~ 第七話 亡骸 ~
『……ぶぎょぶ?』 (……大丈夫か?)
『ぶぎゃ』 (あぁ)
一息ついた後、グレゴールが声を掛けてくる。その身体は、ゴブリンの返り血と細かな肉片にまみれていた。
今、俺が言うべき言葉は感謝の言葉だ。それが咄嗟に出ない自分に腹が立つ。
『ぶぎゅぶ、ぶぎゃ?』 (サリーは、無事か?)
『……っ!?』
そうだっ! サリーちゃんのこと忘れてた! 途中からやけに静かになったけど、大丈夫か!?
……気絶してる。そりゃそうか、結構振り回したもんなぁ。絶叫マシーンの比じゃなかっただろうし。思いっきり抱きしめて潰しちゃわないようにはしてたつもりなんだけど……苦しかったらゴメンなさいだ。
とりあえず、何個か石が当たっちまったところが傷になってるくらいで、大ケガはしてないっぽい。不幸中の幸いだな。
『ぶぎょぶ……ぶがふぎゃ』 (とりあえず……集落に帰ろう)
グレゴールの言葉に従い、俺も集落へと歩き始める。数えきれない数のゴブリン達の亡骸を残して。
………
……
…
集落には、何人かのオークが残っていた。年を取ったオークや、ケガをしてるオーク。それ以外は皆、俺を探しに行ってくれていた。
グレゴール曰く、今回の件に参加しなかった雄のゴブリンが、俺の危機を知らせに来てくれたらしい。みんなにも相当心配をかけてちまったみたいだ。
時間を追うごとに、俺を探してくれていたオークが、一人また一人と戻って来る。みんな例外なく、俺の無事を喜び、俺を襲ったゴブリンに対して怒りを表す。
大半のオークが集落に帰って来る頃には、サリーちゃんも目を覚ましていた。自分がオークの集落に戻っていることと、俺が無事なことを確認したサリーちゃんは泣きながら喜んでくれた。
誰も、俺に対して怒ることは無かった。
俺が、「人間と仲良くしよう」だなんて言い出さなければ、こんなことは起きなかったのに。
俺がもっとしっかりゴブリン達と話し合っていれば、こんなことは起きなかったのに。
話し合ったつもりになって、ゴブリンの気持ちを考えてなかった結果が、皆殺しだ。
まさか襲われるだなんて思ってなかった。そのこと自体が、俺がゴブリンの心情を読み取れていなかったことを証明してるじゃねぇか。
あまりの情けなさに、涙がこぼれる。
『ぶぎゃぶ……ぶぎょふぎゃぶぎゃ……ぶがぶ』
(ゴメン……ゴブリン達を殺すことになってしまって……ゴメン)
謝ることしか俺には出来ない。そんな俺に、オーク達はこんな言葉をかけてくれた。
――あいつらは殺すつもりで来たんだ。殺されても文句は言えないだろう?
それはオークにとって普通の価値観。俺だって納得していたはずの価値観だ。その価値観を持っていたからこそ、俺は自分を襲ってきた人間を殺すことが出来た。
なんのことはねぇ。
俺は諦めていただけだった。
オークは人間と話すことが出来ない。意思の疎通が出来ないんだから、理解しあうことなんか一生出来ない。オークと人間は違う世界の生き物なんだ。だから、オークが人間を殺すのは仕方ないことなんだ。
殺していい種族と殺してはいけない種族とを、自分で勝手に線引きする。その基準は、自分と話せるか話せないか。
やってることは、この世界の人間となんら変わりはしない。人間が俺たちオークを害獣扱いするように、俺も人間を害獣扱いしていただけだったんだ。
「アルト……大丈夫かよ?」
そんな俺に、人間の女の子であるサリーちゃんが心配そうに声を掛けてくれる。
俺は、その声に応えることが出来なかった。
※
どのくらい時間が経ったのか。俺の体感では、そんなに経ってはいないと思う。とにかく俺は、俺がやらなきゃいけないことをするために動き始めた。
ゴブリンの集落には、今回の騒動に参加していないゴブリン達がたくさんいる。そのゴブリン達に今回の顛末を説明するのは、俺の役目だ。
俺を襲ってきたのは、集落の若い雄ゴブリンだったらしい。
あの数から察するに、ほとんどの若い雄ゴブリンが、今回の一件で命を落としたはずだ。それは、残されたゴブリン達にとっても大きな痛手であるに違いない。
足取り重く、ゴブリンの集落へと向かう。後ろにはグレゴールがついて来ている。彼もまた、当事者として説明しにいくことを望んだ。
……分かってるよ。本当は、俺を一人にしないために、気を遣ってくれてることくらい。
ゴブリンの集落が見えてくる。いつもなら、それなりに騒がしい集落から、まるで音が聞こえない。集落の真ん中では、残ったゴブリンが集まっていた。しゃがみ込んで、何かを囲んでいる。
声を掛けようとして、その声が喉元で潰れた。
オークの身長はデカく、そしてゴブリンは小さい。ゴブリンがしゃがみ込んでいれば、それを上から見渡す形になる。ゴブリン達が何を囲んでいたのかが、覚悟を決める前に目に入って来る。
『ぶぎゅ……ぶふ?』 (嘘……だろ?)
そこには、一人のゴブリンが横たわっていた。
傷だらけの身体は血に染まり、顔は痛々しく腫れあがっている。生前の姿を知る者にとってみれば、それはまさに変わり果てた姿だった。
苦しみから逃れるように刻まれた皺は、元から彼の顔に刻まれていた皺よりも深い。それはまるで、彼の歴史が最後の最後で冒涜されたように感じられた。
力が弱く、生まれてはすぐに死んでいくという定めの種族にあって、神に愛されたかのように長生きした、一人のゴブリン。
『ぶがぶ……』 (ゴブ造さん……)
そのゴブリンの最期は、あまりにも無惨なものだった。
返信不要の感想を書いていただいた方。ありがとうございます。この場をお借りしてお礼を申し上げます。
さて……アルトにとっては辛い時間が続きます。彼がこの時間を乗り越えてくれるよう、作者も祈っています。
香坂蓮でした。




