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「さて……そろそろね」
リゼットが何やら地図を開きながら、気だるそうに前方指さす。
「そろそろ……というと、討伐対象である『シルフィドラゴン』の生息地ですか?」
「ええ」
「ふふふっ、ここでマリアネさんに、シルフィドラゴンがどんなやつで、どれだけ脅威なのか教えてあげよう!」
始まった、と言いたげにやれやれと苦笑するリゼットたちに目もくれず、ヤーヨンが胸を張りながら、得意げに口を開く。
「『シルフィドラゴン』とは! ズバリこのダマユナセール大森林でも有名な特級種の魔物! 数々の冒険者が返り討ちにされ、討伐が困難とされている魔物だよ。それを今! 私たちリゼットギルド一行が倒してあげようってわけ!」
「特級種……というと、Sランク級ですよね?」
「その通り! 最上位ランククエストってわけです!」
ヤーヨンが深く頷きながら、マリアネに不敵な笑みを浮かべる。
(Sランクって……そんな高難易度なクエストを四人で……?)
マリアネは心の中で不安に駆られながら、常に余裕な表情を崩さない四人を順番に見ていく。
(どうして、こんなにも余裕そうなの? 死ぬ可能性もあるはずなのに……)
マリアネの心配を余所に、しばらく歩を進めているうちに、前方の視界が徐々に開けていく。
一行が辿り着いたのは、鬱蒼とした大森林のど真ん中に、不自然に広がる巨大な平原のような大広場だった。
いや、どちらかといえば、木々が薙ぎ倒され、広地と化したと言ったほうがいいのかもしれない。
「これは……」
「シルフィドラゴンの住処の一つ。そのドラゴンはこうやって森の中を更地にして、寝床にする習慣を持っているのよ。迷惑極まりないわね」
マリアネたちは警戒を怠らずに広場の中心まで歩み進めるが、特に敵の気配は感じられない。
「どうやら、討伐対象はいないみたいですね? 留守でしょうか」
「まあ、待ってたらそのうち帰って来るんじゃない? その間、この住処に罠でも張って荒らしておくなんてどう?」
「リゼってやっぱり、盗賊系の仕事してた?」
危険地帯に足を踏み入れているのにも関わらず、この人間たちはピクニックにでも来ているかのように平然と会話を交わしている。
圧倒的な力を持つ魔王マリアネならともかくだ。しかし、平凡の戦士、僧侶、アサシン、魔法使いが集まったとて、限界を超えれば呆気なく死ぬというのに、なぜあそこまで楽観的になれる?
(この人たち、魔物を軽く見ているのかな……? 自分たちが強いと自負しているのはいいのですが……いささか誇大妄想では……)
その時だった。
マリアネの鋭く敏感な感知能力が、はるか上空から、暴風のような速度でこちらへ急降下してくる気配を捉えた。
「ちょ、みな──────ッ!?」
マリアネが危険を知らせようと声を張り上げる前に、先ほどまで笑い合っていた皆の目の色が、完全に実戦のそれへと切り替わった。
「─────バル、頼んだわよ!」
「おうよ!」
バル以外の皆が爆ぜるようにその場から離脱し、バルは腰にかけた鞘から剣を抜くと、頭上に向けて水平に構えた。
巨大な影がバルを覆い隠した刹那、全長十メートルほどあろう巨大な竜──シルフィドラゴンが、空から爪を立ててバルに襲いかかった。
「なっ!?」
マリアネはその目を疑った。
あろうことか、あの巨体の強襲をただの戦士であるバルが剣一本で真正面から受け止めていたのだ。
ドラゴンの爪がバルの剣と拮抗し、凄まじい高鳴りが空間を支配した。巨体の衝撃で地面は蜘蛛の巣状にひび割れ陥没し、その波動は辺りの草木を蹂躙する。
凄まじい風圧に、マリアネもたまらず顔を腕で覆った。
「けっ……痛ってえな。両足がへし折れちまうところだったぜ」
「ひゅ~。流石、鉄壁のバル! ドラゴンもドン引き~」
「煽ってんのかどっちだ!」
バルは力を込めて地面を蹴り上げ、ドラゴンの巨体を強引に押し返した。
弾かれたドラゴンは空中で巨大な翼を羽ばたかせて体勢を取り、勢いよく地面へと着地する。
(ど、どういうこと……! ただの人間が……冒険者が……あんな巨体を受け止めるなんて……!?)
