第34回 張郃、漢中攻防戦、膠着状態が続く
西暦二一六年(建安二一年)、曹操が魏王に即位した。
漢中と隣接する益州は、劉備が掌握するに至った。
ここより、本格的な曹操軍と劉備軍の漢中争奪戦が繰り広げられることになるのである。
そして、まず仕掛けてきたのが劉備軍であった。
「下弁」に目を付け、劉備自ら一騎当千の諸将を率いて出陣した。その勢いは侮れるものではなかったが、守将である「曹洪」が蜀の勇将「呉蘭」を討ち取り、勝利をおさめた。
呉蘭はもともと劉璋に属していたが、劉備に従った歴戦の勇将であり、劉備はその死を惜しんだ。
ここで劉備軍は退却をするかと思っていたが、陽平関近辺にとどまり、毎日の様に攻めては引くことを繰り返し、消耗戦の様相を呈してきた。
陽平関の警備は万全である。
何故なら、陽平関を突破した張郃が、自らその守りの弱点である箇所の修繕や警備の強化すべきところを定めたからである。
郭淮は言う。
「張郃様、これだけの警備網を引けば、蟻の入り込む隙間もありませんね。」
「うむ、そのつもりで警備網を構築した。しかし、油断はあってはならない。完璧と思えるときこそ、何か一つ見落としているのではないか、と考えるべきだ。」
「わかりました。どんなに完璧であると思っても、どこかに弱点がまだあるかもしれない、という視点を忘れずに持つように致します。」
「その心掛けが大事だ。夏侯淵様も私も気付けばもう、老将と言われてもおかしくない年齢になってきた。これからの時代は伯済の様な若者が活躍してくれねば困るからな。」
「まだ老け込むお年ではないと思いますよ。夏侯淵様も張郃様も溌溂としております。」
「ははは、そうか。お世辞でも、ありがたく受け取っておこう。」
張郃にも郭淮にも油断がない陽平関に、劉備軍はてこずり続けることになり、滞陣は長期にわたった。
戦いは、消耗戦から持久戦に変わってきた。持久戦に関しては、その持ち合わせる物資の量から、圧倒的に曹操軍が有利であるが、劉備軍も後方からの物資支給の経路を確保しており、まだ引くことなく、粘り続けている。
夏侯淵が言う。
「儁乂よ、劉備とは存外しつこい男なのだな。以前は、逃げ足が速いだけの奴だと思っていたのだが。」
「夏侯淵様。今や劉備は益州を押さえ、荊州の一部も依然有しております。加えて武将は一騎当千の者が多数揃い、あの諸葛亮がおりますので、決して油断はできない強敵です。」
「なるほどな。郭淮よ、劉備軍のあのしつこさは何を待っているのだろうか。お前なりの見解や考えがあれば、言ってみろ。」
「恐らく曹操様のいない今が最大の好機であると考え、くらいついているのでしょう。」
「曹操様の不在か・・・。確かに、奴らから見れば好機。しかし、曹操様がいなくとも、我々がおる。そう簡単に、劉備の好きにはさせない。」
「おっしゃる通りです。陽平関の警備も万全です。油断することなく、戦い続ければ、補給が持たなくなるのは劉備軍。こちらは、泰然自若と構えておけばよろしいかと。」
張郃が言う。
「私も、伯済の意見に賛成です。今しばらく、この戦いに付き合ってやりましょう。」
こうして、漢中防衛戦は日々の小競り合いが今しばらく続くのである。




