~ 第九話 星空の下、銀狼は独白する。
ジョンさんは、サリーちゃん以上に早く森に馴染んでいった。
曰く、酒がないことを除けば人間の街で仕事をしてるよりもよっぽど気楽らしい。ジョンさん……ストレス社会で生きてるんだな。
こころなしか、毛並みも良くなってきた気がするジョンさんは、今も何人かのオークと談笑している。ちなみに相手は、まだほとんど字を書けないオークだ。
あれでオークが何を話しているのかは分かっていないというのが、信じられない限りだ。
「いいから! 思いっきり割ってみろって?」
『ぷぶぶ? ぶぎゅ?』 (ほんとに? いくよ?)
ジョンさんに勧められて、一人のオークが大きめな石を、他の石にぶつけて砕く。
「な? この石は割れると、こういう風に尖るんだよ。あとはこれを棒に付けてやれば……」
おぉっ! 槍になった! すげぇ!
「お前らの力だとすぐ壊れるだろうから、使い捨てだな。だけど、こいつは狩りに役立つと思うぜ?」
確かに、オークの狩りといえばお手製の斧を使っての撲殺がメインだ。その方法だと獲物へのダメージが大きく、肉が吹き飛んでしまうことも多い。
だが、この槍を使えば話は変わってくる。オークの力で思いっきり突き刺してやれば、充分に致命傷を与えられるはずだ。そして傷口も小さい。
「手先を使っての加工は出来なくても、これなら出来るだろ?」
『ぶぎゃ、ぶぎょ!』 (本当だっ、すげぇ!)
とまぁこんな感じで、兄貴肌のジョンさんに俺たちオークは心を掴まれているのである。
俺? とっくの昔に心を掴まれたね。
『肉の恋人』を使って焼いた熊肉の美味さったら、半端なかったぜ? あれを教えてくれたってだけでも、ジョンさんは恩人だね。ジョンさんオススメのイノシシを狩れる日が、今から楽しみで仕方ない。
ちなみにジョンさん、下手に武器を持ち込んでオークから警戒されないようにっていう理由で、剣やら槍やらは持ってきていない。大ぶりのナイフを何本かと、狩りに使う用の弓だけである。
ただ、風の魔法が使えるジョンさんが弓を使うと中々にすごいことになる。
おっそろしい勢いで飛んで行った矢が、熊の脳天に突き刺さった時はゾッとしたね。そんなに柔らかくないぜ? 熊の頭蓋骨。
なんでも弓自体が特注品らしく、魔法の発動を補助してくれるものらしい。お値段もそれなりにするとのこと。
ちなみに、ジョンさんが一番得意なのは剣を使った風の魔法だそうだ。かまいたちなんかも飛ばせるらしい。
閑話休題。
補助具とやらがあればオークも魔法を使えるのか?
そう思った俺達は、ジョンさんから魔法のレッスンを受けたのだが、残念ながら誰一人として上手くいかなかった。
魔法を使うには、身体の中にある魔力を自分で認識しなければ始まらないそうなのだが、一体そんなものがどこにあるというのか。全くもって感じることが出来なかったのだ。
「うーん……よっぽど魔力が少なくない限り、魔力を感じることは出来るはずなんだけどなぁ」
困ったような声を出すジョンさん。ちなみに、魔法が苦手なサリーちゃんでも魔力を感知することは出来るらしい。
どうやらブタの神様は、オークに魔法を与えてはくれなかったようだ。
※
ジョンさんとサリーちゃんの、一か月の留学期間も終わりに差し掛かったある日の夜のこと。食事も終え、後は寝るだけというタイミングで、ジョンさんがこんなことを言い出した。
「リリー様が、『オークと共に生きます』って言い始めた時……俺は正直、リリー様がおかしくなっちまったのかと思ったんだよ」
見つめる先には暗闇しかない。その目は、どこか遠くを見ていた。
「オークは魔物だ。分かりあえるはずがねぇって。きっとリリー様は、厄介な奴にたぶらかされてるんだって思ったんだ」
誰も治せないと思った火傷を治すほどの力を持つ存在。そんな奴がリリーちゃんに、オークについて何かおかしなことを吹き込んだ。ジョンさんはそう思ったそうだ。
「おかしな話だよな。俺だって犬人族なのによ。人間とは違うってだけで冷たい目で見られることが、どれだけムカつくことかなんて、一番よく知ってるはずなのにな」
犬人族や猫人族といった種族は、普通に人間の社会に溶け込んで生活していると聞いている。だけど、裏ではやっぱり差別的なことが存在するらしい。
その辺のことはよく知らないので、思い切ってジョンさんに聞いてみる。
「俺達の国は、ありがたいことに獣人を対等に扱ってくれてるんだ。だから、表立って差別を受けることはねぇ」
まぁそうだろうなぁ。獣人を差別するようなお国柄の貴族様が、オークと仲良くしようだなんて言い出したらそれこそ一大事だもんな。
「だけどよその国に行くと、獣人族は『亜人』……つまりは人間よりも劣った存在だって言ってる国もあるんだ」
『……』
「そういう宗教もあるしな……人間が一番偉いみたいな教えだ」
こっちの世界も……色々と大変なんだな。
元の世界だと肌の色の違いで差別があったりしたけれど、こっちじゃ種族そのものが違う。向けられる悪い感情も相当なものなんだろう。
「そういう考え方がクソみたいだって思ってたのに、俺はオーク達に同じ気持ちを持ってたわけだ。自分のクソさ加減に悲しくなるぜ」
それは仕方ないよ。人間から見れば、俺達が言葉を使って喋ってるだなんて思えないだろうしさ。見た目だって、どうみても怪物だ。
それでも良き隣人であろうとする方が、無謀ってもんだ。
「辺境伯様の所に戻ったら、俺からもオークと仲良く出来るよう報告しとく。それが俺に出来る償いだ」
ジョンさん……かっこいい。
オークとしてすごく嬉しいことを言ってくれてるんだけど、それ以上にハードボイルドな雰囲気が半端ない。焚き火に照らされた所がキラキラ光って、まさに銀狼って感じだ。
焚き火が小さくなってきた。
「……寝るか」
その一声に、俺も腰を上げる。
木々の隙間から見える星空は、前世で見上げたそれとは比べものにならないほどに明るい。
その美しく優しい光が、俺とジョンさんを優しく照らしていた。




