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光射す街より  作者: 大野サクラ
ココとひとりぼっちのオオカミ
7/7

06.きみと話がしたいだけ


 新しい生活に期待と不安で胸を膨らませながら、この街にやって来た。

 が、初日から荷物を盗られ、道に迷った。そして新しい仕事のパートナーに指名されたのはまるで抜身の刃のように冷たく、猛獣のように乱暴な男。出会ったその日のうちに殴られ、お前を信用していないと言われた。つらい。

 そんな彼が理由もないけど、希望的観測によれば私の帰りを待っていた。嬉しくて思わず「心配してくれたの?」と聞けば不機嫌全開の声で「――は?」と言われた。


「と、いうわけなんだけど、それってどういうことだと思う?」

「……うざい」

「うざい、かぁ」

 

 その言葉に、妙に納得してしまい、ココはなるほどと頷いた。

 うざい。なるほど、確かに私と話すときのクロードはうざったそうにしている。


「違う、今のは俺の気持ち」


 訂正するように言った彼を、ココは見た。遠くをぼんやり見つめたままのイオは、ココの視線に気が付くと、重ねて言った。


「俺があんたのこと、うざいって思ってるって話」

「それは分かってる」

「分かってるなら、ほっとけよ。つーか、そういうこと相談する相手はどう考えても俺じゃないだろ」

「相談する相手がイオじゃないことも分かってるけど、放っておくわけにはいかないかな。さっきの見ちゃったし」


 ココは二ッと口の端を吊り上げた。



 昼を過ぎた頃、ココは今日も17区へ聞き込みにやってきた。

 出かける前にクロードに行先だけでも告げておこうと思ったが、いない。他の隊員に聞けば、昼前にどこかへ出かけのを見たと言う。彼が最初に出会ったときに言った「一人でいい」というのは本気だったらしく、あれ以来、ココはクロードとほとんど会っていない。なんとか見つけ出し、その度に進捗を報告しようとしてはいるが、「いらない」とぴしゃりと跳ねのけられてしまっていた。

 それでもなんとかコミュニケーションを取ろうとはしている。いつか、クロードと協力することができればいいと夢見ているが、とりあえずのところは今日も一人だ。

 ココはルゼに頼まれた件も含め、根気強く西地区一帯で聞き込みを続けながら、街の人が困っていることがあれば手伝いつつ、地区の形や住民たちを把握している最中だった。


 そんな時、見慣れた後ろ姿を見つけた。ぶかぶかの服に少し痛んだ黒髪。イオだ。

 目で追った彼は、通りがかりに商店の店先に並んだ果物掴んで、そのまま懐に押し入れた。紛れもない窃盗だ。それをココが見逃すわけにはいかない。

 静かに追いかけ、人気のない路地でその手を掴むと、イオは目をまん丸にして振り返った。


「……あんた……」


 その顔が、なんだか泣き出しそうに見えた。

 ココは、とりあえずイオを人の気配のない古い建物への入り口の階段に座らせ、自分はその隣に腰かけた。


「……どうしてあんなことしたの?」


 穏やかな声で聞いたつもりだったが、イオはその言葉を聞くと猫のように毛を逆立てた。


「っあんたには関係ないだろ!」

「関係なくないんだな。なぜなら私は護衛団の隊員だから」


 そう言って胸を張ると、イオはじっとりとした目でココを睨むように見た。そして歪んだ口元から、忌々し気に言葉を吐き出す。


「元言えばお前たちのせいで……」


 ココは一瞬面食らったが、すぐに眉尻を下げた。


「うん。そうだよ。ごめん」

「……謝って済むような問題かよ」

「そうだね。だから、ちゃんとするために、私は来たんだ」

「信用できない」


 憎悪がちらつく瞳を見て、ココはもう一度「ごめん」と言って頭を下げた。

 イオが息を飲む気配がした。


「これからイオ達に信用してもらえるように、がんばる」

「っ、うざいんだよ」

「うん。ごめん。でもさ、私がうざくたって、私たちが信用できなくたって、こんなことしないでよ」


 ココはイオの上着に触れた。ぽこ、と膨らんだそれは商店で盗んだ果物だ。


「……こんなことしたらご両親が悲しむよ」


 イオの目が、ぎょろりとココを捕らえた。


「……親はいねぇよ!」


 不自然なほど荒い語気に、ココはイオに視線を向けた。その瞳で強い意志が焦燥感がぐらぐら揺れている。それが、少し触れたら崩れてしまいそうなくらい不安定に見えて、ココは思わず名前を呼んだ。


