第25話 地下三千キロの位相
1. 確率論の檻
現実世界。
北の研究所から一キロ離れた山中。
ビットが空中に投影した青い透過マップを頼りに、一行は木々の間を進んでいた。
「あの辺りから監視網が敷かれています」
ビットが示す先へ向け、秋山は手にした器械のノズルを掲げ、不可視の浮遊型ナノ・センサー群を大気中へ放った。
樹々に潜む赤外線光束、地盤の振動を拾う聴感センサー、野生の獣と人間を識別する熱源識別子。
それら全てのアナログ信号は、電子の波――量子情報へと変換されて中央の監視系へ集約されている。
秋山がゴーグルを覗き込むと、鬱蒼とした枝葉の合間に、光の霧のような警戒確率空間が青く立体描画された。
「……なるほど。風に揺れる木々や動物のノイズを排除するため、システムの判定基準が『確率論』で動いている。量子物理学者を舐めないでほしいね」
秋山は手に持ったガジェットから特殊な電磁パルスを放射し、周辺のセキュリティ通信回線の量子状態を強制的に「重ね合わせ(コヒーレント)」のまま固定した。
秋山がレーザー網をあっさりと跨ぎ、地中の感知ポイントを踏み越えて進む。
しかしシステム側には「侵入者が存在する確率50%・存在しない確率50%」という、未確定の数値が届き続けるだけだった。
エラーを起こすわけではない。
「事象が未確定」と認識するため、アラートを鳴らすことができないのだ。
一行が通り過ぎた直後、バックパックの装置が風と小動物の擬似データを通信回線へ照射し、観測を上書きしていく。
「凄いですね、それ。セキュリティの無効化ができるんなら、その逆もできるんですか? 秋山さん」
歩を進めながら陽菜が訊ねた。
「当たり前だろう? 陽菜ちゃん」
秋山は不敵な笑みを浮かべ、デバイスの画面を指先で弾いた。
「物理法則ってやつはね、いつだって対称なんだ。右があるなら左があるように、破る手法が解明されているということは、解かれない鍵の構造も理解しているということさ。もし俺が本気でこの山に防衛網を構築するなら、そうだな……量子もつれを利用した暗号網を張り巡らせる。侵入者がどれほど気配を消そうが、偽のデータを流そうが関係ない。俺の作った光子の網にほんの微粒子一つ分でも触れた瞬間、その衝撃で量子の状態が破綻する。つまり、侵入者がそこに『存在する』という事実そのものがシステムへの報知になる。この宇宙の物理法則を書き換えない限り、誰も俺の構築した檻からは逃げられない。アインシュタインやシュレーディンガーが俺の味方をしているからね。……まあ、だからこそ、その法則の隙間を突いてこうして歩いている俺のほうが、一枚上手ということになるけれど」
秋山は目を悪戯っぽく細めた。
「あはは……説明が長くてよく分からないですけど、『俺』って言葉が5回出てきたのだけは分かりました。秋山さん、うちの実家のセキュリティ開発に推薦したいんですけど、いいですか?」
陽菜が引き気味に言う。
「えェ? ああ……まあ……陽菜ちゃんの頼みならいいけれど……」
秋山が、ちょっと嬉しそうに応じる。
「じゃ、この件が終わったら話を進めちゃいますね。マスター、サクサク終わらせましょう。17時までに終えないと残業になっちゃいますよ!」
「まったく、陽菜は緊迫感がないな……」
マスターが苦笑した。
秋山らが一歩進むたび、背後の重ね合わせ状態がパチンと弾け、「誰も通らなかった」という過去の事実だけが確定していく。
中央の監視モニターには、変わらぬ山道だけが映り続け、データ上も異常なしのまま。
秋山は波のように境界を曖昧にしながら、隠された研究所のゲートへと着実に近づいていった。
2. 潜入と協力者
「亜依さんの観測では、研究所の位置はあの先になります。マップにも建造物の反応を確認できます」
