旅立った日の記憶
はじめて投稿します。
しかも計画性のない見切り発車。
見直しも推敲もほとんどしてないので誤字脱字とご指摘は甘んじて受けます。
どうぞお付き合いください。
思い返すは5年前、私が13歳の頃。
黒い木々の合間にある、赤い屋根の小さなアトリエで、魔女と呼ばれた母と二人、慎ましやかに暮らしていた。
まだ何にも知らなかったけれど、毎日が素敵なことに囲まれていた。
お母さまは優しくて、すっごくすっごく物識りだった。
若くてきれいなお母さま。
日に透けると銀にも見えた不思議で艶やかな黒髪と、青みをおびた灰色の目が大好きだった。
かさかさしていたけれど、白くて細い手も。
二人で畑をつくって、家畜を育てて、本を読んで、機織りをした。編み物だってしたし、刺繍も教えてもらった。
お茶の時間はお菓子を焼いて、二人で育てたものを食べた。
動物をしめるのはいつも嫌だったけど、毎日の命に感謝した。
お母さまはすごい魔法使いだった。
精霊たちとおしゃべりをしたり、木を浮かび上がらせたり、猪をしとめたり。
雨を降らせることもできたし、病も治せた。
たまに森の外から人がやってきて、お母さまを頼りにした。
森の外は危ないから、いつもお母さまは私を一人アトリエに置いていったけれど、軽蔑するような目で、怯えたような目でみてくるあの男どもは大嫌いだった。
私の13歳の誕生日の前日、母は私に穴を掘らせた。
理由は教えてもらえなかったけれど、一生懸命穴を掘った。
誕生日の当日、いつも入れてもらえなかった地下室に、母は私を招き入れる。
プレゼントのドレスと青くてきれいな石がはまったネックレスを身につけて、私は言われるがまま地下室に入った。
「あなたは優しい子だから、きっと疲れてしまうでしょうね。でも、賢い子だから、あなたならあの人を支えられるわ。」
「さあ、最後のプレゼントよ。御父様が待っているわ。」
「しあわせにね、レーナ。私の可愛い娘。」
初めて見た母の涙と、初めて知った父親の存在に、私は扉の向こうへ押し出された事が解らなかった。
ちゃんと理解したのは、目の前にあったはずの母の姿が消えたことと、後ろから優しく抱かれたことだけ。
懐かしいような甘い薫りと、母の名を呼んだ低くて優しい、哀しげな声のもとを見上げる。
「はじめましてになるのかな、レーナ。」
細められた目もとに光るものがあって、それはすぐに消えてしまったけれど、この人が私の父なのだと理解した。
「我が城へようこそ、クラウディアと私の可愛いレーナ。」
ああ、やっぱり。
「私の贈ったサファイアは気に入ってくれたかな。」
「もちろんです、おとうさま。」
青い石はサファイアというらしい。
ネックレスのトップを握ると、ひんやりとした硬さがかえってきた。
「良かった。これからは私とここで住むんだ。クラウディアにちゃんとお別れはできたかい?」
衝撃だった。
大好きなお母さま。
お母さまはなにも言わなかったのに。
あの涙は、別れの涙なの?
「いいえ、おとうさま…何もきいていません。」
お父様はまた哀しそうな顔をして、柔らかく微笑んだ。
「あれはまた…別れを嫌うからね。
しかし、それはいけない。きちんと話さなければいけないよ。」
お父様が扉をあける。
「少しだけ時間をあげよう。向こうで日が暮れる前までに、こちらへ戻りなさい。」
「ありがとうございます!」
「さあ、行って。」
私は階段をかけあがり、アトリエの中をくまなく探した。
いない。
外かもしれない。
一刻もはやくお母さまに会いたくて、ドレスの裾を捲り、アトリエのまわりを走った。
どこにもいない。
畑にも、小屋にも、裏庭にも、ちいさな薬草園にも、お母さまが好きだった木陰にも、いない。
どこ?どこにいるの?
