事から攻撃後の被害はそこまで広がらないはずだ。

しかし―――ひとつ、懸念点があった。


(どうやって狙いを付ける……?)


純魔弾ですら反動が凄まじい。強化されたこの身体でさえ、少しでも気を抜くと

腕があらぬ方向へと向いてしまう。

魔弾頭は発射の反動が更に上で、その上の魔核撃は更に比べ物にならないほど大きい。

ラーギラ自体は殆ど動いていないものの、発射時の反動をどうにかしなければ

命中させることは出来ない。

純源子を込めた攻撃は、恐ろしく危険だ。絶対に外すことは出来ない。

身体を固定するための何かが必要だ。


「待てよ……確か、この街には砲台があったはずだ」


ラーギラを追っている時に、骨董品屋の店主が確か言っていた。

この街には大昔、闇の巨人を倒すために強大なエネルギーを込めて放たれた灯台砲というものがある、と。それならば、自分のエネルギーの発射台になるかもしれない。

俺は灯台砲を探し、空へと飛びあがった。

ラーギラから飛んでくる漆黒の巨大な矢を回避しながら、街を回遊して探すと、やがて街を囲っている防衛の壁の北側に、一際大きな灯台を見つけた。

俺はすぐさま灯台へと降り立ち、その頂上部にあった砲台へと向かった。


「あった! これか……!!」


頂上には、骨董品屋の店主が言った通り、砲台が鎮座していた。

人の何メートルはあろうかという歯車が両脇にあり、灯台自体が回転する形となっている。

砲台は人間がそのまま弾丸として発射できそうなほど巨大な口径を持っており、その根元に人の腕を入れる為の場所があった。

恐らくはここに何人も腕を突っ込み、魔力を充填させてから砲撃を放ったのだろう。

丁度、エネルギーを注ぎ込む部分は身体を固定できるようになっている。

砲台そのものもパシバの壁と一体化するような形で作られているため、充分に固定されていた。

俺は問題ないか周囲を軽く確認すると、腕を灯台砲の根元へと突っ込んだ。


「よし、行くぞ……!!」


俺は魔力を腕へと一点に集中していく。

強大なエネルギーの放出によって、周囲に満ちている空気中の源子が集まり、蛍のように現れていく。

通常なら目に見えないはずのものが、見えるほど。

そして物質化するほどの高密度のエネルギーが灯台へと注ぎ込まれ、自分の腕が震え始めた。

爆発する前の爆弾のように、腕は自分では制御できないほどに震え、それが伝わって施設自体も揺れ始める。

固定具がなければ、この時点でもう狙いは付けられていないだろう。

だが―――今は問題ない。俺は付近にあったハンドルを回し、ラーギラの方へと狙いを付ける。

ラーギラは灯台へと攻撃を放ってくるが、闇の巨人との対決用に作られた施設であるため、防御もヤワではない。すぐには破壊できない。


―――ギン、ギン、ギィン、ギィィン……


鋼鉄の槌が振り下ろされるような音が、何度も響き渡り、やがてその感覚が狭まっていく。

俺は自分の中にある知識を振り絞って、魔核撃の呪文を詠唱していた。


「オン、ラビュラム、アーカイム……すべての詩が捧げられる場所に色はなく、すべての夢が砕かれる場所に光はあらず―――」


「ヒカリ……ボクノ、ヒカリィィィッッ!!」


ラーギラは攻撃が足りないと見るや、空の一点に漆黒の影を集中させた。

そして滝のようにこちらへと向かって突撃してきた。

だが―――反応が少し、遅かった。

もう自分の詠唱は完了し、充填も完全に終了していた。


「境界の全界奏が交わる場所に、この大いなる光の終焉は存在せり―――!!」


「食ワセロ、食ワセロォォォォッッ!!」


一瞬、俺は瞳を閉じた。そして短く息を吸い込んだ。

そして瞼を開くと、世界の時間がひどくゆっくりになっているように思えた。

俺は呟くように、言った。


「すまない、ラーギラ……次にもし、生まれ変わって出会う事があったなら、必ず俺がお前の友達になってやる。絶対に……」


「オオオオオオオッ!!」


「これが―――お前の終わりだッ!! 純魔核撃ニノル・ハー・ロウ・ヴァクロス!!」


次の瞬間、小型の弾頭がラーギラへと向けて発射された。

虹色に輝く美しいオーブのような球体。

それはラーギラの影の中へと飲み込まれ、一瞬煌めいた。


「オ”ッ!? アアア”ア”ア”ッッ!!」


太陽の如き膨大なエネルギーが凝縮されたそれは、内部から大爆発を起こした。

ラーギラの叫びと共に、空を覆っていた影は切り裂かれ、そして虹の光が次々と伝播していく。

そして黒い水に光の帯が重なるようにして、影の魔王の身体は見る見るうちに消滅していった。


「ア”ア”ア”ア”ァ……」


漆黒の影が消え去った場所からは、夜空が覗き、星の光のある世界が戻っていく。

最後にラーギラの本体が残っていたのであろう、中央部が閃光に包まれていった。

そして、夜空を純源子の輝きが、更に照らしていく。

昼間のように、それ以上の光に包まれていく中―――


―――ありが、とう……


ラーギラの声が僅かに聞こえた気がした。

そしてニュクスの意識はそこで途絶えた。

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