~ 第六話 愚者の惨劇 ~
残酷なシーンがあります。ご注意ください。
では、どうぞっ!
「ハロルド……ここ、たぶんもう領域外だ!」
協会の人から何度も教えてもらった領域の目印、それにピッタリと当てはまるようなものがチラホラ目に入り始めた。木の大きさも、明らかに今までより大きい。
間違いない。ここは既に俺たちの領域外だ。すぐに戻らないと!
「分かった……急いで戻ろう」
即座に判断するハロルド。俺たちのリーダーは、馬鹿な欲に溺れることもなかった。よかった……これで俺は、自分にとっての一番大きな仕事は果たせたはずだ。
ギルドから許可された領域内なら、俺たちでも充分に対処出来ることも分かった。
危なかったといえば、森狼の群れくらい。四匹も出てきた時には少し焦ったけど、なんとか切り抜けられた。毛皮がほとんどダメになっちゃったのは、残念だったな。
協会や先輩冒険者から聞いていたような命の危険なんか無かった。
まだ一回しか森に入ってないんだから、ラッキーだっただけかもしれない。そう自分に言い聞かせようとしても、どこかで自信が湧いてくるのを止められない。もしかしたら、俺たちはこの森でもやっていけるんじゃないかって。
あの時の俺たちは、気が緩んでたんだ。慢心があったんだ。だから、あんな愚かな判断をしちまったんだ。
「おい……あれ」
最初に気付いたのは、斥候役の俺。ただ、俺じゃなくても誰でも気付けたはずだ。森に紛れる緑の身体をしているとはいえ、あの巨体だ。嫌でも目に入る。
「……オーク」
まだだいぶ遠い。なのに姿がはっきり見える程にデカイ。だからなのか、既にオークが近くにいるみたいに感じて、気持ちが焦る。
「……どうする?」
「逃げられるか?」
ありがたいことに、オークはまだこちらに気付いていないように見える。
俺たちの実力では、オーク討伐は厳しいはずだ。間違いなく逃げるのが正解だ。それに、今なら逃げられる可能性も高い。
でも、相手はたったの一匹。それに……。
「こっちには、ルーシーとサリーがいるんだぜ? 逃げてる途中に気付かれたら、一巻の終わりだ」
オークは女を襲う魔獣だ。男は容赦なく殺すけど、女は生かしたまま連れ帰るらしい。
もしも気付かれて、逃げているところを後ろから追われたら最悪だ。
俺みたいなやせっぱちには興味ないだろうけど、ルーシーは男好きする身体をしている。そんな『いい女』を、オークが逃がしてくれるとは思えなかった。
オークに気付かれないようして逃げ切るか。それとも、気付かれていない今のうちに不意打ちを仕掛けて、戦いを優位に進めるか。
「……不意打ちを仕掛ける。オークを討伐して、俺達の株を上げるぞ」
ハロルドはそんなつもり無いんだろうけど。それは俺に向かって掛けられた言葉に思えた。
だって、散々言われてきたんだ。役立たずの女を飼ってる、馬鹿なチームだ、ってな。俺だけならまだしも、チームのみんなを馬鹿にされて、悔しかったんだ。
……きっとみんなも悔しかったんだろうな。俺なんかのために、馬鹿にされて。申し訳ねぇな。
「……やろう。俺たちなら、出来る」
俺は、ハロルドにそう答えた。チームの誰よりも慎重でなきゃいけない斥候なのに、そう答えちまったんだ。
森の木々に隠れながら、俺達は一気に走り出す。ハロルドとジャックが先頭で、その後ろからルーシーとステファンが追う。俺は死角から攻撃できるように、オークの背後に回り込めるように走り出した。
「……っ! オークが逃げるぞっ!」
想定外だった。
攻撃すれば、オークは向かってくるものとばかり思っていた。だからこそ、戦う以上は討伐するしかないって覚悟を決めた。
逃げてくれるなら、それでよかったんだ。元々は、ルーシーと俺がオークに襲われないようにっていう理由で、戦うことを決めたんだから。
ここで止めればよかったんだ。
「いけるぞっ!」
誰か分からない声が森に響く。それは、チーム全員の意思だった。
欲に目がくらんだ? 逃げるオークの姿に気が大きくなった? 今までの鬱憤が爆発した?
どんな理由があっても、言い訳になんかならない。ただ……俺達の行動は、協会から口を酸っぱくして注意されてきた、『無駄死にする奴の行動』だったってだけのことだ。
先頭を走っていたハロルドが、ついにオークと激突する。
『ぶごぉっ!』
立ち止まったオークが、咆哮と共にその巨大な腕を振るう。その手には、大きな斧みたいな形をした武器があった。
一瞬だった。
それだけで、ハロルドの上半身が消し飛んじまったんだ。防具なんてなんの意味もない。身体が粉々になっちまった。
あまりのことに立ちすくんだジャックの頭上から、オークの斧が振り下ろされる。
――グシャッ
嫌な音がすると同時に、ジャックは潰れた。その身体は、もう人間だった頃の形を留めていない。
あまりのことに、走っていたはずの俺の足はいつの間にか止まり、震えていた。力が入らない。目の前の光景が受け入れられなかった。
「ひぃっ!」
ルーシーの声。
声のした方に目をやると、ルーシーが腰を抜かしていた。とてもじゃないけど、あんな状況じゃあ魔法なんか使えない。威力が強い魔法は、集中しなきゃ撃てない。
横にいるステファンが叫びながら矢を撃ってるけど、オークには全く効いてない。
近づいていくオーク。……次は、あの二人が殺されちまう! 頭の中に浮かんだ、ステファンとルーシーがバラバラに吹き飛ばされる姿を振り払うように俺は走りだした。
「ちくしょーっっ!」
死ぬ覚悟を決めて、オークの横っ腹に突っ込む。
俺が持っている中で一番大きなナイフなら、傷くらいはつけられるはずだ。弓を構えるステファンに向かって武器を振り上げていたオークが、俺の姿をチラッと見た気がした。
「……ぐはっ!」
オークが俺に対して何かをしたわけじゃない。
ただ、ステファンを殴った時の反動だけで、俺は吹っ飛ばされたんだ。ステファンの肉片と一緒に。
木に叩きつけられた俺は、そのまま意識を失っていく。狭くなっていく視界の中で、自らの首元にナイフを持っていくルーシーの姿が、かすれて闇に消えていく。
待ってくれ、ルーシー……死なないで。
あぁ……。