~ 第一話 ハリソンの報告 ~
大変長らくお待たせいたしました。
第九章、十話分を更新させていただきます。それではどうぞ!
王国の西、広大な領地を有するオルブライト辺境伯家。
その本拠地である屋敷の一室で、二人の男が対峙していた。
一人はこの部屋の主である、オルブライト辺境伯。鍛えられたその身体は、年齢を感じさせない引き締まったものである。弛んだ身体をしている者が多い同年代の貴族と比較すると、その差は一目瞭然だろう。
そしてもう一人。
灰色の髪をかっちりとオールバックに固めた、これまた鍛え上げられた肉体を持つ男。ハリソン=ホーガンである。オルブライト辺境伯が最も信頼する男は今、彼が見て来たものを報告しているところであった。
「アルト殿は、本気で人間との共存を目指してくれているように感じます。だからこそ、ゴブリンと分かり合えなかったことにあれほど心を痛められたのでしょう」
「……」
「そして、リリー様もその気持ちを受け止めていらっしゃった。そのうえで、アルト殿に優しく叱咤の言葉を投げかけられたのです」
ハリソンは語り、辺境伯をそれを黙って聞いている。
「私は、アルト殿は信頼に値する人物であると考えます。是非一度、閣下にもお目通り頂きたいと思います」
「……ふむ」
辺境伯は静かに考え込む。
ハリソンの人物鑑定眼は信頼しているし、なによりあのリリーがあれほどに懐いているのだ。既に辺境伯はアルトというオークはそれなりの好人物なのだろうと認めていた。
まぁ、だからといって簡単に娘をやるつもりにはなれないのだが。
「しかし……会うとなると中々にそれは骨が折れるな」
言わずもがな、アルトはオークである。オークを領地の中心である街に入れるというのは、中々にリスクが高い。もし住民に見られでもしたら、多かれ少なかれ騒動になるだろう。
「そうですな……アルト殿を乗せる馬車など、特注でもしない限りありませんし」
「……そもそも馬が怖がるのではないか? オークとなれば馬よりも大きいであろう?」
「かといって、徒歩で来てもらうわけにもいきますまい」
辺境伯家の騎士に連れ添われてオークが一体、街中を行進する。冗談にしてもブラック過ぎる光景だ。
「となると、私が森に出向くしかないか」
「旦那様」
ここに来て、新たな人物の声が響く。
今までどこにいたのか、その存在すら感じさせない程に自信の気配を消していた、執事服姿の男。それが、凛とした雰囲気を醸し出しながら辺境伯の斜め後ろから声を発していた。
「セバスチャンか」
「なりません。不特定多数の平民の前に顔を出すことならば問題ありませんが、会談であるならば話は別です。相手方にお越しいただくことが、貴族のマナーです。まして相手はオーク。平民ですらないのですよ?」
辺境伯はこれまでも、領地調査と称して頻繁に領民との交流をもっていた。その度にこの有能な執事からは、貴族としての矜持を自覚するように諫言を受けていたのだ。
その甲斐もあってか、辺境伯が特定の領民のもとを訪れるということはこれまでに一度もなかった。
あくまでも領地の視察であり、それは貴族としての職務。会談をする場合は、平民である客人を出向かせる。それがセバスチャンにとっての分水嶺だったのだ。
下手に呼ぶわけにも、ホイホイと出て行くわけにもいかない。辺境伯の私室に集った三名は、しばし頭を悩ませた後に一つの結論に至る。
「閣下がアルト殿を正式に『森の大賢者』であると認め、賢者様に敬意を表するという形で森に出向くという形はいかがでしょうか」
それならば、一応の恰好はつく。
どこの世界でも、天才と呼ばれるような学者、技術者は偏屈な性格をしていることが多い。そういった一握りの天才に気持ちよく仕事をしてもらうために、貴族が配慮をすることはないことではない。
また、アルトには賢者扱いをするにふさわしい実績もある。
この世界のどんな名医でも治療が不可能だと判断したリリーの火傷を、ほとんど元通りと言えるまでに完治させたのだから。
アレクシアによる暴挙は隠すにせよ、不幸な事故によって顔に大火傷を負った貴族の令嬢を、未知なる力を用いて治療した賢者。そのような人物であれば、貴族自らが足を運んだとしてもメンツは保たれる。
「しかし……それでもやはり相手がオークというのは、醜聞となりかねません」
「それはもはや今更だろう。アルト殿とこの先さらに交流を深める場合には、時を見て彼の正体を公表するしかあるまい」
現段階で、大貴族である辺境伯がオークと会談を持つということはさすがに公表できない。『森の大賢者』であるアルト=バイエルンがオークであることを明らかにするには、それを受け入れられるだけの空気を作ることが必要なのだ。
その後もさらに細部を詰めていき、ついに辺境伯はアルトを訪ねて森を訪れることを決断する。それに伴い、王国の歴史に新たな名前が一つ刻まれることになる。
『森の大賢者』アルト=バイエルン。
後に偉人として多くの人に認知されることとなる彼の名前が初めて記されたのは、オルブライト辺境伯家の執務記録であった。
土日は二話更新した方がいいのか、それとも一日一話の方がいいのか。読者様としてはどちらの方がいいのだろうと悩む、今日このごろです。