マリアネのなかにあった『人間』の固定概念は崩れ去った。
人間は貧弱でか弱い生き物だと、魔族の誰もが思っていた。マリアネでさえそう思っていたのだ。
光の使者でもない……ましてやただの人間の力、魔力など、取るに足らないお遊び程度だと勝手に常識づけられていた。
(……人間は……いつの間に、ここまで力ある存在になってしまったの……!?)
マリアネは呆然としながらも、彼らの常軌を逸した戦闘から目が離せなくなっていた。
「さあ、行くわよ、ヤーヨン! 耐性魔法お願い!」
「もちろんだよ! 『プロテクション』っ!」
ヤーヨンが腰に携えていた短杖を手に取り、魔力を集中させた。すると、詠唱の過程を完全に省略した魔法が発動し、バルとノーンの体に薄い光の膜が展開された。
(まさか……無詠唱まで……!)
マリアネの予想をことごとく凌駕していくため、もはや本人は言葉を失っていた。
「さあ、バル。前線でドラゴンの気を引いて!」
「あいよ!」
ノーンとバルの掛け声とともに、ノーンが二振りの短刀を逆手に握り、ドラゴンへと猛進した。
「グルォ!」
その無防備な突進を認めたドラゴンが大口を開き、ノーンへと火球を放とうと、喉奥を光らせる。
しかし、その横でバルが剣を構え、ドラゴンの右脚へと凄まじい横薙ぎの斬撃を入れた。
その強固な鱗は両断できなかったものの、ドラゴンの足は折れ曲がって体勢を崩し、大きな隙を見せる。
「ここっ!」
ノーンは身軽に飛翔し、宙に舞いながら目にも留まらぬ回転を展開すると、その勢いでドラゴンの頭上から尾に掛けて回転斬りを繰り出した。
威力は決して強大ではないが、巧みな技術と異常な機敏さがドラゴンの鱗を剥ぎ取り、その皮膚を露わにした。
「グルァァァァァァァァッ!?」
激痛に咆哮するドラゴンは暴れ狂い、その巨体を大きく回転させて尻尾で辺り一面を薙ぎ払った。
「うおっ!?」
「バル!」
巻き込まれたバルは咄嗟に剣を盾にして受け止めたが、衝撃で体が吹き飛び、近くの巨木に激突した。
「ごへっ……へへ。危ねえ」
かろうじて致命傷は避けられたものの、体への衝撃は防げず、血反吐を散らしていた。
「ヤーヨンの結界がなきゃ、全身骨折だったかもしれねえな……はは」
「な、何笑ってるんですかぁ! とりあえず、治療を!」
慌てて駆け寄ってきたヤーヨンが、バルの胸元に両手をかざした。暖かい光がバルを包み、やがて急速に傷が癒えていく。
「もう、無理しちゃダメですよ」
「へっ、すまねえ。もう油断しねえよっ」
死と隣り合わせだというのに、皆は笑い、励まし合っていた。
マリアネは理解できなかった。
なぜ、これほどまでの恐怖を前にして、心が折れることなく勇敢に立ち向かえるのか。
「あれが、生きることをやめない『人間』の力よ」
「……え?」
リゼットが泥臭く立ち上がる仲間の姿を見守りながら、誰に言うでもなく呟いた。
「強いでしょ。うちの仲間は。そう、まだ成長途中。……きっと、もっと強くなる」
堂々と腕を組んで語るリゼットの瞳には、わずかな不安と、それを塗り潰すほどの仲間を信じる強い炎が宿っていた。
「あなたにも、仲間がいるんじゃなくて?」
不意にリゼットが視線だけをマリアネへと移す。
その底知れぬ探るような気迫に、マリアネは思わず一歩後ずさった。
「え、えっと──────」
「ああもう! 行くわよッ!」
マリアネが返答に窮したその時、ノーンがドラゴンの背後から尾に飛び乗り、そのまま背中を駆け上がり始めた。ドラゴンのむき出しになった皮膚に短刀を突き立て、全体重を乗せて切り裂いていく。
「グルォォォォォッ!?」
「うわっ!」
切り裂かれる痛みに耐えきれず全力で飛翔したドラゴンは、空中で身を翻してノーンを背に乗せながら地面へと急降下する。
「ひぇぇぇぇぇ!?」
「あのドラゴン、地面を背にして落ちる気だぞ!? このままじゃノーンが潰れちまう!」
「任せてッ!」
ヤーヨンが急いで短杖を構え、祈りを捧げるように莫大な魔力を集中させる。
「【魂の最奥にて燃え盛る情熱よ、深淵を穿つ希望の光となれ。我が背に輝くは、あらゆる絶望を退ける勇気の双翼──────」
「急げ、ヤーヨン! もう地面に……!」
ヤーヨンが必死に詠唱を紡ぐが、切迫した状況に汗が止まらない。
この間にも、ノーンを乗せたドラゴンが地上へと迫る。
「──────神代を滅ぼす暗黒も、この一羽の輝きが前に平伏せん──────」
ヤーヨンの足元を中心に、複雑に光り輝く六芒星が回転しながら展開される。神聖な光が彼女の全身を覆い、高密度の魔力によって周囲の空間そのものが陽炎のように揺らぎ始めた。
(この過剰なまでの魔力密度、そしてこの大仰な『公式』の構成は……神聖魔法!? 人間が……到底扱える次元のものではないはず……!)
