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全てはミライの笑顔のために  作者: アベル
魔界王第二位 編

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12/24

11(1)

「何故なのだ」

「………申し訳ございません」


 嵐が荒れ狂う突風の音が、城の中枢まで響き渡る。一閃した雷光が窓から差し込み、玉座の間で平伏する女性の姿を青白く照らした。

 感情の起伏が一切感じられないその声は、聞く者の内側から恐怖を根こそぎ呼び起こす。玉座に座る男は、まるで路傍の石でも見るかのように、眼下の女性を冷ややかに見下ろしていた。


「君には人間の首を持って来い、と言う容易い任務を任せたはずだ。何故それすらできず、帰ってきたのだ」

「それは………」


 彼女は玉座に座る男に返す言葉も見つからず、ただ口ごもる。


「はあ。全く………。使い物にならぬ『器』だ」


 グレイは玉座の肘掛けに指先を打ち付け、無機質な音を響かせる。


「なぜ、魔王だと言うのに、『殺す』と言う行為が行えないのだ。……可哀想だから、そんな愚にもつかない理由を散々聞いてはきたが、そろそろ限界だ」

「……はい」


 魔王である彼女は何も言い返せず、悪いのは自分だと受け入れながら、ただ男の言葉を上目遣いに聞くしかなかった。

 彼女は『魔界王第二位』と言われるこの魔界の魔王。歴代、大魔王より力を賜るという『暗黒術』の使い手だ。

 しかし彼女の性格は、魔の王と呼ぶにはあまりにもかけ離れていた。他者を傷つける事を躊躇い、あろうことか、争いのない平和な世界を築きたいとさえ考えている。魔族において、それは『異端』そのものだった

 もちろんのこと、魔界に何十といる魔王が彼女と同じかといえばそうではない。他国の魔王に矛先を向ける者もいれば、国家を育む者もしばしば。あるいは、我こそが魔族の頂点にふさわしいと言わんばかりに、大魔王へ楯突く者も少なくない。


「大魔王グレイ様~。こんな奴いても邪魔じゃないですかぁ? もう、マリアネはいらないんじゃないですかね~」


 部屋の端で腕を組んでいた男が、彼女──マリアネを嘲笑いながら割り込んできた。

 彼もまた、玉座に座る男──グレイに仕える魔王である。


「そ、そんな事言わないでよ………!」


 しかし彼は意にも介さず、むしろ嫌悪感を覚えて彼女に鋭い眼光を向ける。

 マリアネは息を詰め、身をこわばらせる。彼が向ける軽蔑の視線は、もはや日常茶飯事だ。どうせ今回も、心が抉られるような言葉を投げつけられるのだろうと、奥歯を噛みしめ覚悟した。


「うるせぇ。てめえみたいな度胸なし、いても意味ねぇんだよ。黙ってろ」

「ッ………」

「……なんでてめえみたいなやつが大魔王に認められたんだ。まだ『四神魔界王』の誰かが担っていれば……」


 彼は吐き捨てるようにそう言った。マリアネは反論などできるはずもなかった。彼が言うことの方が、よほど正論に聞こえたからだ。

 彼は魔王の一人、あらゆる炎を扱う『炎の使い』と呼ばれる魔王だ。

 見た目は青年でとても若々しいが、それとは相反して、グレイに忠誠を誓う『四神魔界王』の中でもトップの実力を誇る。

 その性格は権威的かつ高圧的で、聞くに堪えない言葉を平然と口にする。気に入らなければ何もかもを燃やし尽くす、無慈悲で残酷な魔王だ。

 魔王の中でも、一番、何もしない無能なマリアネを嫌っており、彼女は彼に面罵され続けている。

 単純な力ではマリアネが圧倒的に格上だが、彼女が決して手を出さないことを見透かしているためか、彼は言いたい放題である。

 そして彼はいつしか、あの無能な女が座る『魔界王第二位』の座をあわよくば自分が奪い取ってやろうと牙を研いでいるのだ。


「やっぱり~こんな奴が『魔界王第二位』をしていても意味が全くないですよ。大魔王様! ここは考え直してくださいよ」


 確かにマリアネと彼を比較するならば、確実に彼に魔界王第二位としての地位を担ってもらったほうがいいだろう。魔王としての誇りがあり、実力も確か。

 しかし、前々からこの話はあったようで、どうしても彼のその願いが叶わない理由がある。


「……何度も言わせるな、バリオン。お前の肉体では魔界王第二位としての力を維持する事ができん。この力を持てるのは、適合者のマリアネだけなのだ」


 そう、彼ではどう足掻こうが、魔界王第二位としての力を大魔王より授かることはできない。この力を持つには、彼の体はその強大な力を蓄える『器』として容量が不足しており、受け入れたが最後、即座に崩壊してしまうのだ。


「し、しかし一度試す価値はあるかと! 一度だけ私に適合テストを─────」

「黙れ。私の目が節穴だとでも言うのか。お前ではこの力を扱えん。いい加減、早く下がれ」

「ッ………はい」


 そうして男──バリオンは、グレイに頭を下げ、その場を立ち去ろうとする。不興な面でマリアネの横を通り過ぎる時、バリオンはマリアネの耳元で、


「必ずこの俺がお前を引きずり下ろし、大魔王様の一番の配下になってやる。……てめえはさっさと、その座から堕ちろ」


 と、最後に心を深く傷つける発言を囁いて玉座の間から出て行った。 


(辞められるものなら、とうの昔に投げ出している……っ)


