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どうやらあの女のことは、この病院では禁句のようだ。
みんなが口に出すことなく、みんなが知らないままがいい。
看護婦長はおそらくそう思っているのだろう。
その後半年の間に、私はあの女を五回ほど見た。
いつもどこかの病室に入って行き、その部屋の患者が死ぬのだ。
そのころの私は、あの女を見ても何も感じなくなっていた。
どうせ人は、いつかは死ぬ。
そして病院で死ぬ人は珍しくない。
あの女が病室に入らなくても死んだ人は何人もいるのだ。
ただ女を何回も見ているのに、未だにその顔を拝むことが出来ないでいた。
そのことだけが、私には少し気がかりだった。
あの女はいったいどんな顔なのだろうか。
そう、私はあの不気味な女の顔を見たかったのだ。
ある日のこと、夜勤で一人看護婦詰め所にいると、件の女が窓の前を横切った。
角度的には見えてもいいはずなのに、やはりその顔が見えない。
少し残念がっていると、詰め所に誰かが入って来た。
白いワンピースで長い黒髪の女が。
その女は私の正面にいるにもかかわらず、長い髪とうつむきかげんのせいで、顔を見ることが出来なかった。
いや今は、女の顔のことなんてどうでもいい。
何故ならこの女は、私一人しかいないこの部屋に入って来たのだから。
終