やがてヤーヨンが握りしめる短杖の先端に、目が眩むほどの膨大な魔力が凝縮され、完成間近の魔法は、ドラゴンとともに落下するノーンへと真っ直ぐに向けられた。
「──────ただ一度、ただ一瞬。我が身の全てを以て、絶対の拒絶を此処に顕現せよ】!」
完全に公式を解き終わり、魔法が完成した。
ヤーヨンは開目し、改めて短杖を構えると、完成した魔法を咆哮とともに発動した。
「『アイギス・オブ・ルミナス』ッ!」
ヤーヨンが詠唱した魔法はノーンを発動地点とし、ノーンの全身を眩い光の繭で覆い尽くした。
「ノーンッ!?」
直後、ドラゴンの背中が地面に激突し、背に乗っていたノーンもろとも容赦なく押し潰した。
大地が割れるかのような凄まじい地鳴りと衝撃波が一帯を蹂躙し、視界を完全に奪うほどの巨大な砂塵が巻き上がる。
「くっ……!」
「ノーンは無事か!?」
ドラゴンは身をよじって起きあがり、痛みに喚きながらまたしても勢いよく翼を羽ばたかせて飛翔すると、砂塵を一掃して距離を取った。
ノーンを下敷きにした地面は、爆撃されたかのように巨大なクレーターが生み出されていた。
しかし、その凄惨な爆心地の中心で、ただ一つ、清らかな光が輝き続けている。
「はっ……い、生きてる……!」
それは両手を見つめながら、膝を付くノーンだった。どうやらヤーヨンが唱えた魔法が、ノーンへのダメージを無効化したようだった。
ノーンを覆う光の結界が絶えず輝いていたが、それは次の瞬間、役目を終えたかのように消え去った。
「はぁっ……間に合っ……た……」
「ヤーヨン!?」
ノーンが生きていることを視認するや否や、ヤーヨンが力なく崩れ落ちた。
それは分不相応な神の魔法を強引に行使したことによる、深刻な魔力枯渇だった。
「うっ……まだ習ったばかりで……使えるか分からなかったけど……うまく、いったぁ……」
「おい、大丈夫か!?」
「大丈夫……力、使いすぎただけ……」
後方でその一部始終を見ていたマリアネの背筋は、極寒の氷を押し当てられたように粟立っていた。
『神聖魔法』──それは、神自らが生み出したと言われている魔力の根源的応用。すなわち、神の奇跡そのものだ。
(過去の遺産から、新たな真理を導き出す……。賢人が詠唱という『公式』を編み出したのも、神の奇跡が収録された古代の魔導書が見つかったから……。それを彼らなりに研究し、現代に合った魔法を生み出してきた……)
マリアネは、清々しい表情で仰向けになるヤーヨンを見て、思わず慄然とした。
(あろうことか……ただの人間が……。本来なら人間が触れてはならない、神が編み出したという『神聖魔法』の難解な公式を完全に理解して、我が物として発動させたというの……!?)
