朝食
朝起きて朝食を食べて、勉強をして、シャーリーの王妃教育を見学して、最後に友達と一緒に晩ご飯を食べて就寝する。そんな私の平穏は、一週間程度しか続かなかった。
「おはようございます、シャル。朝ご飯、一緒に食べましょう?」
シャーリーが朝食の時間に来るようになりました。意味わからんです。
ちなみに貴族の皆様は自室で朝食を取っている。寝起きの姿を見られたくないとか、そんな理由じゃないかな。食事は必ず食堂で、なんてルールもないのでいいと思う。
むしろ暗黙の了解として、施設の利用時間は明確に分けられているのだ。そしてその利用時間に貴族の朝食はない。つまり今食堂にいるのは、全員平民。
「ええっと……。シャーリー、さすがにそれは……」
「さあ行きましょう!」
「聞く耳なしですかそうですか」
ふっ。分かっていたさ。この子がそんなこと、全く気にしないことは……。
仕方ないので部屋の鍵を閉めて、シャーリーと一緒に食堂へ。中はやっぱり、平民のみんなが利用中だった。
私たちが入ると一瞬だけこちらを見て、食事を再開して、そして驚いた様子で目を丸くしてまたこちらを見る。いわゆる二度見。それが、ほぼ全員。
私たちに突き刺さる視線、視線、視線! 正直私は胃が痛くなりそうなんだけど、シャーリーはそんなこと気にした様子もなく、カウンターに歩いて行く。さすがの貫禄です。空気読め。
料理人さんたちもまさか貴族が来るとは思わなかったのか、完全に動きを止めてしまっていた。心中お察しします。
「朝食をお願いできますか。私と、シャルの二人分です」
「え? あ、はあ……。いえ、はい。畏まりました」
カウンターに立っていた人が慌てて準備をする。いや、本当、驚かせてすみません。
「あ、シャル。おはようございます」
「おはよう、シャル」
「あー……。おはよう、タニア、マリア」
シャーリーが朝食を受け取っている間にタニアとマリアが来ちゃった。さっさと食べて移動しよう、と思ってたんだけどね。うん、まあ、当然、シャーリーにも気付くよね。
「え、うそ、シャーロット様……?」
「はい! シャーロットです!」
名前を呼ばれたシャーリーが何故か元気よく反応した。なんだろう、ちょっと犬っぽい。元気よく振る尻尾が幻視できるよ。疲れてるのかな、私。
「シャルのお友達ですよね。シャーロット・フォン・アレイラスです。よろしくお願いしますね」
にっこり笑顔のシャーリー。この笑顔だけならかわいいのにね。私が何となくそう思っている間に、タニアとマリアも自己紹介をしていた。
「えっと、シャーリーちゃん、でいいの?」
「シャーロットです」
「え」
「シャーリーと呼んで良いのはシャルだけです」
何の独占欲かなそれ!? しかも真顔だし! さっきまでの笑顔どうしたの!? こわいよシャーリー!
「あ、ご、ごめんなさい、シャーロット様……」
「あ、いえ、その、すみません……。まだあまり二人のことはよく知らないので、急に愛称で呼ばれると、困ってしまうだけですから……」
マリアとタニアが落ち込んで謝ると、途端にシャーリーが慌て始めた。そういうことなんだね。変な独占欲じゃなくて良かったよ、本当に。
「でも、やっぱりシャル以外には呼ばれたくないですね……」
何故。いやほんと、やめてください怖いです。
せっかくなので、朝食は四人で食べることになった。せっかくとは。
学生寮の朝食は簡単に食べられるものがほとんどだ。サンドイッチかおにぎりかを選択できて、あとはスープやお味噌汁も追加でつけることもでる。昔の貴族がおにぎりとかお味噌汁を開発したらしいけど、これってもしかしなくても、そういうこと、なんだろうね。
まあ過去の人物なんかどうでもいいのです。お米は偉大なのです。
みんながサンドイッチを食べてる中で、私はおにぎりを食べる。さすがに生前のお米には劣るけど、それでもやっぱり、お米だ。幸せ。
「シャルって本当に美味しそうにご飯を食べるわね……。これって昔からですか?」
マリアがシャーリーに聞いて、シャーリーは笑いながら頷いた。
「はい。シャルは食べることが大好きみたいで。嫌いなものでなければ、すごく幸せそうに食べていますよ」
「お腹いっぱいに食べられる、これを幸せと言わず何と言うのか……」
「いきなり重たいことを言わないでください」
タニアは苦い表情だけど、多分私の言いたいことは分かってくれてると思う。神官の身内だからね。この世界の教会は国の補助のもと孤児院も運営してるから、孤児との繋がりもあるんだと思う。