「精霊よ、答えて!我が血を供物として捧ぐ!探し人の名ははクラウディア・オティーリエ!黒髪に灰色の目、白い肌の女!」
ふわりと体が浮かんで、怖くなって目を瞑る。
本で呼んだだけの魔法だったから、うまくいくかわからなかったけれど。風の精霊は普段から仲良くしてるし大丈夫なはず。
とんとん、と頬をつつかれて、目をあける。
足を地面におろして、ありがとう、と呟いた。
「お母さま…?」
昨日穴を掘った場所だ。地面の色が違う。
いない。お母さまが、いない。
「うそ…そんな!お母さま!」
「何を喚いているの。」
振り返ると、驚いた表情のお母さま。
「お母さま!良かった、お母さま!」
「レーナ…どうしてここに。」
「お母さまのせいです、どうして何も教えてくれなかったのですか!?」
お母さまに抱きつくとやんわりと押し返された。
初めて拒絶された。
「おまえが行かないと言い出すと思ったからです。
…異界の王になるために送り出すなど、どうして言えましょう。ましてや、二度と母と会えない、だなんて。」
こうして戻ってきてしまいましたが、と苦笑する。
異界の王になる?
お母さまと、二度と会えない?
「なんで…なぜ、二度と会えないの?」
「母はもう長くありません。少し厄介な病にかかりましてね。治せないのです。」
「そんな…」
「本当ですよ。ですから、穴を掘ってもらいました。これで容易に掘り返せます。今は危険ですから埋めましたが。」
万物は流転する。
生きとし生けるものは必ず死を迎える。
次の生のために。
すべてお母さまに教わったことだ。
「だからお父様はきちんと別れの挨拶をしてきなさいとおっしゃったのですね…。
では、異界の王とはなんですか?」
「それは御父様にお訊きなさい。私よりベルンハルトの方が適任でしょう。」
ベルンハルト…お父様の名前だろう。
もう一度、母に抱きつく。
今度はゆっくり返してくれた。
「日が暮れますよ、レーナ。きっと御父様に、暮れるまでには戻ってこいと言われたのでしょう?」
「はい、お母さま…。でも、」
「でも、なんです、レーナ。」
疑問だった。
「あちらには、お母さまは行けないのですか?」
お母さまが悲しげに顔を歪めた。
横に首をふる。
「私では耐えられないのです。おまえも、あちらに耐えられぬ体でした。今日までは。」
「今日まで?」
「成人の体に近づいたからでしょう。ベルンハルトが今日を提示してきました。
今日からモラトリアム期間と言われる2年の間、あちらで過ごすのです。」
「モラトリアム期間とはなんですか?」
またわからない単語だった。
「それもベルンハルトにお訊きなさい。
とにかく、あちらとこちらでは時間の流れは違いますから。あちらでの1年はこちらでの5年に相当します。」
「では、こちらでは10年?」
「そう、その頃にはもう私は居ないでしょう。」
なんてことだろう、認めたくない。
本当にもう、お母さまと一緒にいられないのだ。
「覚悟は決まりましたか、レーナ。
もう時間がありません、急いで地下へ。」
私と母は地下へ戻り、扉の前にたつ。
改めてみると、魔方陣のようなものが刻まれていた。
「レーナ。」
お母さまを見る。
「一度も見たことがない精霊魔法を、本で読んだだけの知識で使うとは驚きました。やはりベルンハルトの子ですね、レーナは。」
「お母さま…。きっとお母さまが基礎をきちんと教えて下さったからです。」
「そうかしら…。うちにある本はね、魔法に関連するものはほとんどあちらのものなの。私では成功するかしないか微妙なものばかり。
だけどレーナ、あなたは成功させた。」
お母さまが優しく私を抱きしめる。
「愛しいレーナ。私とベルンハルトの子。
さあ、お行きなさい。御父様が待ちくたびれてしまうわ。あの人もせっかちね、こちらの日暮れまでなんて、向こうじゃ数分じゃない。」
今日は初めてだらけだ。
こんなに綺麗なお母さまの笑顔、初めて見た。
「さよならは言いません、お母さま。きっとまた会えると信じたいから。」
「あなたらしいわ。じゃあ私もそうしましょう。
また会いましょうね、レーナ。それまで健やかに。母はいつでもあなたのしあわせを願っています。」
これが今生の別れではないと、そう祈る。
この時は本当に、晴れやかな気分だった。
「次は元気な姿をみせてね、レーナ。」
「お母さまも、病なんかに負けないで下さいませね。」
「ベルンハルト、あとはよろしく頼みましたよ。」
「もちろんだクラウディア…我が名と血にかけて誓おう。」
そうして私は異界の王、ベルンハルト・カスパー・エーレンフリートの娘として、正式に迎え入れられた。
次期シュヴァッツ・シュラーフミッテルの王候補の一人として、必要な教育を施すために。
感想とか貰えたらいいなって…。




