~ 第二話 扱いに困る来訪者 ~
よろしくお願いしますっ!
では、どうぞっ!
事件はいつだって、突然やってくる。
虫の知らせ、なんて言葉があるけど、虫が知らせてくれないことの方が多い。虫に無視されちったー! なんつって!
……反省しています。石を投げないでください。
さて、その日、俺は森に採集に出掛けていたんだ。いつも通り、のんびりと食料などを確保していくスローライフ。特に大漁というわけでもなければ、坊主というわけでもない。
そして、日が暮れる前には集落に帰る。ここまでは、いつも通りの日常だな。
集落が見えてくる。
――あっ! アルト帰ってきた!
――アルトーっっ! 待ってたよー!
――遅いぞっ! アルトー!
大量に押し寄せてくる巨大な豚。いつか見た光景だな……やっぱ怖えよ!?
『ぶぎゃ!? ぷぎゃぁ!?』 (なに!? なんだっての!?)
パニくる俺に告げられたのは、ある意味ではよくある出来事。だけど、ここ数か月の間に、大きく意味合いが変わった出来事。
そう。人間の女性を捕獲した、という知らせだったんだ。
………
……
…
採集に出掛けている最中に、人間に遭遇する。よくあることとまでは言えないが、珍しくもないことだ。森の浅い方で出掛けた場合、特に遭遇率は高い。
遠くに居る段階で気付けば、即座に隠れる。もしくは撤退だな。相手に気付かれなければそれがベストだ。
気付かれても大丈夫なケースもある。
相手が遠くにいるオークを発見して、撤退してくれる場合だ。当然、こちらから追いかけるようなドMなマネなんかしない。戦ったところでメリットがないからな。オークに人肉を喰う習慣はない。
最悪なのは、次の二つのパターンだ。
その一。人間達に気付かれて、ひたすらに追いかけられるパターン。
金のためなのか名誉のためなのかは知らんけど、かよわい豚ちゃんを追いかけ回すの、良くないぜ? こっちは戦う気なんかないんだから。
あと、リリーちゃん達と話しているうちに気付いたんだけど、特に犬の獣人がいる場合は最悪だな。
人間よりも鼻も耳もいい犬人族は、逃げる俺たちを追いかけるにはもってこいの人材ってわけだ。この場合、戦うことを避けられないことが多い。
その二。相手が有能すぎるパターン。
つまり、俺たちオークに気付かれることなく、一気に接近されているパターンだ。
自慢じゃないけど、オークは目も耳も鼻もいい。それを掻い潜って不意打ちを仕掛けられるってことは、ほぼ間違いなく強いってことだ。この場合、殺されることの方が多い。
さて、今回不運にも人間に遭遇したオークは、パターンその一のほうだったらしい。森の中でも少し拓けたところを歩いていた時に、遠くにいた人間の集団に見つかってしまった、とのことだ。
その数、五人。たぶん、リリーちゃんが言っていた冒険者ってやつだな。
冒険者ってのは、普通の人が手に入れるには難しいような素材を集めることを生業としているらしい。まぁ、他にも肉体労働全般を請け負っているそうなので、何でも屋さんみたいな職業だという印象を受けた。
森に入ってくるのも仕事の一環で、危険な森で手に入る各種素材を、持ち帰ることが仕事らしい。……トレジャーハンターだな、かっこいいじゃん。
ちなみに、オークの死体はたいした素材ではないらしい。
にもかかわらず、なんでわざわざオークを殺しに来るかといえば、オークを殺すと報酬がもらえるからしい。つまりは害獣駆除だな。
……駆除される側としては言いたい事は山ほどあるけど、ひとまずそれは置いておこう。
今回、オークに遭遇した五人組は、きっとこう思ったんだろう。
相手は一匹でこっちは五人。いくら『魔獣』なオークでも、五人がかりなら殺せるはず。報酬ゲットでウッハウハだ!
そして、欲に目がくらんだ彼らは惨敗してしまったわけだ。自らの強さを見誤った者の哀しい末路だな。
ただでさえ、こちらの命を取りに来ているような奴が相手だ。手加減して殺されるわけにはいかない。まして相手は五人でこちらは一人。しかも、人間達は強力な武器を持っていることもある。そのオークは全力で戦ったらしい。
その結果、五人中四人は死亡。ちなみに一人は、自殺だったらしい。
殺し合いの最中で吹き飛ばされて、気を失った女の冒険者が一人生き残ったというわけだ。幸運なことに、ケガもなさそうとのこと。
今まで通りに行くならば、この女冒険者の末路は一つ。ゴブリンの集落行きだ。
こちらを殺しにきた人間を別段逃がしてやる義理も無いし、それなら普段から世話になっているゴブリンに渡すほうが納得も出来る。……あくまで一般的なオークの心情の説明だからな?
しかし、ここ数か月で状況が変わってしまった。
あるイケメンなオークが、人間と仲良くしたいと言い出して、現に月一のペースで人間と会い始めた。しかも、何人かのオークは、その場にお供として同行したこともある。
最近では、人間の文字までもを学びだし、このままいけば無駄に殺し合うこともなくなるんじゃないか、みたいな希望すら出て来てしまった。会ってみたら、人間も意外と話せることだって分かったからな。
……さて。そんな状況で、この女冒険者をいつも通りにゴブリンに引き渡してもいいものなのだろうか。
オークの皆は悩み、そして一つの結論に至ったわけだ。
言い出しっぺのイケメンに決めてもらえばいいんじゃね? と。
責任は重大。だけど、希望はあるよな。
少なくとも、今までになかった人間への気遣いが、オークに生まれているわけだ。共存への第一歩は、ちゃんと踏み出せているってもんよ。