~ 第一話 交渉開始 ~
八章開始です!
拙作二度目の山場となる章。楽しんでいただけると嬉しいです!
では、どうぞっ!
ゴブリンの間で俺に対する不満が溜まっている。それを聞かされた時、恐れていたことが現実になりつつあることを感じた。
サリーちゃんがオークの里に滞在するのはおよそ三週間。
その間、健康な人間の女が、ずっとゴブリンの生活圏内にいることになるわけだ。性欲が旺盛なゴブリンにとってはたまらないだろう。
オークが人間の女を捕まえれば、ゴブリンに引き渡す。それはルールや法律みたいに堅苦しいものじゃない。生活の中の『当たり前』だったんだ。
『当たり前』にあるものが急になくなったら、怒るだろ? 明日から、山手線は一時間に一本しか来ませんってなったら、暴動が起きるってもんだ。
なんとか三週間、やり過ごせないかと思っていたんだけど、どうやら厳しいらしい。
『ぶぎゃぶご……ぶごふぎゃぶが、ぶぎゅぶぎゅ』 (とりあえず……ゴブリンの集落に行って、話してくるわ)
オーク仲間にそう告げて俺はゴブリンの集落へと向かう。
一人で大丈夫か聞かれたけど、これは俺が解決しなきゃならん問題だからな。……なんたって俺、自称オークの外務大臣だから。人間ともゴブリンとも、仲良くするために、言い出しっぺとして一肌脱いじゃうぜ!
ってなわけでまだ一日の仕事が始まる前。朝の早い時間に俺はゴブリンの集落へと向かう。
ゴブリンの集落は、オークの集落から森を浅い方へと進んでいくとぶつかる。オークとゴブリンの共同の畑を越えたらすぐだ。
他の獣から目立たないようにするために、ゴブリン達は建物を建てない。生えている木を柱にして、最低限の雨風をしのげるように枝を葉っぱで覆っているだけだ。子供の秘密基地の豪華版って感じだな。
――おい……あれ。
――ちっ! アルトじゃねぇか。
わぁお……ひそひそ話なのに、敵意がむき出しだぜ。嫌われちまったなぁ、俺。
『ゴブ、ゴゴブフ。ゴガゴブ』 (おぉ、アルト。よく来たのう)
そう言って出迎えてくれたのはゴブリン界の長老、ゴブ造さんだった。相変わらず、顔に刻まれた深い皺が渋いぜ。
『ぶ、ぶぎょ。……ぶがふぎょぷぎゃふが』 (ゴブ造さん。……なんか、迷惑かけちまってるみたいだな)
『ゴブゴフゴガ。ゴゴブゴフゴブ』 (なんのことはない。お前の気持ちもよく分かるからのう)
サリーちゃんにオーク集落で住んでもらうにあたって、ゴブ造さんには話を通しておいた。出来るならば、ゴブリン達を抑えていて欲しいと。
ゴブ造さんを選んだ理由は二つ。
一つは、単純にゴブ造さん以外のゴブリンの区別がつかない。なので、どのゴブリンがどんな性格をしているのかの判断がつかない。ほんと、ゴブ造さんが居てくれてよかったよ。
そして二つ目。言い方は悪いが、ゴブ造さんはもう年だ。性欲も枯れている。人間の女を前にしても、理性を保った行動が出来る。
頭で人間と仲良くしたほうがいいって分かってても、性欲には勝てないのがゴブリンって生き物だ。それくらいの性欲が無いとすぐに滅んじまうから、しょうがないんだけどな。
人間と仲良くするか否か。難しい問題だ。
オークの俺が人間と仲良くしようと言ったところで、ゴブリン、特に若い雄ゴブリンからすれば、知ったことかという話なはずだ。人間と仲良くしたいのはオークの都合で、自分達ゴブリンには関係ないって考え方をしてるからな。
それでも同族の、それも年長者であるゴブ造さんから言ってもらうことで、なんとか今のところ収まっている。ほんと、ゴブ造さんには頭が上がらない。
とはいえ、いつまでもゴブ造さんに頼りっぱなしじゃあいけないよな。言い出しっぺは俺なんだ。ちゃんと腹を割って話し合わねぇとな。
………
……
…
集落にいたゴブリンに集まってもらい、俺は話し始める。
『ぶごぶぎゃぐごぶ。ぶぎゃふが、ぶごふぎょぶぎゃぶが』
(まずは、謝罪する。あんたらから人間の女を奪って、申し訳ない)
ゴブリン達は黙ったまま、俺のことを見ている。
『ぶぎゅう……ぶごぶぎゃふぎょ。ぶぎょぷぎゃふぎょ、ぶごふぎゃぶ?』
(そのうえで……あんたらにお願いがある。人間の女を使うのは、もう止めてくれないか?)
