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全てはミライの笑顔のために  作者: アベル
魔界王第二位 編

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22/24

12

 どれほどの時間が経過したのか。

 絶対的な静寂と石畳の冷たさだけが、ツルカの意識をゆっくりと闇の底から引き上げる。


「……ん……」 


 重い瞼をこじ開ける。視界に映ったのは岩盤が迫る洞窟の暗がりだった。思考が凍てついたように動かない。

 なぜ、ここで寝ていた? 


「……あ……」


 乾いた喉から掠れた声が漏れる。ツルカは痛む全身に鞭打って、ゆっくりと上体を起こした。

 その瞬間、全てを思い出した。グレイの追撃。落下。そして──────


「マリアネ……?」


 すぐ傍らに、彼女は倒れていた。あれほどの覇気を放っていたのが嘘のように、まるで古い人形のように色褪せた姿だった。ツルカは這うようにしてマリアネの手に触れる。


「……つめたい……」


 血の気を失い、石のように冷たくなった肌。呼びかけても、もうその瞳が開くことはなかった。


「……いやだ……。うそだ……。マリアネ……!」


 揺さぶっても、抱きしめても、返ってくるのは無情な沈黙だけだった。


「こんな……こんなのって……ないだろ……!」


 涙が溢れた。それはマリアネから託された『闇』のせいか、それとも自身の絶望からか、頬を伝うそれはまるで彼女の肌と同じようにひどく冷たく感じた。


《マスター……》


 頭の中に、アイナの静かな声が響く。そこにはいつもの機械的な冷静さとは違う、感情を押し殺したような、静かな響きがあった。


「アイナ……! マリアネが……マリアネが……!」

《……分かっています。ですが、今は……立ち上がってください》


 非情な言葉だった。だが、アイナは続ける。


《魔王マリアネはマスターに全てを託しました。その命と、その力を。……そして、あの唯一の脱出口……ゲートのことを》

「ゲート……」


 ツルカははっと顔を上げた。マリアネの最期の言葉が蘇る。

  

 ──────あのゲートには……おそらく地上へと……行ける……一方通行の転移ぐらいは……できる力がある……。


「……そう、だった。行かなきゃ……」


 ツルカはマリアネの亡骸からゆっくりと手を離した。

 内側で、二つの相反する力が渦巻いているのが分かる。灼熱を放つ『光』と、全てを飲もうとする『闇』。二つがせめぎ合い、ツルカの身体を器としてかろうじて均衡を保っている。


《あの声………。まさか、かつて四神が封じたあの権能をあろうことか………》

「……アイナ? 何か言った?」

《……いえ。今はゲートへ向かいましょう。魔王マリアネの最後の希望を無駄にするわけにはいきません》


 ツルカはマリアネの亡骸をまっすぐに見つめた。

 彼女に掛ける言葉は見つからない。ただ、ツルカは深く、さらに深く頭を下げた。


「……ごめん。……いいや……。ありがとう、マリアネ」


 そして、立ち上がる。

 膝はまだ震えていた。だが、その蒼い瞳には先ほどまでの絶望ではなく、託された闇のように静かで冷たい決意の光が宿っていた。

 全ての元凶である大魔王グレイを討つために。そして、マリアネが愛した世界を見るために。


「行こう、アイナ。地上へ」


 ツルカは、二度と振り返らなかった。

 託された命と力をその身に抱え、あの黒曜石のゲートへと向かうために踵を返す。

 

(……僕は、守れなかった……自分を過大評価しすぎてたみたいだ……)


 後悔が思考を黒く塗りつぶそうとする。だが、そのたびに体内で二つの力が激しくせめぎ合った。

 胸の中心で燃える、あの戦いで目覚めた温かい『光』。そして、その光を覆い尽くさんばかりに全身を駆け巡る、マリアネから託された冷たい『闇』。熱と冷気が同時に存在し、その均衡の悪さがツルカの全身を痛めつける。立っているだけで意識が飛びそうになるほどの拒絶反応だった。


《マスター、意識を保って。大丈夫です、アイナが直に、魔王マリアネの力をマスターの体に適用できるよう最善を尽くします。ですが、歩みを止めるわけにはいきません。……マスターは、マリアネが託した希望を叶えるために、地上に出ねばなりません》


 アイナの静かな声に、ツルカは奥歯を噛みしめる。視線を上げると、この地下大空洞に不気味にそびえ立つ、あの黒曜石のゲートが目に入った。

 風化し、崩れかけていたはずの二本の柱。だが、ツルカが近づくにつれ、その表面に刻まれた無数のルーン文字がまるで脈動するかのように、ぼんやりと禍々しい明滅を始めた。


「……ゲートが……光ってる……?」

《違います、マスター。……ゲートが、マスター自身に反応しているんです……》


 アイナの声に緊張が走る。


《マリアネから譲渡された力……魔王の権能に、この魔界への扉が共鳴しています。この力を使えば、この朽ち果てたゲートの機能を強制的に書き換え、一方通行の転移路をこじ開けられるかもしれません……》

「……この、力で……」


 ツルカは自らの右手を忌々しげに見つめた。集中を解けば自然と溢れる、制御不能な闇の力。それを使わなければ、ここから脱出できない。その事実が、ツルカを苛んだ。


《マスター。ゲートに手を触れてください。そして、意識を集中して……地上へ繋げと強く念じるのです》

「……っ!」


 ツルカは意を決し、震える右手をゲートの冷たい石柱へと押し当てた。

 その瞬間、待っていたとばかりに体内の闇が奔流となってその右手へと集束し、ゲートへと流れ込んでいく。


「うっ……あああああっ!」


 全身の血液が逆流するような激痛。だが、それと引き換えにゲートのルーン文字が眩いほどの漆黒の光を放ち始めた。

 二本の柱の間が異様に揺らめく。何もないはずの空間がバリバリと耳障りな音を立てて裂けていく。やがて空間そのものが捻じ曲がり、不安定に渦を巻く光の届かない深淵が口を開けた。


《転移路、強制開門……! 座標、グランドシオル地表部でロック! マスター、早く! このゲートは長くは持ちません!》


 アイナの叫びが響く。ツルカは振り返ることはなかった。

 ただ胸に宿る二つの力を強く握りしめ、その不安定な闇の渦の中へ決然と足を踏み入れた。

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