ビットが告げた。
山中のセンサー群を「確率の重ね合わせ」で欺き通した一行は、木々の合間に、コンクリートが風化した三階建ての旧療養施設を見つけ出した。
「これが、北の果て、地図にも載らない古い療養施設か……」
律が呟く。
「整理しよう」
マスターがノアの口癖を真似て言った。
「作戦会議のおさらいだ。まず我々は、この研究所の研究員と合流する。彼の案内で地下4階の第0廃棄区画へ向かう。エレベーターのボタンには存在しない、特殊カードをかざさなければ停止しない隠されたフロアだ。かつて事故で閉鎖されたことになっている旧隔離棟の奥だね」
「そこの第4培養セクターにノアさんはいるはず、でしたよね」
律が確かめるように言った。
「いてくれたら助かるんだがね」
秋山が肩をすくめる。
「ああ、以前はもっと上の階層にいたのだが、今回の件があって権限最大の階層に移してもらったから、大丈夫だとは思う。モノリスの息のかかった者たちは、まだそこまで辿り着いていないというのが協力者の話だ」
「取りあえず我々は関係者に見られずノアさんの身体に辿り着き、移動できるよう処置をして、ビットさんの転移でパラレル・ラインの地下へ飛ぶ……ですね」
「そうだ」
マスターが大きく頷いた。
マスターは袖を少し捲り上げ、左手首のバイナリ時計の暗号化チャンネルを開いた。静かなバイナリパルスの明滅とともに、通信をつなぐ。
「壱、聞こえるか?」
『はい、聞こえています。そちらのバイナリ座標と位置データは完璧にモニターしていますよ』
時計の小さなスピーカーから、居酒屋で管制にあたる壱の落ち着いた声が返ってきた。
『店に残っている1/2のビットと、そちらに同行している1/2のビットがオンラインで同期接続されました。映像と音声もリアルタイムでこちらに届いています』
「助かる。潜入の準備は整っている、いつでもOKだ」
『了解しました。……では、潜入を開始してください。みんな、どうか気をつけて』
「ああ、了解した」
通信を切ると、マスターは皆の顔をゆっくりと見回した。
「では、行くぞ」
一行は、旧療養施設へと息を潜め侵入を開始した。
ノアの身体を取り戻すために――。
3. 『は虫類ちゃんスーツ』の起動
研究所の裏口。
「私のID、まだ使えたか……」
マスターが電子キーから手を離すと、重厚な金属音が聞こえ、固く閉ざされていた裏口の扉が滑らかにスライドした。
一歩足を踏み入れると、外観の古びた印象とは一転し、白を基調とした機能的な通路が奥へと続いていた。
ここは単なる古い施設ではなく、カモフラージュされた地上3階・地下7階の巨大な現役研究拠点だ。幾重もの隔壁が張り巡らされ、今この瞬間も多くの研究員や警備員が行き交っている。
「さすがにこの人数で無警戒に潜入するのは無理がありますね。……スーツ、起動します」
秋山が胸元のキーを叩くと、四人が着用している一見おしゃれなパーカー風の服から微かな電子音が鳴った。
胸部と骨盤のジェネレーターから極小の力場の『鱗』が無数に発生し、全身を覆う。
と同時に背景の光が屈折し、四人の姿が空気中にスッと溶けるように完全に視覚から消え去った。
ビットの提供した圧倒的な技術により作られたこの『は虫類ちゃんスーツ』には、多層力場による物理防御だけでなく、周囲の光波長を極小の力場の鱗で屈折させる超光学迷彩機能まで実装されていた。
開発当初、壱が「サラマンダー・シェルにしよう!」と格好良く提案したものの、陽菜に「そんな厨二病みたいなこと言ってるからレイイチさんがコスプレになったのを忘れたんですか!」と一蹴され、押し切られる形で名付けられた因縁の装備でもある。
(ふふ、トカゲとかカメレオンみたいに消えちゃうから『は虫類ちゃん』で大正解でしたね)