 バリオンの去った扉を見送ることもできず、マリアネは冷たい床に額を押し付けたまま、そう毒づいた。


「……………っ」


 もちろんマリアネはいつもの事として流そうとするが、その言葉はやはり鋭く心に刺さる。彼女は自分の無力さに毎日嘆いていた。

 悔しい。だが、他の魔王たちには容易い『傷つける』という行為が、自分にはどうしてもできないのだ。

 なんでこんな私が魔王をしなければいけないのか、そんな事を考える日々である。


「……まったく。バリオンは何故そこまで『暗黒』を欲する……。あいつの体では扱えん代物だと言うのに」


 グレイはバリオンが去った扉を一瞥し、やれやれとため息をついて話を戻す。


「……いいか、マリアネ」

「は、はい……」


 グレイは短く舌打ちすると、意識をマリアネに戻した。マリアネはどういう顔を向けるべきか分からないまま、恐る恐るグレイに視線を上げた。


「君は認められし『器』だ。他とは違い、私が授けた『暗黒』を唯一受け止められる。魔界王第二位としての力は、膨大な魔力そのものではない。それは純粋な『破壊の概念』だ。並の者では、触れた瞬間に存在ごと消し飛ぶ。……しかし、君はその適合者だ」 

「……はい」


 マリアネは生まれながらの特殊体質という、ただそれだけの理由で魔王に任命され、この役職を押し付けられた。もちろん、彼女自身が魔王になることなど望んだはずもない。だが、この『魔界王第二位』としての力を扱える特別な魔族は、現状、彼女しかいなかった。彼女には、担う以外の選択肢がなかったのだ。

 大魔王の命令は魔族にとって絶対、逆らえるわけもなかった。


(……ですが暗黒……とはなんなのでしょうか……)


 そして、グレイが言うあの『暗黒』という言葉がいつも頭をよぎる。

 マリアネはグレイがその言葉を口にするたび、心の芯が冷えるような違和感に頭を悩ませる。

 破壊の概念──いや、もっと異質で、原初的……まるで、存在するすべての熱を奪い去り、この世の理そのものを塗り潰すかのような、底知れない『無』の感覚。

 大魔王グレイは、なぜ自らがそれを使おうとしないのか。

 なぜ、他でもないこの自分を『器』として選び、その得体の知れない力を授けたのか。

 まるで、彼自身でさえも持て余すか、あるいはその力に汚染されることを嫌う劇薬をあえて他者に管理させているかのようだ。

 マリアネは自分に宿るその力の正体が、ただ恐ろしかった。


「君は類稀なる才能を持った魔族だ。魔界王となる他ない能力。その力を使わないなんて無駄だとは思わないか」

「し、しかし大魔王様。私は以前から言っている通り─────」

「傷つけたくないとかなんだろう。いい加減にしてもらえるか」

「────ッ⁉」


 先ほどまで玉座にいたはずのグレイが、音もなくマリアネの眼前に立っていた。吐息が微かに当たるほどの至近距離。反応する間もなく、グレイの冷たい指がマリアネの顎を持ち上げる。

 マリアネは驚愕に声も出ず、ただ凍り付く。

 認識すらできなかった。それが絶対強者である大魔王の、恐ろしく凶悪な力の片鱗だと、マリアネは改めて骨身に沁みて感じた。

 逆らう事などあってはならない事。眩しい雷光がまた窓から差し光る時、マリアネはとうとう自分は大魔王の堪忍袋の緒を切ってしまったと思い、処罰を覚悟する。

 だがグレイは冷たい視線でマリアネの顔を睨むだけで、手を出そうとする気配はない。


「私は君の主……そうだな?」

「は、はい……」


 グレイの言葉は、その一つ一つが絶対的な『命令』であり、マリアネに反論の余地など万に一つも残されていなかった。

 こんな『器』でさえなければ。そうすれば魔王になどならず、ただ平和に過ごせていたのだろうか。そんな詮無いことを、どれだけ思ったか知れない。


 ──いっそ、元から存在していなければよかったのに。


 そう願ってしまう毎日だった。

 マリアネは心の底から願っていた。魔族も、人間も、他のいかなる種族も、互いに憎しみ合うことのない世界を。

 だが、現実はあまりにも無慈悲だ。魔王である彼女がどれだけ融和を望んでも、世界は一方的に魔族を『敵』として見なし、排除しようとする。

 なぜ、魔族だけがこれほどまでに嫌われるのだろう。

 なぜ、私たちは生まれながらにして『悪』の烙印を押され、常に敵意の的でなければならないのか。

 他の種族と何が違うというのか。

 ただ、この世界で生きて呼吸をしている。それだけなのに、なぜその存在自体が罪とされるのか。

 私たちは、一体何のために生まれ、何のために魔王などという役目を背負わされているのだろう。

 望みは、本当にささやかなものなのに。

 みんなと仲良く生きていきたい。温かい日差しの下で、他愛ない話をして笑い合いたい。

 ただ、それだけの純粋な願いが、この世界では何よりも叶え難い夢なのだと、マリアネは痛いほど知っていた。

 大魔王は力が抜けたような呆れた息を一つ吐き、振り向いてゆっくりと玉座の方へ歩いて腰を下ろす。


「……君に最後のチャンスをやろう。期限は二週間。その間に人間を一人殺し、証拠となる首を持ってこい。一人でいい。だが、もう一度言う。これが最後のチャンスだ。……もし殺せなかったら、どうなるか。わかるな」

「……承知しました」


 マリアネは血の気の引いた顔で人形のようにぎこちなく一礼すると、玉座の間から立ち去った。

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