食堂:貴族
夕食は貴族の人も食堂で食べる。価値観の違う平民とかち合わないように、一時間ごとに夕食の時間が区切られていて、平民は一番遅い時間だ。
つまり平民の私もその遅い時間のはずなんだけど、何故か今日は一番早い時間、上級貴族の人の時間に食堂に来ていた。来ていたというか、呼ばれたというか。
誰に? もちろんシャーリーに……、ではなかったりするんだよね。びっくりだよね。
シャーリーの王妃教育と二人きりのお茶会の後、気分転換にのんびり学園の敷地を散歩していた。で、自室に戻ろうかと寮に向かったら、貴族のご令嬢様が三人ほど待ち構えていた。
まあさすがに私じゃないだろうと思って横を通り過ぎようとしたら、私を名指しで呼び止めてきてね。さすがにびっくりしたよ。最近ちょっと貴族に縁がありすぎると思うんだけどどうかな。
「シャルさん。お待ちしておりましたわ」
「え? は、はあ……。ええっと……。ご用件は?」
「少し時間を頂きたいと思っていましたの」
なんだろうこれ。今度こそ嫌がらせかな。
私がちょっぴり警戒していることに気付いたみたいで、その令嬢さんは慌てて、
「あ、お待ちください、嫌ならそれでいいのです。ただ、そう、お話しをしたいと思いまして……」
ふむう。悪い人ではない、のかな? 意図は読めないけど、私に何かしたいってわけでもなさそう。それなら、まあ、少しぐらいはいいかも。
「少しだけなら、大丈夫ですけど……」
私がそう言うと、令嬢様たちは揃って顔を輝かせた。なにこの子たち、ちょっとかわいい。
「ありがとうございます、シャルさん」
「いえ。それで……」
「はい。それでは、夕食をご一緒しましょう。食堂にはこちらから話を通しておきますので、最初の時間に来て下さいね。では、後ほど!」
ぱたぱた、と早足で立ち去っていく令嬢様たち。
うん。とりあえず、言いたい。
夕食の時間とは聞いてなかったよ……。
というわけで、上級貴族の皆様が使う時間に食堂に来ました。こわい。
利用者が利用者だからか、食堂の入口には騎士様が二人。さすがにこれは入れないのでは、と思ったけど、騎士様は私に気が付くとにっこり笑って扉を開けてくれた。何故顔パスなのか、小一時間ほど問い詰めたい。
「失礼します……」
少しだけ緊張しながら、中に入る。すると、すぐ側の席に私を誘った令嬢様たちがいて、さらのその向かい側にシャーリーがいて目をまん丸にしていた。うん。なんか、ごめん。
「お待ちしていましたわ!」
令嬢様に手を掴まれて、ずるずる連れて行かれて、シャーリーの向かい側に座らされた。
「シャル? どうして?」
「私が聞きたい……」
いや、わりと本当に。どうして私はここにいるんだろう。
「さあさあシャルさん。一先ず夕食にしましょう。マナーはご存知? よろしければ私が教えてさしあげ……」
「は?」
うっわ。シャーリーの声がものすごく不機嫌なものになってる。かわいそうに、令嬢様たちが揃って体を竦めてしまった。うん。さすがに今のは、私も怖かった。
シャーリーって、怒ると怖いんだね。普段大人しい子が怒ると怖いっていうのはここでも聞くけど、いやこれほどなんて……。ん? 大人しい? 誰が?
「あ、あの、シャーロット様……?」
「必要なら私が教えます」
「は、はい。失礼しました……」
どっちでもいいじゃん。なんでそんなに怒るのやら。ちょっと怖いです。とっても怖いです。
まあそれ以前に、学園にはマナーの授業もある。回数が少なかったからまだ覚えてないって思われたのかもしれないけど、私はもう完璧に覚えたのだ! はっはっはー!