透明化した状態で呑気に自画自賛する陽菜をよそに、一方のビットもまた独自の手段で姿を消していた。
すでに戦闘形態を身に纏っていたビットは、ふっと実体を解除すると、青い光の微粒子へと戻り、精神生命体として空間に完全に透過した。
『――私の粒子反応であれば、通常の人間の目には映りません。私が先行して通り抜け、最適な進路を案内します』
宙を自在に舞うビットからのクリアな念話が、四人の脳内に直接響く。
『三方向の角から警備員が近づいています。左の配管スペースへ退避してください』
ビットの指示に従い、完全な透明となった一行は、すれ違う白衣の研究員や重装備の警備員たちに一切気づかれることなく先へ進んだ。
正面ホールや中央エレベーターを回避し、配管スペースから非常階段へと静かに進入。
足音ひとつ立てずに階段を上り、目的地である2階へと向かった。
「地下に行くのに、わざわざ2階へ上がるんですか……?」
陽菜が不思議そうに小声で言った。
「陽菜ちゃん、作戦会議の時に説明ちゃんと聞いてなかったでしょう? 地下にはね、一度2階へ上がってからエレベーターに乗らないと行けないの。1階のエレベーターは地下へは降りられないし、2階のエレベーターは1階には止まらない構造になっているんだよ」
律が優しく諭すように言葉を添えた。
「ここは元々、極めて高レベルの隔離実験を行うための施設だったからね。地下に満ちる特殊な空気や目に見えない微小物質が、外の世界と地続きである1階ロビーへ決して漏れ出さないよう、空気圧も空間そのものも物理的に分断してあるんだ。1階と地下を繋ぐ垂直のシャフト(昇降路)をあえて作らず、2階を緩衝地帯として間に挟むことで、万が一の事態が起きても2階の密閉シャッターで完全に封鎖できるよう設計されている。いわば、2階全体が地下へと降りるための巨大な減圧室の役割を果たしているのさ」
マスターが静かに補足した。
「ん〜、2階が談笑地帯?」
聞き間違いにも程がある。
もはや誰も突っ込む気になれなかった。
ビットの導きによって無事に2階へ到達した彼らは、エレベーターホールの斜め前にある部屋を目指した。
目的の部屋の前、マスターがIDを使って扉を開ける。
光学迷彩を解除し、おしゃれなパーカー姿に戻った4人は室内の奥へと進む。
そこにいたのは、白衣を着た男性だった。
岡崎博文。チーフ・プロセッサー(主任研究員)であり、極秘プロジェクト室の室長を務める男だ。
かつてのマスターの部下であり、今回の事態をいち早く知らせてくれた協力者でもある。
「ご無沙汰しています、佐伯博士」
岡崎が深く頭を下げた。
「いろいろありがとう。頼りにしているよ、岡崎くん」
マスターが歩み寄り、旧知の部下の肩を軽く叩いた。
岡崎は緊張の糸が少しほぐれたように、疲弊の色の混じる目元を緩めた。
「佐伯博士……無事で何よりです。連絡を差し上げたものの、モノリス派の動きが予想以上に早く、私自身いつ拘束されてもおかしくない状況でした。……まさか、こんな大人数で来られるとは思いませんでしたが」
岡崎はチラリと、秋山や律、そして陽菜や、再び実体を結んだ戦闘形態のビットへ視線を走らせた。
「頼もしい仲間たちだよ。それで、内部の状況はどうなっている? ノアの様子は」
「ええ、第4培養セクターのセキュリティ権限は、博士に言われた通り私が事前に書き換え、最深部へ隔離・ロックアウトしてあります。モノリスの調査チームも地下へ向かおうとアクセスを試みていますが、私がダミーのプロトコルで誘導して時間稼ぎをしています。ですが、それもそろそろ限界です。彼らが異変に気づいて突破してくる前に、急ぎましょう」
岡崎は手元のタブレットを操作し、廊下の状況を確認すると、決意を秘めた顔で頷いた。