しかし、この間にもドラゴンの攻撃は止まない。
すっかり安堵しきったヤーヨンに、ドラゴンが地面を割りながらゆっくりと歩み寄る。
「まずい、ヤーヨン。立てないか」
「ちょ……無理かも」
「くっ、俺が踏ん張るしかねえみたいだな」
完全に力を失ったヤーヨンを庇うように、バルが剣先をドラゴンに向けて前線に躍り出た。
「グルォォォォォッ!」
「負けるかよッ」
バルが猛然と地を蹴り、ドラゴンの懐へと肉薄する。
ドラゴンの巨大な爪と細身の剣が拮抗しては弾き返される、息もつかせぬ激しい鍔迫り合いが始まった。しかし、ドラゴンの力に押し込まれ、バルは次第に攻撃を受け流すだけの防戦一方へと追い込まれていく。
「マズイぜ……! このままじゃあ、俺の体力が持たねえ……。流石、Sランクって感じがするな……!」
「何弱気になってるのよ、情けないわねっ!」
体勢を立て直したノーンが直ぐさま前線へと復帰し、先ほどの旋風の如き回転斬りでドラゴンの右頬を鮮やかに切り裂いた。
「グルォ……!」
僅かにドラゴンが怯み、その間にバルとノーンが大きく距離を取る。
同時に、ドラゴンの様子が少し変わったことにヤーヨンが気づく
「待って……! あのドラゴン……魔力を練り上げてる……!」
枯れた声を振り絞って、ヤーヨンがノーン達へと警告する。
「魔力ぅ!? あのドラゴン、魔力使えるっての!?」
ノーンの驚愕の叫びに呼応するように、ドラゴンが巨大な翼を広げて咆哮した。
それは高位の魔物のみが成し得る、明確な『魔法詠唱』の代わりであった。
「グリァァァァァァァァッ!」
途端、ドラゴンの周囲に十を超える高密度の魔力が球体となってふわりと浮遊し始める。
「あれは……『天人』級魔法『シルフィ・スレイブ』……! ノーン、バル……決して防ごうなんて考えてはいけません……! あれは、使う者によっては何物でも両断します!」
「はいぃ!?」
その瞬間、浮遊していた魔力球が極限まで薄く鋭利な円盤状に圧縮され、バルとノーン目掛けて嵐のように連続掃射された。
「走るのよ、バル!」
「分かってるって!」
二人は右往左往しながらも『シルフィ・スレイブ』を間一髪でかわしていく。風の刃が直撃した箇所は、まるで空間ごと切り取られたかのような断面を残して、大地に底なしの穴を穿っていく。
ドラゴンの猛攻をなんとか凌ぎつつ、打開策を練ろうとノーンは考えるが、相手には一切の隙がない。どうやらこの魔物は、戦いながら人間たちの戦闘スタイルを学習し、的確に追い詰めているようだ。
「このままじゃ、体力削られておしまいね……!」
やがて『シルフィ・スレイブ』の弾幕が止むと、ドラゴンは大きく顎を開き、喉の奥底に絶大なエネルギーを溜め込み始めた。
そして、その凶悪な銃口が向けられた先は──後方で倒れ伏す、無防備なヤーヨンだった。
「ひっ……!」
「あ、あの野郎、ヤーヨンを狙う気か!?」
「いけない……!」
ヤーヨンは迫りくる死の恐怖に蒼白した。
次の瞬間、ドラゴンが喉の奥で明滅させていた膨大な魔力が、大気を引き裂く轟音とともに魔力砲として放たれた。
大地を深く抉り上げ、暴虐の突風が大森林を飲み込んでいく。
(このままじゃ、あの方が死ぬ……! 助けな──────)
マリアネが魔力障壁をヤーヨンに施すよりも早く、ノーンが神速でヤーヨンを抱き抱えて、紙一重でその場から離脱していた。
しかし放たれた魔力が地面に着弾した瞬間、途轍もない轟音と爆発が一面を襲い、周囲の巨木を根こそぎ吹き飛ばすほどの凄まじい衝撃波が、バル、そしてヤーヨンを抱えたノーンの三人を無慈悲に宙へと吹き飛ばした。
「みなさん!?」
マリアネが一歩踏み出して応戦に向かおうとしたが、もしここで力を見せてしまえば魔王と露見してしまう。
マリアネはどうしようもなく立ち尽くし、ただ焦燥感に駆られていた。
(ど、どうすれば……!)
ドラゴンは勝利を確信したかのように唸っていた。
その眼前で倒れ伏すのは、力なく倒れるヤーヨンと、それを守ろうとする深手を負ったノーンだ。
「くっ……! やっちゃったわね……」
「の、のの、ノーン!」
泥にまみれたノーンの衣服はボロボロに破け、露出した肌には、見るに堪えないほど生々しく深い切創がいくつも口を開けていた。
「まだ……やれるわよ……!」
「そ、そんなケガで……!」
今すぐにもノーンを回復魔法で治療したいが、皮肉にもヤーヨンの魔力は底ついている。
「大丈夫か……!」
吹き飛ばされたノーンとヤーヨンの元へ、同じく満身創痍のバルが、重い足取りでノーンたちの盾となるように前へと佇む。
疲労困憊でボロボロの体とは裏腹に、その瞳に宿る炎は微塵も揺らいでいない。
(なんで……なんで! あそこまで勇敢になれるの……!? もう、勝負はついているじゃないですか……ッ!)