「シャル。間違えてます」
「はっはー! ………はれ?」
ふむ。ふむ。ふむ。よし。
手に持っていたナイフを置いて、別の場所のナイフを手に取った。これでいいはず。シャーリーに視線を向けると、にっこり笑って頷いてくれた。ふむふむ。
「シャル」
「ん……」
さすがシャーリー、指示が的確である。いや、名前しか呼ばれてないけど、それだけでなんとなく分かるのです。問題があるとすれは、私の自信が粉々に砕け散ったことぐらいだね。泣きたい。
名前を呼ばれながら、食べ進める。さすが上級貴族、良いもの食べてる。美味しい。
「それで、どうしてシャルを呼んだのですか?」
シャーリーが他の令嬢様に聞いて、令嬢様はにこやかに答えた。
「それはですね、是非ともシャルさんからもお伺いしたいと思ったからですわ!」
「ええっと、何の……?」
「殿下とのご婚約について、です!」
は? いや、え? はい?
んー……。そんな事実はないし、そもそもとしてその話は私の他にはシャーリーとエリザ様しか知らないわけですが? ふうん……。
ゆっくりと、シャーリーを見る。さすがのシャーリーも私が怒っていることは察したのか、さっと目を逸らした。冷や汗がだらだらと流れてる。ふんふん。つまりはやはり、シャーリーが話したということで。
つまりこいつ、外堀を埋めようとしやがったな?
席を立つ。途端に静まり返る。いやいやははは。皆さんはゆっくりご飯を食べてくださいな。
シャーリーに歩み寄る。頬が引きつってる。どうしてそんなに怯えてるのかな? まるで私が悪いことしてるみたいじゃない。ねえ?
「しゃありいぃ?」
「あわわわわ」
シャーリーの両頬を掴んで、ぐいっと引っ張った。
「この口か! この口が適当なこと言うのか!」
「いひゃい、いひゃいれす、ひゃる」
「私の心の方が痛いわばかー! こんにゃろ! こんにゃろ! ……あ、柔らかい。くせになりそう」
「ひゃる!?」
むいむいむにむに。シャーリーのほっぺたが柔らかい。なんだろう、この、ちょっとした背徳感……! 悪いことをしてる気分になっちゃうね!
シャーリーの目が涙目になってきたのでさすがに離してあげる。友達をいじめる趣味は私にはな……、いや友達じゃない友達じゃない、危ないなあ。
「シャル。ごめんなさい。もう言わないので嫌いにならないで……」
「ああ、うん。大丈夫大丈夫。そんなことないからね」
涙目のシャーリーを撫でてあげる。そこまで本気で怒ったつもりはなかったんだけど、シャーリーには結構怒っているように見えたのかもしれない。気をつけないとね。
「でも、次はもっと怒るからね?」
私がにっこりとそう言うと、シャーリーは何度も頷いた。分かればいいのです。
「えっと、それで? 何の話でしたっけ」
令嬢様たちへと振り返る。ちゃんと笑顔だよ、もちろん。印象悪くしちゃだめだしね。
それなのに何故か、令嬢様はみんな顔を青くしていた。何故。
「い、いえ、あのですね……。そ、そう! 美味しいご飯を食べてほしいと思っていたのです! ささ、冷めてしまう前に、どうぞ?」
「はあ……。じゃあ、はい。遠慮なく」
席に戻って、お肉を頬張る。柔らかくて美味しいです。
その後はご飯を食べて終わり、だった。でも、なんだか妙な雰囲気になっていたのはどうしてだろう?
後日聞いた話だけど。
公爵令嬢のシャーリーに臆しもせずに注意して、さらにはシャーリーも反省の意を示したことで、なんか私の評価が変な方向にいってしまった、とエリザ様に聞いた。女帝ってなんだ。
「少しは周囲の視線を気にしなさい」
そんな感じでエリザ様に結構本気で怒られました。でも私、そんなに悪くないと思うんだけどなあ……。
壁|w・)ほっぺたむにむにを書きたかった、なんて言えない。
次話は『試験勉強』、久しぶりにどこかの公爵令嬢様の暴走回。
いつも暴走してる? ははは、こやつめ。
一週間以内に更新したのでお布団を注文しました、届くのが楽しみです。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