「地下へ向かうための2階特殊エレベーターは、この部屋のすぐ先です。私のマスターIDでロックを解除します。行きましょう」
一行は、新たに岡崎を加え、地下の深淵へ向けて密やかな一歩を踏み出した。
4. 虚無への滑空
切迫した状況と互いの信頼関係を確かめ合うように深く頷き合い、一行は岡崎の先導で静かに部屋を後にした。
エレベーターの前へと辿り着くと、岡崎は手にしたマスターIDを静かにかざし、呼び出しボタンを深く押し込んだ。
静かな機械音が微かに低く唸り、壁面の表示灯が琥珀色に明滅する。
やがて到着を告げるチャイムの音が、廊下の静寂へと澄んだ余韻を響かせた。
――チン。
硬質な音を立ててドアが左右へ滑り開いた瞬間、その中から白衣を纏った若い観測員が一人、ふと降りてきた。
唐突すぎる予期せぬ遭遇に、岡崎の背筋が冷たい緊張で一瞬にして跳ね上がる。
「岡崎さん、お疲れ様です」
「……っ、お疲れ様」
あまりにも無防備な鉢合わせ。
一瞬にしてその場に息をのむような冷や汗が走ったが、観測員は何食わぬ顔のまま、気安く岡崎へと声をかけてくる。
「4-0(ヨンゼロ)に行かれるんですか?」
「ああ、code-NOAに変わりはないか?」
「はい、微弱な反応を示したままです」
「そうか、わかった」
「あまり根を詰めないでくださいね。お身体にさわりますから」
「ああ、ありがとう」
親しげな労いの言葉を残し、観測員はそのまま足音を廊下の奥へと遠のかせ、去っていった。
去り際を見届けると、岡崎はエレベーターの中へと足を踏み入れ、操作盤の奥に隠された認証装置へと手を伸ばす。
隠し認証を終え、重厚な扉が静かに閉ざされた。
エレベーターが重力に従うように、滑らかに地下へと下降を始めたその時。
何もないはずの空間がゆらりと揺らぎ、まるで水面に落ちた波紋のように、マスター、秋山、律、陽菜の四人が佇む姿が浮かび上がった。
そして、精神生命体として空間の隙間に透過していたビットもまた、光を集めるようにふっと実体を結び直す。
「ふう……念のために視覚的透明化をしておいてよかった」
律が冷や汗の残る胸を撫で下ろしながら、安堵の溜息を漏らす。
「ほんと、ドキドキしちゃいました」
陽菜もまた、小さく息を吐き出した。
「岡崎くん、君は体調が悪いのか?」
先ほどの観測員との会話に残った微かな影が気にかかったのか、マスターが気遣うような眼差しで問いかけた。
「……実は、少し病気を患っていまして。ですが、たいしたことはありません。薬でしっかり抑えていますから」
「それならいいんだが……こんなことに付き合わせて、無理をさせてしまい申し訳ない」
「お気遣いには及びません。それよりも、地下4階で眠り続けているノア先生のお身体のほうが心配ですから」
下降する箱のなかで、岡崎は抑えた口調に、揺るぎない意志を込めていた。
その瞬間だった。
ガガガッ、と硬質な音を立ててエレベーターが不自然に停止した。
「おかしいです。動きません。装置が反応しなくなりました」
岡崎が慌てて操作盤を叩く。
突如、エレベーターが猛烈な勢いで動き出した。
下へ、尋常ではない速度で急降下を始める。
「みんな、スーツの防御力を全開にしろ!」
秋山が叫んだ。
4人のスーツが強固な多層力場のバリアを展開し、同時にビットは岡崎の体を抱え込み、自身の高次元装甲と浮遊力場で完璧に衝撃から保護した。
エレベーターは加速度を増し、強烈な圧力が襲いかかる。
体感時間を遥かに超える滑空の末、エレベーターがようやく停止した。
チン、と間抜けな電子音が鳴り、扉が開く。そこに広がっていたのは、異質な気配を孕んだ巨大な空間だった。
「ここはどこだ?」
マスターが周囲を見回す。
「こんな階層、いつ作ったんだ……?」
岡崎も絶句していた。
