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母親と言う恋人【5】

 ……きっと、それは無意識の寝言。


 どんな夢を見ているのかは知らない。

 どんな相手が、今のイリに映っているのかも知らない。


 けれど……なんだろう?


 その寝顔が……とっても穏やかそうに見えた。


 胸が……苦しかった。


「………」


 これまで軽やかな気持ちで一杯だったのに……一気に沈んで行くのが、自分でも良く分かった。


 そこから、私はイリが起きない様にそっ……っと部屋から出て行く。


 部屋から外に出て……私はボソリと言った。


「キイロ……って名前の人なのか」


 恐らく、間違いはないだろう。


 キイロォ……飯はまだか?

 ……って言う台詞を、人間以外に使うとは思えない。


 ペットが相手なら、逆に餌を与える立場になるから『飯はまだか?』なんて台詞にはならないだろう。 

 人間以外に使っている言葉であったのなら……それこそ不自然過ぎる台詞だった。


 そこから考えても、キイロと言う存在は人間であると言う事が分かる。

 そして、恋人以上であった事も。


 夢だから、実際には現実で起こっていない出来事である可能性もあるけれど……きっと、一緒に住んでいる夢を見ているのだろう。


 だからこそ、会話の中に『飯はまだか?』と言う台詞が出て来る。


 ……まぁ、もしかしたら妹さんって言う可能性も否めないし、実はキイロと言う名前の男性である可能性すらゼロではない。


 ………。


 ううん、やめよう。


 私は、そこまで盲目的に自分の都合に合わせた妄想を抱ける様な楽観主義者ではなかった。


 これは、もう……完全に、イリはキイロと言う女性に想いを寄せている。

 それがどの程度の強さなのかまでは分からないけど……それなりに強く抱いている事だけは……もう、否定する事が出来ない。


 それなのに……今のイリは……私の彼氏をして、住み込みで働いている。


 もはや、二股に近い状態じゃないの?


 ……ううん、違う。


 イリは無一文だ。

 正確に言うのなら、お給料が出るまでは無一文。


 ここを追い出されたら……大きな死活問題へと発展してしまうだろう。


 それなら……どうする?

 私と恋人になった方が、イリには都合が良い。


 ……そう。


 ポイントはここだった。


 つまり、私はただただ、イリにとって都合が良いから恋人になれた『だけ』の存在に過ぎない。


 ………。


 ……うん、これはちょっと悲嘆過ぎたかな?


 もう少し、イリを信じてあげても良いと思うし。

 私も、疑心暗鬼に囚われ過ぎてしまっているのかも知れない。


 だけど……それでも……思う。


「イリは……ズルい男だよ……」


 私は再び、ボソリと口を動かした。

 

 ……不意に泣きそうになる。


 私を、こんな気持ちにさせて……好きで好きでたまらない状態にさせて。

 だけど、それらの大半は……ただ都合が良かっただけで。


 そう思うと、居た堪れない気持ちだけが、何歩も先に出て来てしまう。


 悔しさと悲しさ……侘しさすら、私の中から無尽蔵に湧き出て来る事を実感していた。


 イリが私に見せている行為は……全部演技だったと言うのか?


 嘘だと信じたい。

 そして、嘘だと信じられるまでに……イリはしっかりと自分を愛してくれた。


 ここだけは、間違いない……正真正銘の事実だった。


 だからこそ、やるせなさが沢山湧き上がる。


 悔しいのは……イリの優しさが本物だと思えて仕方ない事だ。


 こんなの……イリを本気で憎む事が出来ないじゃない。

 本当は、自分の都合だけしか考えてない、最低最悪のズルい男かも知れないと言うのに……でも、本気で憎めないじゃない!


 むしろ……やっぱり好きで好きで……大好きで!

 愛おしさがまさっていて。


 だから、頭がグチャグチャで……どうして良いのか分からなくて。


「……はぁ」


 本当、自分が嫌になって来た。


 結局、さ?

 私はイリをちゃんと信じる事が出来ないでいるんだ。 


 心の底からしっかりと信じ抜く事が出来たのなら、ここまで不安になる事もないし、憎しみを抱く事の出来ない自分に腹立たしい気持ちにだってなる事もなかったんだ。


 ……なんてか、思うなぁ……。


 人を好きになるの……って、大変な事なんじゃないのかな?……って。


 凄く面倒な事をしているんじゃないのかな?……ってさ。


 けれど、それじゃあ……面倒だからやめるのか? って言うと、そうじゃなくて。


 結局やっぱり……やめる事なんて出来なくって。


「……うん、よし」


 取り敢えず、今のはナシ!


 そこで、私は考えを切り替える事にした。


 完全に信じる事が出来ない自分がいるけど……それは、ちょっと前までの私。


 ここから先の私は、イリを信じられる女になる!

 少なくとも、その努力をするんだ!


 私は、一念発起する形で、自分を大きく奮い立たせた。

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