「イオ?」

「……とにかく、俺に親はいない」


 イオの手は爪が白くなるほど強い力で握られている。その手をまっすぐに見つめて、イオはもう一度、まるで自分に言い聞かせるように「親なんかいない」と続けた。

 手は、震えていた。


「……ごめん。嫌なこと聞いたね」

「……べつに……」

「とにかく、あの商店に戻って謝ろう? お金は私が払うから」

「誰がそんなことするかよ」


 べえ、と舌を出されて、ココはムッと頬を膨らませた。


「ははっ、変な顔」

「イオは失礼な男だなー。将来が心配だぞ」


 でも、少しだけ安心した。舌を出して笑ったイオは年相応の男の子に見えたからだ。彼が見せた、初めての年相応の表情だったかもしれない。


「冗談で言ってるんじゃないんだからね」

「うるさいなー。だいたいあんたいつも一人でふらふらしてるけど、ほんとに隊員なのかよ。今まで見た隊員は大体2人か3人一組だったぞ」

「うっ……」


 痛いところを突かれて、胃のあたりを抑えた。

 そうね、本来はそうなんだよ。ちらりと窺うと、イオはきょとんとした顔でこっちを見ている。その顔がなんだかかわいくて、ついつい両手で抱きかかえた。


「イ、イオ~……」

「な、なんだよ」

「聞いてよ~」



 そして話は冒頭に戻る。

 うざい。その言葉で、クロードのしかめっ面を思い出す。クロードは、私のこときっとうざいんだろうな。一生懸命話しかけたりするのも、彼には逆効果な気がしていた。でも一生懸命話しかける以外、彼といいコミュニケーションをとる方法も分からない。

 ココは深いため息と共に項垂れた。


「そ、そんなに落ち込まなくてもいいだろ」


 イオがどこか焦ったような声を出す。

 視線を向けると、困ったような表情をしていて、なんだか笑えてしまった。顔を隠す長い前髪を分けて耳にかけてやると、真っ黒な目がわずかに細められた。


「髪しばってあげようか?」

「はぁ? 何だよ、急に。いいよ、別に」

「いいから、いいから、今度使ってない髪留めあげるよ」

「いらねー」


 手を払いのけられたけれど、以前のようなとげとげしさはない。少しだけ懐かれたのか、前回よりも少しだけ豊かな表情に救われたような気持ちだった。


「よし、じゃあ、謝りに行こうか!」

「なんでだよ! 謝らないって言っただろ!」

「だめ!」

「お前は俺の親かよ!」

「親じゃないけど、ダメなものはだめ!」

「うーざーい」

「もううざくてもいいから、ほら」


 華奢な手首をつかむと、イオが小さく舌打ちをしたのが分かった。けど、だめなものはだめだ。その腕を引いたところで、イオが懐に手を入れた。


「行かないって、言ってんだろ!」

「え、わ!」


 イオはココの手を振り払うと階段から飛び降り、懐からなにかを取り出して地面に力いっぱい投げつけた。それは地面に触れた瞬間、ぱんっと甲高い音を立てて割れ、次の瞬間には真っ白な煙が周囲を覆っていた。

 咄嗟に口元を袖口で抑えるが、甘ったるい香りを微かに吸い込んでしまい、小さく咳込む。足音が遠ざかっていくのが分かったが、こんな状況では手も足も出ない。何度か名前を呼んでも、返事はなかった。


 ようやく煙が消えた頃には、もうイオの姿はなかった。


「……また逃げられちゃった……」


 ココは頭を掻いた。

 ふとイオが最後に立っていたところに視線をやれば、足元には小さな爆発痕と、その破片。そして、その横に置かれた銀のチャーム。

 拾い上げれば、それは間違いなく、ココがギールからもらったお守りだった。


「返してくれたんだ」


 それを眺め、少しだけ柔らかな気持ちになる。


「……愛や勇気や根性、かぁ」


 今まで自分を支えてきた言葉たちを口に出すと、改めてそれが心に落ちてくる。今もきっと、それが必要なときだ。

 ココはチャームを握りしめ、上着のポケットに押し込んだ。そして、爆発痕をなぞる様に触れ、小さな破片を握る。


「……どうしてイオはこんなもの……」




 かき集めた破片を薬事室に持ち込み、どんなものかできるだけ早く調べてもらうように頼み込んでから、夕食を取りに食堂へ向かう。勤務時間はとっくに終わっているが、まだまだ仕事は残っている。特に、依頼書の整理は、受付業務が終わってからでないと邪魔になるだろうから、これからが本番だ。終わるまでどれくらいかかるかは分からないが、少しづつ進めなければならない。

 頭の中で今後やらなければならないことを整理していると、胃が石でも入っているかのように重たくなってきた。

 ココはできるだけ軽いメニューを取り、席に着いた。知らず知らずのうちにため息が出ていたのに気が付いて、戒めるように自分の頬を叩く。落ち込んだり、へこたれている場合ではない。元気を出さないと。


「や、ココちゃん」


 気合を入れてスープをすくったところで、声をかけられた。

 見上げた先にいたのは、最初の日に出会った赤茶色の髪のサイラスだ。最初の日にオールバックだった髪は下ろされ、服も隊服ではない。すでに仕事を終えたか、今日は非番なのだろう。