「シャルって孤児院に知り合いでもいるの?」
「いないけど、孤児院に行ったことはある」
パン屋さんは時折国から依頼を受けて、パンをたくさん作って孤児院に届けることがある。私の家のパン屋さんも例に漏れず、お母さんと一緒にパンを届けたことが何度かあるのだ。
孤児の様子は、もちろん人それぞれなんだけど、まだ保護されて間もない子なんかは、なんというか、がりがりにやせ細っていて……。思わず泣いてしまったのを覚えてる。
そして、私がどれだけ恵まれているかも、痛いほどに分かった。
「シャーリーはパンがなければケーキを食べろなんて言わないでね……」
「言いませんよ!? シャル、私のことを何だと思ってます?」
「非常識な公爵家のご令嬢さん」
「私も怒る時はありますよ?」
ははは面白いことを言うなあシャーリーは。多分、私のこの発言には王子様含めていろんな人が同意してくれると思うんだけどね。
私がぼそりと呟くと、心当たりはしっかりあるのかシャーリーがそっと目を逸らした。
「ところで、シャーロット様。一つ、聞いてもいいですか?」
マリアが言って、シャーリーが不思議そうにしながらも頷く。
「ここで朝食食べてますけど、いつもの朝食とはやっぱり違います? 普段はもっと豪華とか」
え、改めて何を聞くのかと思えばそんなことなの? びっくりしたのは私だけじゃないみたいで、シャーリーもちょっぴり目を丸くして。次に、小さく苦笑していた。
「朝食はあまり変わりませんよ」
私も直接見たことはないけど、シャーリー曰く、貴族も朝食はサンドイッチなど軽いものがメインらしい。ただ、中の具にはこだわる家も多いらしいけど。
ちなみにそんなシャーリーのお家のサンドイッチですが、それに使われているパンはなんと私の家のパンだ。しかも私とシャーリーが出会う前かららしいから、シャーリーが関わるえこひいきはなし。ちょっとした自慢です。えっへん。
「そうなの?」
「ええ、はい。そうです。我が家で使うパンは例外なくシャルのパン屋さんです」
「へえ……」
「ちなみに使い始めたきっかけはシャルらしいですよ」
なにそれ。いや待って、ちょっとそれ私本当に知らないんだけど。え、なに、私何かやってたの? まったく覚えがないよ。
視線で問いかけると、シャーリーは隠すことなく教えてくれた。
「私もお父様からお聞きしただけですけど……。シャルは幼い頃からお店に立ってお客様の呼び込みをしていましたよね?」
「うん。五歳かそれぐらいから」
ん? タニアとマリアがなんか驚いてるけど、そんなにおかしいことかな。純粋に楽しんでやってたけど。
「お父様はたまたまそのシャルを見かけて、すごく楽しそうだと興味をお持ちになったそうで。馬車をとめて、シャルから直接パンを受け取ったそうですよ」
「なにそれ。覚えてない」
いや本当に、まったく覚えてない。そんなことあったっけ? あったんだろうなあ……。
「それ以来、お父様はあのお店と、シャルのファンだそうです」
「へ、へえ……。ちょっと照れちゃうね……」
そう言ってもらえると、それはもうすごく嬉しい。お貴族様にも認めてもらえたってことだからね。鼻高々だよ。わーい。
「ふう。美味しかった。そろそろ教室に行く?」
「そうしましょう」
最後まで食べていたマリアが食べ終わったので、食器をカウンターに返して私たちは教室に向かうことになった。
そうして、歩いている間に、気付いちゃいけないことに気付いてしまった。
私の客寄せでアレイラス公爵様が私のパン屋さんに来ることになったんだよね。
シャーリー曰く、公爵様が買ってきたパンを気に入って、そのパンを作ってる人に興味を持ったはずだよね。
そうして私のパン屋さんに来て、この不思議な関係が始まった、と。
うん。うん。いやこれって、全ての元凶、私では……?
いやいや待て待て、待て私。決めつけるのは早計だ。まさかそんなことあるわけないじゃないか、やだなあもう! あはははは!
…………。
よし、忘れよう。
壁|w・)ちょうちょは他でもないシャル自身から始まっていました、というお話。
まったりな一日、でした。
次話は『観光』、という名の世界観説明。
一週間以内の更新したいけど、エルフ幼女も書きたい、そんなジレンマ。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




