少女の呟き〜何かもう一つ〜
(つまり、二人の言ったことを否定してないってことね)
海輝はがっかりした。と言うよりも、絶望した。今の一言は、康太の中に遥に対する悪い感情が芽生えてしまったことを意味する。
さっき、「山城とは、なんでも話せる仲だと思ってた」と康太は言った。あれはひょっとして、遥に対する失望を表していたのだろうか。
(やばい。私のせいだ)
さっき、山城が言ったことを素直に教えてはいけなかった。このままだと遥と康太の仲は崩壊する。これはすぐになんとかしなければ。
「あ、これは」
次郎が何か拾い上げた。緑色の小さな小銭入れだ。
「交番に届けるか」
「いや、それは山城のだ」
康太がぶっきらぼうに言う。そして、次郎から受けとって、海輝に渡そうとした。
「これ、山城に届けてくれ」
「私、山城君の家知らないの。舞鳥君も知らないの?」
「あいつの家の場所なら教える。おまえが行ってくれ」
「なんでよ」
「俺が行っても、どうせあいつは受け取らねえ」
「…」
押し付けられるようにして小銭入れを受け取る。小銭入れはずっしりと重かった。
「舞鳥、もう行こうぜ」
「早くゲームしてえ」
直人と次郎はもう歩き出していた。康太も二人を追おうとしたが、不意に振り返って縋るような目で言った。
「あいつの家は学校の近くの赤い屋根の家だ。じゃあ、くれぐれもよろしく頼むな!」
そして、三人はすぐに見えなくなった。
小銭入れを渡すことだけを「くれぐれもよろしく頼」まれたわけではないらしい。一人取り残された海輝は康太の言ったことの意味を考えた。
同時刻、一人の男性が紙袋を引っさげて帰宅中の道を歩いていた。年の頃五十歳くらい。いかつい顔にがっしりとした体つきの、いかにも大物っぽい人物である。
彼は帰宅途中であった。手には紙袋を下げている。中身は隣町のケーキ屋で買ったアップルパイだ。息子に食べさせてやろうとして持って帰ってきたのだ。
(昔はよく家族三人で食べたものだ)
彼の妻は、一年前に亡くなっている。彼よりもだいぶ年下で、まだ若かった。妻が死んで以来、息子は家事に追われている。時々隣町で夜遅くまで遊び、自分には口をきこうとしない反抗息子だが、家事はきちんとこなしてくれた。だが、自分はそんな息子に矛盾を感じ、どう扱っていいかわからず、ついついぶっきらぼうに接してしまうことが多かった。
(あの子の母親が生きていた時から、そんなに遊んでやったことがなかったな)
だから、今も息子のことがわかっていないのかもしれない。それはそれで仕方ない。せめて、今までご苦労と労ってやろう。アップルパイを見れば、息子も喜ぶだろう。
家に着いた。カレーの匂いがする。彼は台所まで歩いた。そこにいるのが、彼の再婚した妻であると思って。
「!」
カレーの鍋をかき混ぜていたのは、彼の息子だった。