「サイラスさん、こんばんは」

「こんばんは、久しぶり。元気にしてた?」

「ええ、まあ」

「あはは。なんかあんまり元気じゃなさそうだね」


 サイラスは苦笑して、ココの前の席に腰かけた。

 そのトレーにずいぶんたくさんの量の食事が載っているのに気が付いて、ココは少し驚いた。細身なのに結構食べるんだな。


「今日非番でさ、さっきまで訓練してて、おなかが空いたんだよ」


 ココの視線に気が付いて、サイラスは少し照れたように言った。


「ココちゃんは今日は仕事?」

「ええ。まだ終わってないんですけど」

「そうなんだ。それは大変だね」


 サイラスの上品だが気持ちのいい食べっぷりを見ながら、なんでもない話で時間を埋めていく。彼は話が上手く、ずいぶん気楽に食事をすることができた。

 サイラスの冗談に笑っていると、なぜかふと、クロードのことが頭に浮かんだ。

 よく考えれば、ここに来てからクロードが誰かと食事をしているところどころか、食堂にいるところすら見たことがない。しっかり食事しているんだろうか。もしかして、あんなにいつもイライラしているのは、ちゃんと食事をとっていないからなのでは? 栄養が足りていないのでは?


「ココちゃん、聞いてる?」

「――え?」


 すっかり考え事に集中していたようだ。パンをちぎった姿勢のまま、固まっていた。サイラスの話もほとんど聞いていなかった。「すみません」と謝ると、サイラスは「気にしないでよ」と穏やかに言った。


「疲れてるんだよ、きっと」

「うーん……そうかもしれません」

「大変だろ、あいつと組むのは」


 あいつ、と言われてさっきまで考えていた、いつも不機嫌な赤髪の男の後ろ姿を思い出した。「まあ」と曖昧に返すと、


「分かるよ」


 とすぐに返される。サイラスはどこか満足そうだった。


「分かる?」

「うん。俺、あいつと同期なんだ。俺達、王都の養成所の出身だから」


 サイラスは食事の手を止めると、ココの目を真っすぐに見る。そして、ゆるい笑みを作る口で柔らかく、滑らかに言葉を繋げた。


「あいつ、本当に口悪いだろ」

「ええ、まあ、そうですね。否定はしません」

「乱暴だし」

「うーん、まあ……」

「殴られたって聞いたよ。大丈夫?」

「はい。それは、大丈夫でした」


 「すごいな」と笑って、サイラスは続けた。


「あいつとちゃんと仕事できてる?」

「それは……」


 ろくに進捗の報告もしあえていないのに、仕事ができているとは言えないだろう。ココは視線を冷めたスープに移した。少しだけ寂しそうな自分が、ゆらゆら揺れている。


「いろいろ頑張っているつもりではあるんです、けど」


 そう言った語尾は力なく消えてしまった。なんだか言い訳がましくて、いやだな。


「いいよ。みんなそうさ。あいつと上手くやれる人間なんて今までいなかったんだよ。昔っから何考えてんのかわかんなかったし」


 サイラスのフォローにも、ココの表情は浮かないままだ。


「こんなこと、組んでる君にいうのは酷かもしれないけど……」


 俯きがちのココのつむじを見て、サイラスは視線をそらした。それ以上の言葉を飲み込みかけたが、小さく言う。


「……あいつになんか言ったって無駄だよ」


 ココが息を飲んだのが、サイラスには分かった。落ち込んだんだろう。仕方がない。

 けれど視線を向けた先の彼女は、目をまん丸にして、キラキラさせていた。


「……え?」

「サイラスさん!」


 ココは勢いよく身を乗り出した。


「そうですね! クロードに何か言ったって無駄ですよね!」

「え、ああ、うん」

「そうだ。そもそも口で言おうっていうのが間違いだったんだ、そうだ、そうだ」


 ココは残っていたパンやスープをすさまじい勢いで口に押し込み、鼻息荒く立ち上がった。そして「あひはとーごふぁいます」と口に物を入れたまま、サイラスに深々と礼をした。


「あの、なにが……」

「……むぐ。私、サイラスさんのおかげでいいアイディアが浮かびました。頑張りますね!」


 ココは、ガッツポーズと共にそう言い残すと、脱兎のごとく駆け出した。向かうのはいつも使っている資料室だ。

 食堂に置いてけぼりのサイラスは、ぽかんと開いていた口を結ぶと、わずかに下唇を噛んだ。


 飛び込んだ資料室には人気はない。クロードがもう仕事を終えたのか、それともまだどこかに行ったままなのか、ココには分からないし、きっと誰かに聞いたって分からない。

 でも、いま、私たちには繋がっている部分だってある。

 ココはクロードが使っている地図に、ペンで今日の仕事の進捗を書き残した。メモかなにかにして置いておこうかとも考えたが、捨てられる可能性がないとも言えない。でもここに書き込めば、さすがに見るはずだ。少し乱暴だとは分かっているけれど、新しいものを申請していると言っていたし、許して。


「よし!」


 すべてを書き残して、ココは腰に両手を当てた。


「さあ、依頼書の整理するぞー!」


 明日の朝、これを見たクロードがどんな顔をするか想像すると、少し愉快な気持ちになった。うざがろーが腹を立てられようが、それでもいい。どれだけ嫌がられたって、今はチームだ。


 一人になんかしてやるものか。


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