バルは爛々と闘志の炎を燃やした瞳でドラゴンを睨みつけ、再び剣を正眼に構えた。
(これが……希望……? 生きることを……やめない……)
だが、状況は決して良くない。このままではあの三人はシルフィドラゴンによって惨殺される。
(黙っているわけにはいかない! 魔王と知られても……見殺しになんてできない!)
マリアネは意を決して、ドラゴンの背後から先制攻撃を仕掛けようとした刹那だった。
「ガルァァァァァァァァァァァァァッ!」
「──────ッ!?」
何が起きたか分からなかった。
マリアネが一歩踏み出した瞬間、目先のドラゴンの右翼が跡形もなく吹き飛ばされ消滅したのだ。
夥しい血液が飛沫を上げ、ドラゴンは激痛に悶絶した。
マリアネは呼吸を忘れ、自身の目を疑うように大きく見開いた。ただ震える手で自身の口元を覆い、滝のような汗を流す。
「な、なっ……」
そして、ようやく明確に感じ取った。
全てを圧倒し平伏させる破壊的な気配が、マリアネの背中を突き刺すかのように佇んでいる。
マリアネは恐怖しながらもゆっくりと背後へと振り返る。長く生きる魔族のマリアネの常識すらも根底から覆すような光景に、マリアネは完全に言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くすほかなかった。
「あっ…、あ、あ……!」
魔力を扱う者として、そして魔界の頂点を知る者として、マリアネにはそれが明確に視えていた。
それは、到底人間の枠に収まる代物ではない。上位魔族、いや、四神魔界王にすら匹敵し得る規格外な魔力が、リゼットの体から荒れ狂う嵐のように迸っていた。
溢れ出した暴虐な魔力によって周囲の空間そのものが軋んで捻じ曲げられ、そこから放たれる凄まじい威圧感は、まさに万物を平伏させる『魔王』そのものと言っても過言ではない。
(なんなの……さっきから……何も理解できない……! 人間が……なんで……!)
マリアネは完全に血の気が引いた顔を引きつらせて、リゼットを怯懦な眼差しで見つめていた。
ドラゴンはもはや満身創痍のヤーヨンたちなど見ていなかった。憎悪に満ちたその眼光は、リゼット一点、それだけを撃ち抜いていた。
「あぁ……どうやら、時間切れみたい」
「くそーっ! 油断しなかったら絶対勝ってた!」
「でも、結構頑張ったよな」
すると完全に緊張を解いた三人が大きく尻餅をつき、ドラゴンを目の前に脱力した。
(な、何をしているの……! 時間切れって……)
規格外の魔力を放つリゼットと深手を負ったシルフィドラゴンが、一触即発の凄絶な空気を纏って対峙する。
その圧倒的なプレッシャーが吹き荒れる戦場の背後で、バルが動く。一時の休息後、バルは満身創痍の体を無理やりに動かし、傷ついたヤーヨンとノーンの腕を両肩に担ぎ上げ、足を引きずりながらマリアネのいる後方へと避難してくる。
依然として驚愕に言葉を失っていたマリアネを見兼ねたのか、バルが呆れにも似た笑いを零す。
「……驚いたかよ、マリアネさんよ」
「えっ……」
ドンッ、と無造作に、バルは担いでいたヤーヨンとノーンからさっと手を離した。
「ぐわぁっ」
「痛っ!」
地面に転がった仲間を気にも留めず、バルは羨望の眼差しでリゼットを見つめる。
「リゼットはいつも……俺たちの成長を見守ってくれている。まだ俺たちは情けなくもAランク冒険者……。Sランクの魔物なんて足元に及ばないかもしれない」
「A……ランク……! あの領域が地上界ではAランクと言われるのですか!?」
この次元でAランクと言われるのならば、この三人を子ども扱いする彼女の力は一体なんなのか。
「……だけどね。私たちは毎回のように無理言ってさ、リゼはいつも私たちを信じて……成長を期待して、Sランクの魔物と戦わせてくれる……。ほんとは、まだ一回も勝ったことがないけど……」
「そうだね……。でも、今回はいつもより粘ったほうだよ……!」
「ふん。確かに、ね」
ノーンとヤーヨンが潔く負けを認めたように、力なく失笑した。
「……そして、痺れを切らしてリゼが助けてくれる瞬間。そこが、私たちの限界。私たちが敵を打ち倒せなかった……つまり、時間切れってわけ」
「あの方は……」
「すごいでしょ……リゼの魔力」
ヤーヨンが頭だけを上げて、甚大な覇気を纏うリゼットをかろうじて見上げた。
「あれが……人類最強格の一人。Sランク冒険者にして、一流の魔法使い……『疾風の覇者』リゼット=バージリン……!」