瞬間、大ブーイングだ。
「ふざけんな」だの「死んじまえ」だの罵詈雑言が全方位から飛んできた。……傷付く。俺の心はマシュマロなのに。スーパー繊細なんだぜ?
――ブタ焼けば 俺の心は 焼きマシュマロ (アルト、心の一句)
『ゴブゴゴ!』 (静まれぃ!)
ゴブ造さんの怒鳴り声が響く。それに従って、ゴブリンの罵声の大合唱は収まり、ついでに俺の現実逃避も終了した。
『ゴゴブ……ゴブゴブ、ゴゴブフ?』 (アルトよ……その理由を説明してくれんかの?)
ゴブ造さんが、俺が話しやすいように会話を振ってくれる。
さすがだぜゴブ造さん。まるでベテランの司会者じゃねぇか。結婚式の時はよろしく頼むな。今のところ相手も予定もないけれど。
『ぶぎょふ……ぶぎょふぎょぷぎゃ』 (理由は……人間と仲良くしたいからだ)
俺は語り始める。人間と仲良くすることが、俺たち森の住人にとってどんなメリットをもたらすかを。
まず、人間にむやみに殺されることが無くなるだろう。
ゴブリンと人間の関係性は、オークのそれとは全然違う。
一人で複数の人間を相手に出来るオークと違い、ゴブリンは弱い。一対一で戦っても、殺されることの方が多い。当然、人間に殺されてきている数も圧倒的に多い。
また、ゴブリンは俺たち以上に森の浅いところで活動している。オークの集落よりもさらに深い方に行けば、死んじまう可能性が高すぎるからな。
森を浅い方に行くということは、それだけ人間に遭遇する可能性が高いということだ。人間との関係を改善するメリットは、俺たちオーク以上に大きいはずだ。
まだ俺たちオークすら、人間と関係性を築けてはいない段階でこんなことを言うのは無責任かもしれない。それでも、もしゴブリンが人間と争わずに済むようになれば、死んでいくゴブリンの数はかなり減るだろう。
生活だって豊かになるかもしれない。
俺たちオークやゴブリンと比べて、人間の方が高い技術力を持っていることは明らかだ。魔法なんていう、俺たちには使えない代物もある。
人間と仲良くなって、その技術を少しでも譲ってもらえれば? 今よりも生活は絶対に豊かになる。それは間違いない。
そして、生活環境を改善することもまた、ゴブリンが生き延びる可能性を高めてくれるはずだ。食事にしろ衛生にしろ、ゴブリンの生活はお世辞にも良いとは言えないからな。
必死で語る俺だが、ゴブリン達の反応は薄い。
ゴブリンからしてみれば、未来の夢物語よりも、目の前にいる女の方が大事なんだろうな。
俺たち以上にいつ死んでもおかしくない生活をしている奴らに、未来を語っても響かないのは仕方ないのかもしれない。明日死ぬかもしれないのに、十年後を夢見ても空しいだけだもんな。
俺が提示出来る希望は、はるか先にある未来だ。ゴブリン達を納得させるには、到底及ばない。
『ゴブ……ゴゴブフ。ゴフゴブゴブ』 (ふむ……アルトよ。ひとまず今日は帰りなさい)
『ぶぎょ……』 (ゴブ造さん……)
『ゴブゴフゴブ。グブゴフゴガ、ゴフゴブ』 (そんな顔をするでない。一度、儂らゴブリンだけで話し合ってみよう)
『……ぶぎゅう、ふぎょぷぎゃ』 (……よろしく、頼みます)
力不足だなぁ、俺。結局ゴブ造さんに丸投げじゃねぇか。
見ろよ、ゴブリン達の目。殺意すら感じるぜ?
なんとかしないとな。なにかゴブリン達に納得してもらえるようなもの……募集中です!
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