「私の演算では……地下約3,000キロメートル降下しました」
ビットが無機質に報告する。
誰もが言葉を失い、空気が凍りついた。
「つまり、マントルを突き抜けて外核に100キロほど突入した状態なのか。だが、ここには鉄やニッケルが完全に溶けたドロドロの液体金属の海がないぞ!」
秋山が声を張り上げた。
「ああ、3,000キロの深さなら温度は約4,000℃〜5,000℃に達する。我々は1ミリ秒もかからずに一瞬で消滅しているはずだ」
マスターが顔を強張らせる。
「この場所、冥界の匂いが濃いです……」
陽菜がぼそりと呟いた。
「えええっ!?」
律が悲鳴をあげる。
その瞬間、マスターの手首にあるバイナリ時計から、激しい砂嵐のようなノイズと共に壱の緊迫した声がスピーカーから割れて響いた。
『マスター、大丈夫ですか!? こちらのモニター上のバイナリパルスが急激に位相ズレ(フェイズ・シフト)を起こしました……!』
「壱か! なんとか無事だ。ビットの解析によると、エレベーターが地下3,000キロまで降下したらしいが……」
『ええ、こちらでも追跡信号を解析し、深度約3,000キロの座標にいることは間違いありません。ですが……明らかに異常です。そちらから送られてくるデータの「位相幾何学的なキャリア波(搬送波)」の周波数が、現実世界のそれとは決定的に噛み合っていません』
「キャリア波の位相ズレ……?」
秋山が時計に顔を近づける。
『そうだ秋山、実数空間同士の通信なら、どれほど深く潜ろうとパルスの波形は連続性を保つ。だが、いま届いているデータは、高次元の膜を透過する際に発生する「虚数位相の量子ノイズ」を強烈に孕んでいる。物理的な座標は地球の真下でありながら、通信のロジックそのものが「別次元の物理法則」を叩き返してきているんだ!』
「まさか、ここは異界なのか……?」
秋山が周囲の空間を凝視した。
「その可能性が高いです。ここは間違いなく地球の物理的な地下3,000キロという座標に位置していながら、私たちの住むこの三次元空間とは位相(次元)がズレています」
ビットも壱の見解に同意するように頷いた。
陽菜が「え? どういうこと?」と首をかしげる。
「そうか! そういうことか! 陽菜ちゃん、場所としては確かに地球の真下3,000キロの場所にあるんだ。でも、本来そこは4,000度の鉄の海がある『この宇宙の地球』じゃない。空間の膜がほんの少しだけ重なり合っている、パラレルな異次元空間なんだよ。だよね、ビット!?」
察しのいい律が叫んだ。
「相変わらず察しがよくて助かります。その通りです」
ビットは無機質ながらも少し感心したように頷き、通信の向こうで固唾をのむ壱へ向けて、解説を続けた。
バイナリ時計からは、ノイズに混じって壱の息を呑む気配が微かに漏れ聞こえている。
「どうやらエレベーターは異界の位相へと空間をシフトさせるための『次元のクラッチ切り替え』だったようです。私たちは今、地球の重力を利用しながら、異界の門へと滑り落ちています」
居酒屋パラレル・ラインの地下管制室で、
モニターを見つめる壱の背中に冷や汗が伝った。
(異界の門……)
開いた扉の向こうに広がっていたのは、地球の底に眠る見知らぬ異界の暗闇――
圧倒的な虚無の光景を前に、一行はその場に固まり、言葉を失った。
律も秋山もマスターも、岡崎までもが息を呑んだまま微動だにできない。
科学も常識も通用しない異次元の深淵に、ただ呆然と立ちすくむしかなかった。
だが、その破滅的な空間を前にしても、常人とはまるで違う反応を示す者がいた。
金色の片目を静かに発光させ、目前の異空間データを解析しながら戦闘・防衛プロトコルを起動させるビット。
そして――
「これ、絶対に17時の定時退社は無理なやつですね」と呟く陽菜だった。




