どいつもこいつもうっとうしい。
肩まで伸びた髪はちゃんととかしてなくてボサボサ。学生服のリボンもあさっての方向を向いているし、やたら登下校中の荷物が多いちょっとデブな女。第一印象が変わんねえな、こいつは。
最初に見たのは入学式の後の教室での自己紹介の時だっけな。「港海輝(みなと みき)です。」とか、自信なさげに名乗ってたっけ。俺は女子とは(最近は何故か男子とも)あまりしゃべらないから、面識はほとんどないが、こいつは基本一人っきりでいることが多いと思う。
「なんか用?」
「あの、さっきの舞鳥君たちとのことなんだけどさ…」
この女、自分に関係ないことに首突っ込む気か? ちぇっ、余計なお世話だ。
「こっちにはこっちの事情があった。だから断ったんだよ」
部外者にこれ以上言う義務はない。俺は背を向けて帰ろうとした。
「最後まで聞いて」
「うっせえな。どーせ、無理でも付き合ってやれとか言うんだろ」
「そんなんじゃないよ。ただ…」
やつは黙ってうつむいた。それきり、前で組んだ手をもぞもぞと動かしているだけだ。言葉を探しているのか、それとも単純に俺に負けたのか。
いずれにせよ、構ってはいられない。俺は港を振り捨てて、校門を飛び出した。
「ただいま」
「…お帰りなさい」
返事がないのを覚悟で玄関に踏み込んだが、意外にも居間から小さく返事が返ってきた。なんだ、涼子さんいたのか。今日もてっきり隣町の百貨店びたりかと思ってた。
俺は居間には向かわず、リュックサックを部屋に置いて宿題を済ませた。そして、いつも通り台所で飯の支度。昨日学校帰りに買った野菜と豚肉のストックがまだある。うん、サラダと豚の生姜焼きにしよう。
仕度を終えた頃、涼子さんが台所にいるのに気がついた。俳優っぽい綺麗な顔で、洗い物をする俺の手をじっと見ている。何だかむずがゆいな。
「なんか用っすか」
「…食事の支度、してくれたの?」
今頃かよ。だいぶ前から朝も晩も俺がやってるじゃんか。あんたが親父と結婚する前から…いや、母さんが死んでからずっとな。
「つまんないもんですけど、食べといてください。俺、今から行くとこあるんで」
あんたは当然って顔で家事ひとつしなかったくせに。
「あの、あの、良かったら…」
「はい?」
「私、てつ…」
それきり黙り込んでうつむいてしまった。なんなんだ、まったく。自分から声かけといて。
涼子さんは、そのまま居間に戻った。多分、スマホいじるかマニキュアでも塗るつもりだろう。しっかし、今の涼子さんを見ていると、学校での港を思い出す。あの、むかつくほど忌々しい態度!
俺はドアを開いて出て行った。急がないと暗くなっちまうな。
音を立ててドアを閉めた時、すき間から気をつけてと言う声が、かすかに漏れた気がした。




