~ 第九話 大賢者、現れる ~
本日二話目です(*^^)v
では、どうぞっ!
あの時も、私は一人でした。辛くて苦しくて……もうどうにでもなってしまえと、森に入ったんです。そんなバカな私を大賢者様が助けてくれたんです。
そうです! そもそも、周りに騎士様がいる状態で、大賢者様に出てきてくれという方が間違っているんです!
そんなの警戒されて当たり前じゃないですか。あの人はオークの姿をしてるんですから。見つかったら殺されるかもしれないんです。それを承知で出てきて欲しいなんて、私は一体何様のつもりだったんでしょう。
森の中をひたすら走り、少しひらけた所で私は立ち止まります。
「大賢者様っ! 大賢者様っ! ……どうかっ!助けてください!」
叫び声は、深い森の中に消えていきます。大賢者様は応えてくれません。
「大賢者様っ! お願いしますっ……どうかっ!助けてください!」
それでも諦めずに、何度も何度も叫びます。きっと、きっと大賢者様に届くはず。あの優しい大賢者様なら、リリー様を助けてくれるはずです。
「メアリー! 一人で何をしているんですかっ!? これ以上は危険です! 魔獣が現れたらどうするんですかっ!?」
「リリー様っ!? なんで追いかけてきたんですか! ……リリー様にもしものことがあったら、どうするんですか!?」
「それは貴女も同じでしょうっ!」
凛と響く、大きな声。
怒りの籠ったその声に、私は思わずシュンとなってしまいます。この期に及んでまだ、リリー様は他人の心配をしてくださる。そして、私はリリー様に迷惑を掛けてしまっている。
「だって……私のことは助けてくれたんです。きっと……きっとリリー様のことも助けてくださるはずなんです」
そんな私に、リリー様は優しく声を掛けてくれます。
「メアリー……貴女の気持ちはとても嬉しいです。ですが、貴女が魔獣に襲われたら、私はとても悲しいです。私の顔なんかより、貴女の命の方が大事に決まっているじゃないですか」
私みたいな庶民の命すらも大切に考えてくれる、そのお気持ちは嬉しいです。嬉しいですけど……だけどっ!
「……私はっ! 顔が醜いことの辛さを知っています。女にとって顔は、命と同じくらいに大事なものです! だからっ……リリー様の顔も治って欲しい!」
「メアリー……」
「大賢者様は、ただのブスだった、ブスであることに逃げていた私ですら助けてくれました。だったら、何も悪いことをしてないリリー様を助けてくれないはずがないんです」
「……」
「きっと、騎士様や魔法使い様がいっぱいで、警戒しているだけです!大賢者様はオークの姿をしてるから……見つかったら殺されると思っているだけなんです!」
「……」
「絶対に……助けてくれますから」
感情が昂って抑えられません。そんな私を、リリー様は静かに抱きしめてくれました。
「メアリー……貴女の気持ちはとても嬉しいです。ですが、大賢者様が現れてくださらないということは、私の顔は治るべきではないということなのでしょう。きっと、これは私への罰なのです」
「……罰?」
「はい。私はきっと、アレクシアお姉さまの心を深く傷つけてしまったのでしょう。これは、そのことへの罰なのです」
「そんなこと……そんなことっ!」
「私は、この顔の傷を甘んじて受け入れます。この痛みが、私の罪なのです」
そんな罪が、あるわけないじゃないですか。たとえどんな理由があったとしても、顔を奪われるような罰があるわけないじゃないですか。
涙が零れ落ちます。一番辛いのはリリー様なのに、それでも涙が止まらないんです。
――ガサッ……ガサガサッ!
草木が揺れる音に身体が硬直します。隣からは、リリー様が息を呑む声が聞こえます。
もしも魔獣だったなら……私が食べられてでも、リリー様には逃げてもらいます。元はと言えば私が一人で森に入ったからこその事態です。その責任は死んでもとります。
だけど……もしかして。
「……オーク」
リリー様の小さな声が、森に消えました。
間違いありません。……オークです。大賢者様かどうかは、まだ分かりません。
「大賢者様ですか?」
私は問いかけます。
これでもし、他のオークだったとしたら。なんて間抜けな最期になることでしょう。
「メアリー……下がりなさい」
震える声で、それでも私の前に立つリリー様。……私、この人を心から尊敬します。
ですが、守られているわけにはいけません。何があっても、この人だけは死なせません。
失礼なことですが、リリー様を押しのけてオークの前に出ます。
『ぶご……ぶぶぎゃ?』
「大賢者様ですか?」
私の質問に、オークは首をかしげて何かを考え込んでいます。……あっ、右手の拳で左手を叩きました。なんでしょう、今の?
