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太陽の光が瞼を刺す黎明。
その眩しさに耐え切れずマリアネは一度目を覚ましたが、重い疲労感に引きずられ、もう一度眠りにつこうとする。
まだ眠い。体もだるい。だが、マリアネは不快な違和感に起きないわけにはいかなかった。
「左肩が……重い?」
何故かマリアネは左肩が重く感じ、加えて人の体温のようなもので暑苦しい。
なんなんだと目を渋々と開き、眠そうに自分の左肩を見る。
しかしマリアネは左肩を目にしたと同時に、今さっきまでの眠気が一気に吹っ飛んでいった。
「ぐがー……」
「……は?」
なんと一人の女性がマリアネの左肩を完璧な枕にし、ぐっすりと横で座り込みながら寝ていた。あろうことかよだれを垂らしており、左肩が生温かくベトベトしている。
マリアネは何も言葉が出ず、カカシのように固まってしまった。状況を理解しようと、マリアネは取り乱した意識を落ち着かせる。
だが、それも束の間だった。
「って誰ですかぁー!」
「う、うわぁ⁉」
勢いよくマリアネは立ち上がり、謎の女性から離れる。立ち上がった衝撃で女性も思わず驚いて、一瞬で目を覚ました。
「あ、あれ? いつの間にか朝ッスね。早いッスねー」
女性は独特な口調で会話を自然に展開する。マリアネの困惑などお構いなしだ。
「いやいや、なに勝手に一人で会話を始めてるんですか! 誰ですかあなた。私の横でちゃっかり寝ちゃって!」
女性はしばらく本気で首をかしげて、『何の話か分からない』と全身で訴えかけるような表情をする。
もはやここまで来ると清々しい。何故あんなにも堂々と人の肩を枕にして眠っていたのに、こんな白々しいことができるのだろう。
しばらくきょとんとした顔をしていたが、彼女はやっと何か思い出したかのようにポンと手を打った。
「あ、忘れてたッス。そういや昨日、見に来たんだ」
女性はゆっくりと立ち上がり服装を正す。土をはらい、大きく背伸びをする。マリアネはそれを困った表情でジッと見る。
しかしマリアネは彼女を見ている時、ある事に気づく。それは首からネックレスのようにかけている勲章である。明らかに勲章の使い方が違うのだが、それ以上にマリアネはその勲章の装飾に息を呑んだ。見間違えようのない、剣と盾、杖がバランスよくデザインされているもの。
「そ、それって」
「……ん?」
マリアネはおどおどしながら、彼女が首からかけている勲章を指差す。
「その勲章………不朽の栄光のものですよね」
「はい。そうッスよ」
彼女はあっさりとそう答えた。まさかこんなガサツな人が不朽の栄光の一人だとは。
マリアネはまず彼女の人格を疑った。しかし、何故他のメンバーがマリアネの元へ来たのだろうか。
「いやー、うちのメンバーがッスね。リーダーに帰りが遅くなった理由を聞いていたらその理由をなかなか言わなくて。でも聞き続けていたら『人を助けてた』とボソッと言ったんスよ。そんで私がこっそりここに来てみたら本当にいたんッスよ、アナタが」
どうやら勇者は、しつこいメンバーの事情聴取に耐え切れず、マリアネの事を話してしまったらしい。
「にしてもリーダーってば優しさのベクトルが曲がってるッスよね。なんで保護して連れてこなかったんスかね。わざわざ自分の上着を渡して……連れて帰ってきたら寝床ぐらい私たちのところで用意するっスのにね?」
それができたら苦労しない。マリアネは一応、魔王なのだから。
もしこの事が今、目の前にいる女性に知られたら大騒ぎになることだろう。せっかく勇者はマリアネを困っていた人間として話してくれたのだから、この設定で話を押し通すしかない。
「昨日は本当にリーダーの困った表情が面白かったんスよ。ずっとしつこく聞いてたメンバー……あ、不朽の栄光を知ってるなら分かると思うんスけど、水・氷の使いの子がですね。とってもその子は心配性で、仲間思いなんスよ。そんでリーダーの事をずっと気にかけてる子なんスよ! 昨日は超いい雰囲気で、こっちはニヤニヤが止まらなかったッス。あ、それとウチは一応、土の使いッス、それで─────」
