23 道の駅、切腹騒動
ダンジョンに堕ちて、ひと月半が経った(たぶん)。
冒険者に聞いたのだが、道の駅『蜂の巣箱』のことは地上でも話題になっているらしい。
いいことだ。
地上と駅の間で物資のやり取りができるようになれば、私の生活水準はもっと上向くだろう。
私ゃ金平糖が食べたいよ。
あのコリコリした食感が懐かしい。
お駄賃に砂金をあげるから誰か買ってきてくれないものかね。
道の駅の広報戦略としては成功したわけだけど、一つ懸念もある。
私の噂も広がっているのだ。
ダンジョンの中層域に中継拠点を作った奴がいるらしい。
そいつは冒険者と言うよりイイトコのお嬢様という感じで、ある日突然ダンジョンに現れたそうだ。
――噂の内容はだいたいこんな感じ。
首狩りとか拷問狂とか尾ヒレもついているけどね。
噂がロスガ卿の耳に入るのも時間の問題だろう。
偽名を使っているから身バレする可能性は低いけど、死刑執行のために騎士団を派遣なんてことになったら嫌だなぁ。
両親や弟妹たちの情報も入ってきた。
領都のあちこちに指名手配の張り紙が貼られていて、懸賞金額が日に日に盛られているそうだ。
つまり、まだ捕まっていないということ。
さすが私の家族だね。
しぶとさが違うよ。
「ナイン、いるか? 大変なことになった! ちょっと大広間まで来てくれ!」
扉が乱暴に叩かれ、ライオの声が飛び込んできた。
入ってきたらガルス砲をぶっぱなすぞ?
私は今、バスタオル1枚なんだ。
先日完成したばかりのサウナルームで座禅を組みながら、私は熱いため息をこぼした。
せっかく整っていたのに乱すんじゃないよ。
まったく。
シャワーで汗を洗い流してから衣服に袖を通し、私は小走りで大広間に向かった。
人だかりができている。
その中央で誰かが取っ組み合いをしていた。
上に乗っかっているのはマッカスとジーナだ。
下でひいひい言っている奴は、……誰だ?
紅の髪に紅のヒゲを振り乱した老爺。
ずんぐりしているからドワーフだろう。
初めて見る顔だった。
地面には短刀が突き立っている。
岩石質の地面なのに、根元まで刺さっている。
どんだけ切れ味いいんだ?
「死なせてくりゃあああああ!! うああああああ!!」
ドワーフの老人はそう叫んでいる。
おんどれか、私の根城で騒ぎを起こしとるボケは。
野次馬どもは冷やかすばかりで止めようとしないし、お祭り騒ぎの様相を呈している。
冒険者って奴は……。
「はいはい、みんな落ち着いて」
私が一声をかけると、潮が引くみたいに静かになった。
駅長の肩書きは偉大だ。
「何があったのか教えてくれる?」
ジーナに問うと、彼女は呆れた口調でこう言った。
「この爺さんが切腹しようとしてねぇ」
はいぃ?
何を言っているのか毛ほどもわからなかったが、姉御がそう言うならそうなのだろう。
「酔っ払いとか?」
「酒の匂いはしねえなァ」
マッカスが呆れ気味にそう言う。
大の酒好きの彼が言うのならそうなのだろう。
「とりあえず、縛っといて」
さすが銀等級の腕利き冒険者二人組だ。
ドワーフの爺さんはあっという間に吊るし上げられてしまった。
縛れとは言ったけど、吊るせとは言ってないんだけどね。
ま、いいや。
「お爺さん、名前は?」
さすがに観念したのか爺さんはハブてた子供みたいな顔で唸った。
「わしは、ベナッフ。武具職人をしておる」
その言葉で野次馬にざわめきが広がった。
私もざわめいた一人だ。
武具職人ベナッフと言えば、私でも名前を知っている王国随一の名工だ。
聞く所によると、大層な頑固者で、気に入った客にしか武器を作らないのだとか。
王令を突っぱねた話は語り草になっている。
なんでまた、そんな人がこんな地の底でハラキリ芸を演じているんだ?
「わしのせいで死んでしもうたのじゃ。みんな、みんな……」
深いシワが刻まれた目尻にじわぁ、と涙が浮かんだ。
「わしは一度でいいから見てみたかったのじゃ。自分の武具が使われとるところをな。じゃから、ダンジョンに潜ったのじゃ。将来有望な若手冒険者たちを護衛につけてな」
ヒゲで覆われた口の奥でギリリ、と奥歯が噛み鳴らされた。
「突然、崩落が起きたのじゃ。みな、あっという間に土砂に呑まれてしもうた。わしはどうすることもできず、暗い洞窟をさまよったのじゃ」
そして、幸運にもこの道の駅にたどり着いたわけか。
「わしのせいじゃ。わしのわがままで若人が命を散らせてしもうたのじゃ」
おいおい、と泣き喚くベナッフ。
涙を拭えないからヒゲが濡れた雑巾みたいになっている。
さっきまで冷やかしていた連中もすっかりトーンダウンしてしまった。
困ったね。
この人、何百歳か知らないが、自分の何十倍も生きている人にかける言葉なんて私には思いつかない。
生きている時間が違いすぎて、若輩者の私が何を言ったところで響くまい。
なら、私は私の打算で話をさせてもらうか。
王国いちの武具職人。
このまま死なせるのは惜しい。
もっと言うと、道の駅に武具屋を設けたい。
ここにいる連中は刃こぼれした剣を砥石で誤魔化しながら冒険を続けているからね。
万全の状態でバックアップしてやりたいのだ。
「今死ねば無駄死にだよ。あなたを守った冒険者の命が無駄になる。それが望みってことであってる?」
私はなるべく辛辣な口調でおちょくるように言い放った。
「……」
ベナッフの目に反抗期のガキんちょみたいな挑戦的光が宿った。
わかるわかる。
あなたからしたら1歳児に説教されている気分で腹立つよね。
もっと怒ってくれていいよ。
怒りは生きるエネルギーになるからね。
「その助かった命、ここで使ってみない? ベナッフ、あなたの武具で冒険者たちを助けてあげて」
年老いた目が野次馬たちを見渡した。
「みんな弱そうな顔をしとるわい。わしの剣を握る資格なぞない。……じゃから」
じゃから?
「わしが助けてやらねばならんのう」
そうこなくっちゃ。
居合わせた一同から歓呼の声が上がった。
「あのベナッフが武器を見てくれるのか!」
「伝説の名工が俺の剣をォ! ヒューッ!」
「しかも、タダだろ!? 最高だぜ!」
いや、対価は取るよ?
こちとらビジネスでやっているからね。
「よろしくね、ベナッフ」
「相わかった」
縄を解くとベナッフは太い腕で顔を拭って、私の差し出した手を取った。
ゴツゴツした職人の手だった。
頼もしいね。
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