22 長蛇の列と水底の光
シャイナが厨房に立つようになってから、『はちみつ亭』の前には長蛇の列ができるようになった。
早くてウマくてデカ盛りだと評判なのだ。
料亭なのに酒場のほうが人気という不名誉をついに返上できたので私も気持ちいい。
ただ、シャイナは大変だ。
俺にも絶品料理を作ってくれ、とひっきりなしに訪れるお客に可哀想なくらい目を回しているからね。
ここの客層は横柄で喧嘩っ早いから尚更大変だ。
「おい、デカ女! 俺のビフテキはまだ来ねえのか!」
「アタイの目玉焼き定食が先だよ!」
「このデカ物! 早くしやがれってんだ!」
「で、ででデカ物ぅぅぅぅ……!」
シャイナは5分に1回ペースで泣かされている。
そりゃもう見ているこっちまで泣けてくるイジられっぷりだ。
私はでっかい背中にさすってイイ子イイ子しながら、ひとつアドバイスをくれてやった。
「シャイナ、冒険者は舐められたら負けだよ。たまにはガツンと言ってやらないと」
「うう、ななナインさんがそぉ言うならぁ……」
泣き腫らした情けない顔で頷くと、シャイナは湯気をふく鉄鍋を持って厨房を出た。
「た、たまにはガツンと言うぅ……! たまにはガツンとぉ! ガツンとぉ!」
必死に自分に言い聞かせてらぁ。
こりゃダメだ。
私にはお客にジロリと睨まれて逃げ帰ってくるシャイナの姿がすでに見えているよ。
と思ったが、
「ガツンとぉ……ッ!! ええぇぇぇいいッ!」
鉄鍋が振り下ろされた。
ひときわ態度の悪いお客の頭に、だ。
ガツン!!
響き渡る豪快な音響。
お客は悲鳴を上げる間もなく崩れ落ち、そこに鉄鍋の中身が降り注いだ。
あの赤さは唐辛子料理だね。
しかもアッツアツのやつだ。
「んぎゃあああああああああああああ」
それ以来、シャイナに舐めた態度を取る客はいなくなったという。
賢明な判断だ。
◇
「なに? 話したいことって」
宿屋『蜂の揺りかご』の奥に私だけの私室を作って優雅にくつろいでいたところ、ライオに呼び出しをくらった。
相談があるらしい。
またぞろ誰かの脚が折れたわけではあるまいな。
「いや、みんな健康だって。ナインのおかげでな」
ライオはそう言うと何の意味もなく前髪をさらりと払った。
「本当は用なんてないんだ。俺はただナインと話したかっただけさ。お前は人気者だからな、こうして呼び出さなきゃ落ち着いて話もできないぜ」
用もないのに呼び出すなと言いたい。
今でこそ従業員のおかげで負担も減ったが、多忙なときならキレて蹴りを入れているかもしれないぞ?
ライオは私の不機嫌にまったく気づく様子もなく、整った横顔を見せつけるようにして斜め上を凝視している。
ここは、『蜜の湯』の冷却槽がある小部屋。
ジーナの姉御が移植した光る苔が天の川みたいに輝いている。
「ここ、ロマンチックだよな」
いや、蒸し暑いだけだが?
目と鼻の先で湯気を噴き上げている源泉が見えないのか?
第5階層の頂点たるドラド・ホーネットが逃げ出すほどの暑さだ。
風呂場なんてな、入浴のとき以外は湿っぽいだけの場所なんだよ。
ロマンなんてあるか。
「あのさ、ナイン。ウルスとはその……仲、いいのか? 別にさ、気になっているとかじゃないぜ。ただ、俺の知っている女にお前みたいな奴は一人もいなくてさ。それで――」
ん?
冷却槽の底に何か光るものが沈んでいる。
光の魔石かな?
『蜜の湯』は濃い魔力を含んでいるから、魔石とか入れると勝手に光るんだよね。
キラキラ光って綺麗だ。
誰かのいたずらとか?
それとも、姉御あたりが入れたのだろうか。
姉御はあれで意外とシャレオツなところがあるからね。
湯の中からライトアップなんて思いついてもおかしくない。
ま、冷却槽が綺麗でも仕方ないけどね。
「俺が取ってやるよ」
私が柄杓を手にしたところで、ライオが待ったをかけた。
鍛え抜かれた二の腕を見せつけるようにして腕まくりすると、湯の中に片腕を突っ込んだ。
「あちゃちゃ、熱ぁーつぁい! つぁい!」
間抜けな悲鳴を間抜けなイケメンが上げている。
そりゃそうなるよ。
熱いからここで冷ましているんだもの。
カッコつかない奴だね、あんたは。
ライオが飛ぶ練習をする雛鳥のように腕を振った拍子に金色の光があたりに散らばった。
拾い上げてみて、驚いた。
「これ、砂金だね」
それも大粒だ。
冷却槽の底に沈んでいるやつ、全部砂金みたいだ。
バケツ3杯分はあるね。
ライオが何かわかったような吐息を漏らした。
「この下の『溶炎の祭祀場』には溶けた金が渦潮みたいに渦巻いているところがあるんだ。水脈に金がまじっていてもおかしくはないな」
なんだその金色そうな渦は。
全部持ち帰ったら国を買えるのでは!?
「そう思った奴が何人もトライして、金の一部になったな」
あー、わかる気がする。
あの黄金の輝きに当てられると人はおかしくなってしまうんだよな。
歴史に名を刻んだ独裁者たちはみんな黄金の宮殿とか作っているよ。
祭祀場とやらも似たようなものかもね。
「金が湧く湯か。『蜜の湯』に箔がついたよ」
それに、ちょうど従業員に支払う給金のことで悩んでいたところなんだ。
タダ働きではモチベーションがちょっとね。
砂金ならかさばらないし、地上に持って帰ればウハウハだ。
給金としては最適だろう。
「フッハ。この砂金、うんちみたいな形だな」
ライオ、君には沈黙は金という言葉を贈ろう。
謹んで受け取りたまえ。
あんたは黙っているのが一番絵になるよ。
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