マリアネは苦笑しながら、彼女の話に耳を向ける。にしてもよく舌の回る人だ。
どうやら彼女は『土の使い』らしい。と、言う事は本当に『不朽の栄光』の一人、神に選ばれし『光の使者』だと言う事になる。よく見てみれば、彼女の手の甲には、光の使者としての痣があった。
「────まあ、やっと水・氷の使いの尋問を終えて解放されたリーダーにその人はどこにいるか聞いたら、ここの周辺にいると聞いたのでちょっと見に来たッス。興味があったので。まあみんなが眠った後、自分一人でこっそり来たんッスけどね」
「それは………いいのですか?」
「うーん。たぶん怒られるッスね!」
「ダメなんかーい!」
マリアネはあまりにも無鉄砲な彼女の行動に思わず倒れそうになった。本当にグランドシオルを代表する不朽の栄光なのかと疑うほどである。
「でも私なりに心配して来たんッスよ? 悪い事じゃないッス。イコール問題なしッス!」
「本当にそんな理論が罷り通ると思っているんですかあなたは……」
この土の使いの事が不安でならなかった。これほど信用できない人と会ったのはマリアネの中で初めてである。
「ま、夜はぐっすりとアナタは寝てたんで、起こすのも悪いし私も一緒に寝てやったわけッス!」
「寝てやったってなんですか寝てやったって! こっちは望んでないですよ別に!」
彼女に対するツッコミが息のように吐き出てくる。もう何もかもが雑だった。
いつもこんなテンションの子と、不朽の栄光は毎日過ごしているのか。
「でも、アナタこんなところで寝ようなんて、どうしたんッスか?」
「そ、それは………」
軽い気持ちでマリアネは女性と話していたが、いざその話を持ち出されると答えにくい。
マリアネはなんと言おうか迷う。口をモゴモゴさせ、どう言い訳しようか考えた。
困っているマリアネの表情を見て悟ったのか、土の使いは人差し指で頬をかきながら言った。
「なんか……言いたくない事でもあったんッスね。すいませんなんか。私は別にアナタを困らせたい訳じゃないッス。本当に心配で来たんスよ。一人の女の子が野宿なんて、見放せるわけないッスからね」
「え………」
驚いた。そして嬉しかった。
マリアネは彼女の事を、まだ『いい人』だとは思いきれなかった。たが、今の言葉を聞いた瞬間、彼女はそこまで自分を心配してくれているのかと嬉しく思った。
また、自分の甘いところが出ている。こうやって、すぐ人を信じてしまう。でもこの人は無神経でガサツだが、根は優しく、勇者のように人思いな方だ。
「余計なお世話ならいいッス。これ以上ウチは何も言わないッス。アナタの無事は確認できましたし、満足ッスよ。それにそろそろ帰らないとみんなに怒られちゃうッス」
「そ、そうですか。後、余計なお世話なんて思ってませんよ。私、嬉しいです。心配してくださって」
彼女はその言葉を聞いて、優しく微笑む。土の使いもマリアネの言葉を聞いて安心したのだろう。
「そうッスか。よかったッス。さて、ならウチは帰るッス! あ、後自己紹介してなかったッスね。名前だけ教えとくッスね。ウチ、ノンナって言うッス。覚えてくれると嬉しいッス! あ、そうそう。リーダーの上着、回収しとくッスね~」
彼女はニカッと太陽のように笑い、マリアネが抱いていた勇者の上着を少し残念そうに手渡す。
「あえてアナタの名前は聞かないッス! 何故かと言うと、早く帰らないといけないからぁ! じゃあまたー!」
「え……は、はい!」
そう言ってノンナは何者から逃げるかのように走り去っていった。とてもめちゃくちゃで、勢いだけで生きていそうな人物だったが、それでもマリアネはノンナという、あの人の事が気に入った。
彼女の行動は何もかもが喧しく、忙しい。毎日関わったら心労が絶えないだろう……が、それでもマリアネはノンナと言う土の使いにまた会えたらと、自然と思った。