「……っ!? メアリー!」
オークがゆっくりと私に近づいてきます。
心臓が、これ以上ないほどにドキドキいっています。目には涙が浮かんでいるのが分かります。だけど……私は信じます。
『ぶご』
オークは私の前でしゃがみ込み、その人差し指で私の顎を持ち上げました。いつかのあの日と一緒です。優しい目も……あの時のままです。
「……大賢者様」
安心して、涙が零れ落ちました。よかった……怖かったっ!
「メアリー? ……その方がっ?」
リリー様がおずおずと声をかけてくださいます。
「はいっ! 大賢者様ですっ!」
その声に合わせるかのように、大賢者様が親指を立ててくれました。こんなに明るい人だったんですね。
「そうですか……。お初にお目にかかります。私、オルブライト辺境伯が娘、リリー=オルブライトと申します。大賢者様。お姿を示していただき、誠にありがとうございます」
そう言うとリリー様は、スカートのふちを摘まんで頭を下げられました。なんでしょう……すごく、貴族っぽいです!
対する大賢者様は……頭の後ろに片手を回して、ペコペコとお辞儀をしています。
こちらはその……お父さんにそっくりです。なんだか親近感が……ダメですダメです! まずはちゃんとリリー様のことをお願いしないと!
「大賢者様っ! リリー様を……助けてください」
目を瞑り、思いっきり頭を下げます。お願いします……お願いします!
そんな私の耳に飛び込んできたのは、男の人の怒鳴り声でした。
「リリー様から離れろっ」
聞き覚えのある、低く大きな男の人の声。騎士様の声です。
慌てて声の方に振り向くと、そこには何人もの騎士様の姿が。その後ろには、魔法使いの人もいます。
『ぶごっ!? ……ぶぎゃぶがっ!?』
警戒した様子の大賢者様。いけません! このままでは殺し合いになってしまいます!
「待ってくださいっ! この方は大賢者様ですっ!」
「それをどうやって証明するっ!?」
騎士様……完全に頭に血が上ってします。リリー様のすぐ側にオーク……無理もありません。だけど、これで大賢者様を怒らせちゃったら。
「おいっ! ひとまずそこのオークを捕えるぞっ! 大賢者かどうかは後で確かめる!」
「まずはリリー様の安全を確保だっ!」
『ぶぎゃぁっ!?』
弓や槍を一斉に構える騎士様。
いけません! ここで戦いになっては、今までの苦労が水の泡です。それどころか、誰かが死んでしまうかもしれません。
私は騎士様と大賢者様との間に立ちふさがりました。すぐ隣にはリリー様もいらっしゃいます。
「クルーエル嬢! そこをどくんだっ!」
「どきませんっ!」
どうして分かってくれないんですかっ! あなた達が武器を収めてくれれば、それでうまくいくのにっ!
『ぶごぉ……ぶごっ!』
怒ったような低い声を出す大賢者様。
殺気を込めた様子で、ジリッジリッと騎士様が距離を詰めてきます。いつ戦いになってもおかしくない状況です。なんとかしないとっ!
『ぶ、……ぶごぉーーーっ』
突如聞こえた雄たけび。しかし、それが何かを確認する間はありませんでした。気付いたら身体が宙に浮いていて、すごい勢いで進んでいたんです。
「いかんっ! リリー様が攫われたっ!」
「矢は撃つなっ! リリー様に当たってしまう! 追えっ! 追えーーっ!」
えぇーーーっ!? 私、攫われちゃってるじゃないですかっ!?
大賢者様!? ちょっと!? ちょっとぉぉぉーーっ!?
アルトが何を言っているのか……今回、翻訳は無しです。たぶん、皆さまの想像からそんなに離れてはいないと思います(;'∀')
次回もお付き合いください!香坂蓮でしたー(#^^#)